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蒼穹の女神 ~The man of raven~  作者: 吉田独歩
第五章 偶像救助編
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第五章 第17話 船上の戦い その二

この物語は残酷な表現が含まれる事があります。ご注意ください。

船内に潜んでいたデミトリ・ボルコフスキーは、マリンの姿を探した。

捕らえれば優位に立てる。一方的に敵を殺す事も、相手に屈辱的な要求を行なう事も出来る。それが狙いだった。

デミトリは丸いサングラス越しに姿を探す。

「…………いたか」

一瞬だが後ろ姿を確認したデミトリはその後を追う。

そのはずだった。

「ごきげんよう」

その一言と共に鉛の拳銃弾が彼の頬をかすめる。火薬で撃ちだされた鉛玉がサングラスを吹き飛ばす。

拳銃使いのルイーザ・ハレヴィが不敵な笑みで拳銃を突きつける。

「……デミトリ・ボルコフスキーとはね。ツァーリン連邦の暗黒街で有名人だって事は知ってるわ。麻薬取引に飽きてテロに手を染めたのかしら?」

「……ほう。大胆だな。守るべきマリンスノーを囮にして誘い込んだという訳か」

「マリン自身も戦術の要よ。あなたたちが交渉のテーブルにつくつもりはないことはわかっていた」

「ふむ、サワダは敵を過小評価していたが、やはり同行してよかったよ」

「さて、あの子をどうするつもりなのかしら?」

「サワダからシャドウがもう聞いている頃合いだと思うが、我々の目的は全ての偽りをこの世から消す事だ。マリンという小娘も含めてな」

「偽り……ね。そんなことしてどうするつもりなのさ?」

「……世界に真実の正義をもたらす事。それは我らが『修復の使徒』、すなわち『リセット・ソサエティ』の役目だ」

「そのためにマリンを殺すってこと?とんだお笑いよ。女の子を犠牲にして何が『真実の正義』かしら?」

「……マリン・スノー。力と承認欲求に溺れた哀れな咎人。かの者の魂は死して虚無に耐える事によって贖いが成される。偽りの偶像は死す事でしか報われぬ。サワダほどの感傷はないが、マリンの肉体を滅ぼす目的は同じ……」

「……結局、あなたもドブ川に落ちた子犬を袋叩きにする側の人間ね」

「前後の状況は関係ない。マリンが力に溺れ正義を見失った偽善者である事が問題だ」

「偽善者だから殺す?あんたらのろくでもない屁理屈は認めるつもりはない!」

「…………隻腕の女。我らに道を空けよ」

「……どこで知った?あたしの片手が機械だって事を?」

「神の体の持ち主はすぐに分かる」

デミトリは拳銃を突きつけられているのにも関わらず。悠然とルイーザの前に進み始める

「動くな!」

ルイーザの警告は無視された。

ルイーザの放たれた鉛玉はドミトリの額を撃ち抜くはずだった。

だが、それはかすり傷にしかならなかった。

額の表面で止まった銃弾はぼとりと床に落ちる。

キィン。

落ちた鉛玉の音が甲高く船内に響く。

「……ち、改造してやがった!?」

ルイーザは威嚇射撃を繰り返しながら甲板上へと逃げ延びた。だがデミトリの追撃は続いた。素手なのにもかかわらず。本能的な恐怖をルイーザに与えた。

「クソが!?なぜ死なない!?」

ルイーザの悪態にデミトリが答える。神父が教えを説くように。

「人間は脆い。そして、弱い。体も、心も。だから人間は進化のために文明の火を育て、その火で他者を焼く事で進化を果たしてきた。そして機械という概念を、言葉を、物質を生み出し、新たな段階へと足を踏み入れる。コウイチ・ハヤタの様に」

「ハヤタが……何?」

「彼は神になる。神を目指している。罪を産み、自滅する世界を再生するために。そして我々は神の使徒となるのだ」

そう言ってドミトリは上半身の服を脱ぎ捨てる。

服の下は鉄で出来ていた。正確には鉄のような部品で全てが構成されていた。

「ハヤタと他の人間の違いは、執念だ。正義への執念。狂気とも言える執念。それによって世界を、星の大海を、銀河を、丸ごと救済しようとしている。その理想のためにまがい物を始末する必要がある。マリンなどという小娘はこの世界に永久に不要だ」

「勝手な事ばかり言って!!」

ルイーザが能力を込めて銃弾を放った。怒りと『アロー』たちを込めた弾丸は刹那の間に切り裂くような動きを繰り返す。

「キバッテケ!外道ヲ倒セ!」

「オオ!」

一発の弾丸がデミトリを狙って複雑な軌道を描く。

デミトリは何回も弾丸の直撃を受けたが手応えをルイーザは感じられなかった。

「その程度か?なら私の番だ」

デミトリが右手を振りかざす。

とっさにルイーザが左手で攻撃を受けた。

強烈な衝撃が三回、左腕に伝わる。三回。ルイーザにとって不吉な回数。三回の攻撃がルイーザの状況を暗転させる。

左手の義手が壊れたのだ。

「……!!!!」

ルイーザが、目を見開いた。

ルイーザの顔に血の気が引いてゆく。

その隙をドミトリは見逃さなかった。強烈な蹴りがルイーザの胴体を振るわす。ルイーザの体はその衝撃で吹き飛び、壁に叩き付けられていた。拳銃が床を転がってゆく

「ル、ルイーザ!?ボゥットシテンジャネエゾ!?」

「……ぐ、……はぁ……はぁ……」

「ルイーザ!?」

アローの呼びかけにもルイーザは返事を返さない。左腕のトラウマがルイーザの心を抉る。蹴られた痛みがルイーザの動きを鈍らせる。

「……祈れ。お前もまた冥府へと渡れ」

「!!」

デミトリの腕がルイーザに迫る。その攻撃は機械の出力に裏打ちされた殺人的なものであった。だが、それを遮る者がいた。

「ごめん、ごめん。遅くなったかな?」

「すまねえな。こいつも手伝うって言って聞かなかったからよ」

肌の黒い大男と細身のアズマ人がデミトリの攻撃を阻止する。空気と衝撃の見えない障壁がデミトリをのけぞらせ、その隙に大男が突進した。

デミトリが吹き飛ばされる。

カズとジャックであった。

「……何!?」

「カズ!?あんた、怪我したって!?」

「ある程度塞がったから、無理して出てきた。それに、無理してるのは僕だけじゃない!」

「……カズのヤツ、シンが無理して戦っているって聞いて血相変えて飛び出しやがった。けが人はお互い様だろうに……」

「あんたはシンとは違うでしょ?空挺あがりの真似したら死ぬわよ!?」

「友達が戦っているのにおめおめ寝ていられない!」

意気込むカズにジャックが忠告をする。

「カズ。足の怪我がろくに治っていないんだ。無理はするな。お前さんはレンジャーの訓練も受けていない戦闘の素人だ。だからこそ、戦いながら、体力を保て。いいな?」

カズはふらついた足取りだが、目は戦士のそれであった。

「分かりました!」

突風とともに敵の動きを押さえ込みながら、ジャックが追い打ちをかける。敵の弱体化と攻撃を同時に行い、デミトリを消耗させた。

「風か。これでは処刑は出来ぬ」

「処刑なんてさせない!みんなを生きて帰すんだ!マリンも含めて!」

「おめえさん。なかなか良い攻撃だったぜ」

「ジャックのおかげだ」

カズがにっと少年のように笑みを浮かべる。

「惚れちまったかい?」

「彼氏なら間に合っているよ」

「そう言う意味じゃねえぜ。カズ」

「うん?どういう意味?」

「やれやれだ」

カズの男色な一面と天然ボケなところが合わさり、会話が混沌とする。

緩くシュールなやり取りに『やれやれ』のポーズをとったところでジャックはカズの援護に合わせて、強烈なラリアットを敵に食らわせる。

風でのけぞったドミトリに回避は難しいはずだった。だが機械の体は強烈な突風では押さえ込む事ができなかった。そこに強烈な一撃。

ジャックの的確な攻撃によってドミトリは劣勢に立たされていた。

「な、なぜだ……真実の正義にはあの女は不要。……なぜにあの女を……」

「元いじめられッ子の僕にそれ言うのかい?」

カズが怒りの形相でドミトリを睨む。

「命を粗末にするヤツは鉛玉コースって決めてあんの。なくした左手と死んだ彼氏に誓って!」

ルイーザが左手に持ち替えた拳銃を突きつける。

「……俺は本来乗り気じゃなかったけどよぉ。お前の相方の腐りきった根性を見たら、どうもムカついてきたぜ。……ルイーザの言う通りだ!こいつら、どぶに落ちた子犬を袋だたきにする事しか、考えてねえ!もうリスクとか、金とか今はどうでもいい!こいつとサワダは刑務所に叩き込む!」

「なぜだ……この混沌とした銀河には真実の正義が……」

「孤独な女の子を袋だたきにしようとしたからだ!おめえはもう黙ってろ!」

ドミトリはとうとう言葉で相手をねじ伏せる事を放棄した。

機械の巨体が、195センチの巨体が、三人の前に突進する。

ルイーザの拳銃が火を噴く。混沌とした拳銃弾の軌道が、凶暴なサメの如くデミトリの足を食い破ろうと突進する。アローたちがせっせと軌道を修正する。もはや修正というより湾曲と表現しても良かった。

跳弾。突進する弾丸と金属の巨体の応酬繰り返されるが、それだけではなかった。

突風。強大な風の壁がデミトリを阻み、動きを鈍らせる。

そして殴打。

ジャックの強烈な殴打が、何発もデミトリに命中する。ジャックの背丈と筋肉量も負けてはいない。出力は機械化されたデミトリの方が上手であったが、ルイーザとカズの能力と援護によってかなり弱体化される。

ふらふらになりながら、額と顔を自分の血で染めた状態でドミトリは前進を続ける。全身全霊で。

「せ、正義……が、……偽りを……暴き……真実……を……大衆に……罰を」

「いい加減にしやがれ」

ジャックが全身全霊のアッパーカットを食らわせる。会心の殴打であった。ジャックが今まで行なった殴打の中でもっとも奇麗に決まった一撃であった。

その会心の一撃はデミトリの狂信的な意識を容易く刈り取った。

巨体がどうという音を立ててひっくり返る。

それと同時にルイーザとジャックがへなへなと座り込んだ。

「は、……はは、やってやったぞ。ど畜生!」

「も、もう、無理ぃ。シンの真似なんてするんじゃなかった……足……痛い……」

カズは前に負った傷跡の方を手で抑えている。

ルイーザも拳銃を持ったまま仰向けになる。

「あー。しんど。トラウマぶり返すし。踏んだり蹴ったりよ……」

「ジャックーおぶってー、僕たち歩けないぃ……」

「子供か。お前ら。それよりデミトリを縛るのを手伝ってくれ」

「無理ー。足痛いぃ」

「無理ー。クタクター」

「子供か。お前ら……」

ジャックは呆れながらもその顔には笑顔が宿っていた。

「頑張れよ、シン……それとユキとマリンのお嬢ちゃん。無理だけは、すんじゃねえぞ……」

ジャックは甲板の揺れを感じながらシンたちの戦いの行方を想った。海は揺れ、船が震える。爆音と金属のぶつかる衝撃はジャックたちの方からも伝わってくる。

船は鉄巨人たちと離れているのにも関わらず。

船のそばになにかが降り立った。

次回はシンとサワダの戦闘の続きとなります。マリンはどうなるか。

次回もよろしくお願いします。

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