第五章 第15話 それぞれの決意
この物語には残酷な表現が含まれることがあります。ご注意ください。
ヴィクトリア・シティのある一角。シンたちとユキの拠点がそこにあった。
バレッド・ナイン・セキュリティ。
ユキたちはようやくそこに戻ってきたのだ。ジャックとカズが出迎える。
「おかえりー」
「……」
「……あれ、その子って」
「マリン・スノー。元アイドルだ」
シンがカズの疑問に答える。
「へえ、彼女が!マリンって超クールなんだよね。他のメンバーより飛び抜けて歌が……」
「……」
マリンの顔は依然として暗い。絶望の中にいる彼女にとって、些細な戦果では心を動かす事はない。もっとも、シンとユキにとっては『些細な戦果』ではなかった。
「……マリン」
「ユキさん。今回はありがとうございました。報酬は……」
「まだ終わってないわ。あなたの安全が確保されていない」
「いいんです。もう、私生きている価値なんてないんで……」
「そんな事言わないで、あなたをひとりぼっちにはしないわ」
「……マリンさん。私が自殺未遂したこと、知ってますね」
「ええ。その時にハヤタが救ってくれたことも……」
「……でも、ハヤタは私の事を仲間と見てくれなかった。しかも邪魔な女とすら思っていた……私は生き返ったと思ったのに……とどめを刺されただけでした。……所詮、偽物に居場所なんてないんです。私みたいな『まがい物』なんか……だから、もういいんです」
「……偽物か。私も同じ事を言われたわ。シンの仲間になる前は……」
「ユキさん……」
「でも、シンが私を救ってくれた。正しいとか正しくないとか、本物とか偽物とかじゃなくて、人を救うという事に大きな意味があるって言ってくれた。そこからいろいろあったわ。敵の罠にはめられて大使館で立てこもらなければならなくなったこともあったっけ。そのときもシンは私の事をずっと信じてくれた。シンだったらあなたを見殺しにするなんて許せないと思ってくれる。現にシンは私と一緒に怒ってくれた。……ちょっとやり過ぎなのは玉にきずだけどね」
「……すまんな。だが、それでも、俺はハヤタを完全に見限ったわけじゃない。ハヤタはお前の事を救ってくれたんだろう。その事に関してだけはすごく敬意を感じている。昔のアイツは間違いなく正義漢だったのだろうな……てな」
「……そうなんだ。だけど、ハヤタはきっと私を救ったのは間違いだったと後悔しているに違いない。きっとそうよ」
「俺はそう思わない。よく生きてくれた。マリン。だから、もう一度君を救わせてほしい。ハヤタの手でなく、俺の手で」
「…………うん」
マリンは頷いた。
それはよく見ないとわからないほどの微弱な頷きであった。けれど、たしかにマリンは生きる事を望んでいた。
「さて、ルイーザだけでなくお前まで協力してくれるとはな?イェーガー」
「……市民を守るのは軍人の義務だ」
アタッシュケースのそばに男が立っていた。薄汚れた色合いのコートに鳥打帽を被ったイェーガーが腕組みをして意見を示す。
「すまないなイェーガーお前の力も借りる事になって」
「元戦友のピンチだからな。あと、この任務はレオハルト中将と関係ない『ことになって』いる。承知しておけよ」
「ああ」
「この案件に関してはユダに睨まれてSIAは動けない事になっている。アオイがマリンの護衛を出来なくなった事を悔しがっていたよ」
「それでお前が?」
「ああ。ただ、アイツの能力はなかなか取り扱いがしづらいからな。特に監視の目が厳しいのだろう」
「アディはともかく、アオイは暴走するからねぇ……」
ルイーザがアディのほうを見て、しみじみとコメントを残す。それに対してアディの方はいくらかフォローを入れた。
「ただ、アオイは身体能力も高かったから貴重な戦力を動かせない感じはあるわ。メタビーングの戦力はいるだけで心強いから」
「どうしてユダは、マリンを見殺し同然に?」
カズの疑問にイェーガーが答える。
「マリンの行動が組織にとって都合が悪い事もあるだろうが、『かつての戦友』を味方に引き込む手札にしようとしているのだろうな」
「……『かつての戦友』ね。サワダの野郎にそんな過去があったとはな」
「サワダか。ヤツがどの辺にいるか見当はつくか?」
「ヴィクトリア・シティ内にいることは予想がつく。気をつけておかなければならないのは、町中で機体を転送することがあるということだ」
「何?転送?」
シンが面食らったようにイェーガーの方を向く。
「そのまんまだ、ハヤタとサワダの『神の剣』は特別ナンバーと称される機体だ。ハヤタのラインアークが究極の機体なら、サワダの機体ロストアークはシリーズの父と言うべき機体だ」
「町中に降り立ったら、いろんな意味で大惨事じゃねえか……おい。その機体の武装は?」
「不明だ。状況に合わせて換装が可能だからな。分かっているのはスタビライザーと優先接続された近接戦闘武装と転送装置があるって事ぐらいだ。サワダの性格を考えれば武装は近接戦特化になるだろうな」
「……機体そのものの大きさは?」
「AFよりデカいぞ。15メートルはある」
「……冗談じゃねえ。10メートル以下のファランクスじゃ潰されて終わりじゃねえか……うん?」
シンの表情が変わる。
「……どうしたの?」
「マリン。そういえばお前にも機体がある様だけどあれはどんな代物なんだ?」
「クィーンオブキラーのことね」
「……それが機体の名前か?」
「うん。あの子がそう言っていた」
「……言っていた?」
「うん。ハヤタくんたちや私の機体には中央電子ユニットがあるの。ハヤタくんの機体だけはそれがないけど、私の機体にはそれがあっていろいろお話ししてくれるの」
「……そうか。俺はヤツと話せるか」
「うーん、ちょっと無理かな?」
「どうしてだ?」
「接続しないと話出来ないから。私はあの子とナノマシンで繋がっているから」
「……そうか。ならいずれは話が出来そうだな」
「うん?どういうこと?」
「後で分かる」
「そうなんだ」
「ところで、君の……『クィーン』の武装は?」
「近接格闘機構と援護してくれる戦闘ピットがある」
「ピット?」
「うん、パンサーとファルコン」
「あたしのロプロックとロデムパルドみたいなもの?」
ユキが整備しているドローンたちを指差してそう言った。マリンが満面の笑みで肯定する。
「そうよ、ユキの子たちも可愛いね」
「そう!?そういってくれると嬉しいなぁ。えへへ」
ユキがマリンの思わぬ言葉についデレデレと顔を緩める。
「……なあ、マリン。サワダとコンタクトはとれるか?あと、君の機体の事について教えてほしい」
「え、機体の事はともかく、コンタクトって?」
「サワダを海上で迎え撃つ」
バレッドナイン事務所内の空気が凍り付く。
「シ、シン!?怪我している状態では無茶だ!」
「そうよ。サワダからはどうにか逃げるようにしたほうが……」
「……この状況だと逃げるのが最善の手段に見えるだろう。だが、サワダがなにを考えて行動しているかが未だに見えてない。それに、ずっと逃げ延びるのは無理だ。相手は小国一個潰せるだけの兵器を保有している以上は野放しにすればマリンのような人間が犠牲になる」
「でも、対抗手段がマリンの機体だけじゃ……」
「イェーガー?機体を出せるか?」
「無理だな。テロでも起きない限り」
「なら大丈夫だ。ユキ。レイヴンを引っ張りだす」
「え!?あれを!」
「このときのための機体だろう?」
ジャックが口をパクパクさせてから、発言する。
「……シン、戦争でも始める気か?」
「もう戦争だよ。サワダは明らかマリンを殺す気だろう?」
「い、いやいや!いくらなんでもあの機体は!」
「僕は彼女を救う事に賛成だ」
カズがシンの意見に同調する。
「カズ!?」
「いじめと孤独に苦しむ彼女を救うためにシンは行動してくれている。それに対して、それ以外はみんなでよってたかって彼女を見殺しにしようとしている。自分たちの都合だけで……、しかもSIAが押さえ込まれているこの状況。何かが異常だ。僕は彼女を助けるために打てる手は打つべきだと思う」
「……マジか。これは骨が折れるぞ」
「あー私もちょっといいかな?」
「ルイーザ?」
「なんかさ。昔の自分を思い出しちゃってさ。私も参戦していいかな?AFが中途半端なやつしかないけど」
「危険だぞ」
シンがぴしゃりとそう言う。
「……マジでさ。この案件きな臭いと思うの。たしかに本来なら私は逃げる派だけど、天下のヒーローたるハヤタ・コウイチが女の子を見捨てるって筋書きがどうにもねぇ気に食わなくってさ。私としてはリテイクよ。こんなもん」
「ソウダ!リテイクダ!」
「ヤリナオシ!ヤリナオシ!」
「ヒーローサン、スキャンダルナノ!?」
「ソウミタイ」
「ハンタイ!ミゴロシ駄目!」
「リーダーアナタモソウデショウ」
「ソウネ。コノウシナッタヒダリテニ誓ッテハンタイ」
左手のない『アロー』のリーダーが意見を示すと残りのアローたちがおおと感嘆の声と拍手を送る。
「アローたちが全会一致ね。珍しい事もあるもんだわ」
「そうなのか」
「大抵、一人くらいがひねくれて反対する事が多い。距離をとって精査する役を設けるものだけど。今回はそれが必要ないと考えているらしいわ」
「そうか。すまんな」
「いいの。私も仕事だから」
ルイーザが微笑をシンに返した。
「はぁ……とにかく作戦はどうするんだ?」
「……二日後にヴィクトリア・シティに洋上船が来航する。それに乗って、沖に出た後、サワダと接触する。そこでサワダと話をしてヤツの目的を聞き、説得を試みる。……まあ、それは決裂するだろうから、マリアの安全を確保した後、洋上に出現するだろうロストアークを迎撃する。相手は一人でくる可能性が高いから、頭数と機体の機動力で圧倒すれば勝算はある。……それにこっちには、『レオハルトの懐刀』がついている」
イェーガーが呆れた様子で息を吐く。
「もう一回言うぞ。テロでも起きない限り、動けない。いいな」
「ああ、わかっている」
バレッドナインが準備に入る。イェーガーは外に出てどこかに行こうとした。
「イェーガー?どこに行く?」
ジャックがイェーガーを呼び止めようとしてシンに止められる。
「……下見だ」
イェーガーがジャックに答えた。
「どういう――」
「今に分かる」
イェーガーは外に続く扉のノブに手を伸ばした。
今回は、マリンの再生とマリンを救う側の気持ちを描写した場面となりました。ジャックだけやや尻込みしたような感じになってしまいましたが、ある種当然かもしれません。人を救うことはなかなか難しい事だということを示せたと思います。
次回からスリリングなお話となります。よろしくお願いします。




