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蒼穹の女神 ~The man of raven~  作者: 吉田独歩
第五章 偶像救助編
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第五章 最終話 守りぬいた命、蒼空と……

この物語は残酷な表現が含まれる事があります。ご注意ください。

レオハルトはじっと目の前の人物を正眼する。

その人物の抗議をじっくりと打ち崩す必要に迫られていた。

ハヤタ。ハヤタ・コウイチ。ユダ側の実力者であった。

「……私は言ったはずです。マリアの件に我々は関与してはいないと」

「じゃあ、サワダは?なぜ彼は刑務所に拘留されているのですか!?」

ドウミョウが声を荒げる。レオハルトは冷静にアズマ語で返答をした。

「ドウミョウくん。今回の件だけでも彼は重大な犯罪者だ。アスガルド国内洋上での戦闘。これは犯罪なんだ。だれがどう見てもな。それだけじゃない。女の子を殺そうとするし、シンの親友を手にかけてしまっている。民間人も殺してしまっているし、私の直属の部下ではないとはいえ、軍関係者を殺された事もあった。法の観点から考えると『黒』だ。『真っ黒』なんだ。無期懲役が精一杯だよ。俺たちがしてやれる精一杯の温情なんだよ。……ロストアークも封印処置がなされる事が決定した。これはもう君たちだけの問題じゃない」

「く……」

「……わかった。ならもう一つ質問に答えてほしい」

モリがドウミョウの前に出る。

「……」

「マリン・スノーだ。彼女と彼女の『クィーン』の行方はどうなっている?」

モリが淡々とした口調でマリンの行方を聞いた。

レオハルトは躊躇することなく、二の句を流暢に紡いだ。

「我々が保護している」

「な?」

「……何か問題でも?」

「……正直、彼女は危険な人物です。……今後の世界のためには……」

「その提案は乗れませんな。ユダの皆様」

「……」

モリ室長の言葉の先を遮り、レオハルトはマリンを守る事に専念した。

「いいですか?今回の案件はあなた方が女の子一人……いや、部下一人を守れなかった事に起因するのです。これは本来、『不祥事』とも言える事です。かつて、恋人の一歩手前までいった女の子をあなた方の戦いに巻きこみ、あまつさえ危険人物呼ばわり……僕だったらそんなことはしないし、させない。彼女を正しい道を歩んでもらうためには我々が面倒を見た方がいいと考えたまでだ。何か問題でも?」

「…………」

「これはあなた方が彼女とのコミュニケーションを欠いた結果だ。だが、まだ最悪じゃない。シンが動いていなければ、彼女は殺されていた。確実にだ。……『正義の味方』が聞いて呆れる。ハヤタ君。君はまだまだ精進が必要だ。君もかつては力の強い同級生にパシリにされていた時期があったのだろう?もう少し、同じ立場だった人の気持ちを勉強したまえ」

「…………すみません」

「ふざけるな!あんな人殺しの世界に酔った……」

「私も人殺しだよ。ドウミョウ君。軍人になる事はそう言う事だ」

「……!!」

「……ドウミョウ君。君は厳格な寺の家に引き取られた人間だから、弱い人間に厳しくなる。その気持ちも分からなくない。私の死んだ父も兄も厳しい人だったからな……だが、こうも考えられなくないか?人間は罪や弱さと隣り合わせの存在であると、だから分かる。マリンやシャドウはあまりに酷な過去を背負いすぎていると……」

「そ、それは……」

「私自身も。自分と自分の大切な人を生かすために罪を背負わなければならない場面に何度も見舞われた。これが現実だよ。『寺育ち』君。君たちのような清廉潔白のヒーロー集団とは違う」

強い口調を交えながら、諭すようにレオハルトは説得を続ける。

「ぐぐ……」

「理想を語るのはいい。だが、理想を語る資格があるのは、現実に真摯になれる人間だけだ。少なくともシャドウはそれを成し遂げた」

「……」

「……」

「……」

モリ、ドウミョウ、ハヤタの三人はとうとう沈黙した。

「……今回は我々が君たちの尻拭いを行なえて良かったですよ。ハヤタ君」

「……」

前にアスガルド軍に対して言ったハヤタの挑発をレオハルトは意趣返しをした。失望とユダ側への痛烈な批判、そして今後への期待をこめて。

「さて、この話は終わりだ。……ところで、サイトウ・コウジ君?どうして君は鼻の下を伸ばしているのかな?」

「え、いや……ははは」

「変態の気は客人の前では、しまっておけと言ったはずだ」

「何か問題でも?」

「さっきの僕の台詞をそんな事に使わんでくれ……」

サイトウはあろう事か、双子のサトウ姉妹の背後でデレデレとした態度を見せていた。ミコトとマコトに対してだ。彼女たちは年齢自体は中学生くらいに見えるが、見た目だけ見ると小学生にしか見えなかった。双子はスーツを着ていて短く切りそろえた髪の毛が人形みたいに可愛らしかった。

サイトウがだらしなく笑う。よだれを垂らしながら。

「…………ロリッ子万歳」

それに対してミコトが強硬手段に打って出る。

「こ、この!この変態!変態!へんたぁぁいいぃぃぃ!」

サトウの姉の方がサイトウを蹴っ飛ばす。よろけて倒れたサイトウにミコトがプロレス技をサイトウに仕掛けた。

足四の字固め。

相手の両足をアラビア数字の四に見えるように固まる技だ。

「ありがとうございまァァァァァァッ!!」

神の剣の搭乗者がもつ卓越した身体能力。

サイトウはサトウ・ミコトの軽業のような動きで蹴っ飛ばされ、倒されたところを寝技へと持ち込まれる事になった。サイトウは避ける事が出来た。しかし、しなかった。見た目だけが、小学生程度に見える女の子から暴力まがいの『ご褒美』を頂ける僥倖にサイトウはただただ身を任せることしていた。現に彼はよだれを垂らして喜んでいる。

もっとも、その様子はどう客観的に見ても『変態の所業』であった。

「ミコトちゃん。すまないが後は任せてくれ。……アオイ、このよだれをたらしたガチムチの変態を連れてゆけ。後でお仕置きだ」

「……はい」

サイトウはかくして退場する。アオイの怪力に足を引きずられて。

「すまないな……さて、ジョルジュ君もああはなりたくはないだろう?」

「ん?ああ、ならないならない。オレの好みはいつだって大人びたボインちゃ――ヘブアッ!?」

「あたしがひんぬーだってぇぇ!?」

「そんな事言って――オブァ!?」

「あー、ミコトすまんがその辺で……」

「お、お姉ちゃん……うちもそう思うで……」

マコトとドウミョウが二人掛かりでミコトをどうにか止めるが、ジョルジュはダメージを負った。精神的にも。

「こええ、俺はマゾじゃねえぇぇよぉぉ……」

「……イェーガー少尉、すまんが」

「……し、承知」

呆れた様子になりながらどうにか脱線した状況を二人は修正した。

「さて、そろそろ話していただけますかな?神の剣を手元におこうとする理由を?」

イェーガーの質問にユダの面々が言葉を濁らせる。

「…………やはりそうなりますか」

「私ばかり、質問漬けではアンフェアですからね?」

「そう言う事です。ユダの皆様」

「……だが――」

「ドウミョウ。そろそろ頃合いだ」

「しかし……」

「ずっと隠しておくのは無理だ」

「……分かりました」

「まとまったようだな。モリ室長」

「ああ、……我々は今は亡きストーン会長の遺言に従って、『神の剣』とそれに搭乗して操れる人物を探している。ある存在と対抗するために」

「ふむ、ある存在とは?」

「滅びです。ある種、人類を模倣しながらも、人類を滅ぼす存在です。我々はそのために集まっているのです」

「……我々と変わりませんな。やはり」

「あなた方は誰と?」

「……330年ほど前に、母星に潜伏し、死をまき散らした忌々しい『抜き取るもの』を根絶する必要がある。ヤツらは……人類の敵だ。宇宙のためと言って下衆な手段を……『魔装使い化契約および人体改造』で人間の命を食い物にする。ヤツらの存在は宇宙の癌だ」

「そいつらが……あなたのお父様を殺した……」

「間接的ではあるが……な…………ある種、我々とあなた方は似ている。協力は是非したいが、それには我々も知る必要がある。あなた方が戦う敵の正体を……」

「…………『セントラル・ウィル』だ。あるいは『機人』、『管理者』とも」

「……なるほど、だが、管理者というのは?」

「ユダ側の呼び名だ。セントラル・ウィルというのが正式な名前だ。彼らは銀河全ての文明と種族を管理し、秩序の名の下に圧政を敷く事を目指している。自分たちを頂点にして……」

「……抜き取るものと確かに変わりませんな」

「ああ……」

「予定外だが、真の意味で同盟を結ぶ必要がありそうだな」

「マサタカ総帥!?」

驚くモリをよそに総帥と呼ばれた男はレオハルトのもとに近づく。

「……彼が、マサタカ・サカモトか。そう言えば君たちはAGUの機関なのにも関わらずアズマ人が多いな。これはどういう事だ?」

「……たしかにな。それには理由がある。『神の剣』はアズマ国の首都星でのみ発掘される兵器だ。だから、乗り手は必然的にアズマ人が多くなる。いくらか例外があるが……」

「なるほど、つまり元はアズマ国の機関だったと」

「たしかにそうだ。だが、今の我々はAGUやアズマの他の機関とも違う。独立した組織だ」

「……AGUはなぜ君らを?」

「彼らとしても得体の知れない存在に銀河中を支配されるのは困ると考えている。だから手を貸してくれた。限定的ではあるが……」

「ストーン派はともかくマサタカ派は、かつてテロリストだったからな。……特にサワダが」

「彼はもう私にも制御がきかん。そのために迷惑をかけてすまなかった」

「……過ぎた事だ。今は協力関係を結びたい。共通の目的を果たし、敵を潰すためにな」

レオハルトはコーヒーを飲み干してから、ユダの方に歩み出た。レオハルトの右手にマサタカ総帥は応えた。




シンは事務所で仕事をしていた。

そのデスクには端末がおかれていた。その画面にはメッセージが書かれている。マリンのものだった。マリンはSIAでの仕事に慣れず苦労しているが、充実した日々を送っていると書いてある。褒められて嬉しかった事や、仕事場で知り合った人と友達になった事も記されていた。

「……シンとシャドウの顔を使い分けるのは大変ね」

「……必要な事だ。俺は元外人部隊出身の会社経営者として振る舞う必要がある。そのためには戦う時の仮面と裏方の顔が必要だ」

「でも、結局、マリンにはバレちゃったね」

「……ああ、だが最終的にはそうなることも予期していた。彼女なら大丈夫だろう。彼女は元々まっすぐな人間だ。理解さえしてくれれば約束を守ってくれる」

「そうね。……なんだか悔しいわ」

「どうしてだ?」

「……むー、マリンとの文通が増えてる。なんか妬いちゃうわ」

「ああ……でも、俺の相棒は『ユキ』だ。それは変わらない」

「…………ふふ、嬉しい」

ユキの顔がほんのりと赤くなる。美しい微笑と共に。

それを見てシンもまた顔を赤らめた。

「あなたの中でマリンってどんな人?」

「血のつながらない妹みたいなもの」

「じゃあ、私は?」

「唯一無二の相棒」

「ねえ、シン」

「うん?」

「……いつもありがとうね」

「ああ……」

シンはふと窓の外を見る。

体の傷はまだ癒えないが、その心は目の前の蒼穹よりも澄んでいた。空には白い鳥が飛んでいる。兄タカオと違って、シンは生物学には疎い。詳しい鳥の種類は分からなかったが、その白い身体が空の紺碧と相俟って美しく空を彩っていたことをシンは強く感じていた。

「……蒼穹……か」

マリンの笑顔を思い浮かべながら、シンは大空を舞う鳥の姿を見上げていた。

これで五章は一区切りとなります。次の章とミニエピソードの執筆はしばし時間がかかるかもしれません。あと、レオハルトの過去の話である『蒼の旋風』もいい加減執筆しておこうと思います。そちらの更新が停止して申し訳ありません。


それでは、次のミニエピソードと次章でもよろしくお願いします。

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