第五章 第14話 鉄と鴉の対立
この物語は残酷な表現が含まれております。ご注意ください。
ユキは激怒した。
あまりに非常な『鉄鬼側』の決断に何としてでも反逆する必要があると彼女は考えたのだ。一方の鉄鬼側には罪の意識はなかった。否、その決定が最初から正しいと考えてすらいた。そのためにマリンは打ち拉がれた様に泣いていた。
作戦会議室の中ではマリンとハヤタ、特務機関ユダの関係者、アオイ、ルイーザ、アディ、イェーガー、サイトウ、そしてユキがいた。
「…………私……最初から……最初から……」
マリンの頬を雫が伝った。その表情はまさしく絶望。その涙はまさしく心の出血であった。
「……ふざけないで、ハヤタ。この子を見殺しにする事は私が許さないわ」
「……すまない。この子はもう俺たちの手に負えないんだ。分かってくれ」
「……分かってくれじゃないわ。あなたは信じていた。ライコフの件の後も何かの間違いだと思っていたわ。……けど、違っていたのね」
「……ライコフの件は済まなかった。世界に正義と平和をもたらすには、彼を泳がせる必要があった。……そしていくらかの改心のチャンスを与えたかった。ユキ、そのために君を……」
「……それは分かるわ。あなたはそういう人だもの。……でもマリンの件は違う。彼女は悲劇に見舞われているの!夢だったアイドルも正義の味方として名声も彼女は失ったの!よりにもよってあなたが……」
「……彼女は悲劇になんか見舞われていない。全ては自業自得だ」
「……ドウミョウ・セイイチ。それはどういう事かしら?」
背丈の高いアズマ人がユキの前に進み出る。『寺育ち』の渾名と相反する見た目であった。髪を金髪に染め、屈強な体躯をしている。どちらかというとチャラ男のような陽気な見た目をしていた。だが、その見た目とは裏腹に言葉遣いは知的で頭の回転の良さが言葉の一つ一つからにじみ出ていた。
「……彼女は自分から『どつぼ』に嵌っていったんだ。よせばいいのに、自分の能力と『愛機』を世間に公表して自分の名前を売るのに使った。俺たちは身分を明かすべきではないと考えていたのに彼女は自分だけが認められるために世間に媚を売っていた。……正直さ。しょうがないって思っているんだ俺たちは」
「……たしかに彼女はそういう行動をした。だけどそれだけで殺されて当然とは私は思わないわ!」
「そう思いたい気持ちは分かる。だが彼女は自分の力をひけらかして自分の欲を満たそうとした。彼女は悪人と変わらない。彼女は力を振るうのに適切な人間じゃない」
「……待って!それと彼女と、どんな関係が!?」
「……彼女は『偽善者』だ」
「……え?」
「俺たちはいろんな理由があって機体に選ばれた。元々は普通の人間だったが三百年前の災厄を繰り返させないために戦っている。彼女は違う。彼女は……俺たちの正義に懐疑的だ。そのくせ力にばかり飢えていて、自分の事ばかりだ。彼女は……仲間とは言えない。おそらくマリンのそういうところを……」
「……あなたたちはマリンの何を見てきたの!?彼女は芸能界でも、学校生活でもいじめを受けていたのよ!?あなたたちはそんな彼女を見捨てるつもりなの!?」
「……何となくは察していた」
「だったら!」
「だが、それでも彼女は変わらなかった。一年前に自殺から救ったというのに……」
「……自殺から救ったのは事実みたいね」
ユキはマリン関連の電子記事をダウンロードする。艦内のデータ、星間ネットワークの情報。一切合切をわずか数秒の間に知った。
「……再興歴326年6月のニューイリス。一年と半年ね。……たしかにマリンの自殺未遂は有名になっていたわ。私とシンは軍にいて重要なミッションについていたからあまり知らなかったけど。けど!」
「……まあ、アスガルドじゃあそのときのマリンはグループ加入から間もないからな。……そのときから歪んでいたのかもな?」
「違う!彼女は必死だっただけよ!」
「なら、ハヤタはどう説明をつける?親友が死んだと思われていた時も彼は正義の体現者として成長していた。マリンとは……」
「一緒にしないで!状況が違うじゃない!ハヤタは元々、正義漢だったけど、マリンは違うわ!」
「そうだ。だから仲間じゃない」
「どうしてそうなるの!彼女をどうしてそう、のけ者にするの!」
「……俺たちは重要な任務についている。それこそ世界の存亡に関わるほどのを……彼女は足かせにしかならない」
「……どうして。どうしてよ!」
ユキが感情的になり、ハヤタにつかみ掛かる。
「マリンはあなたを信じていたのよ!マリンはユダを信じてなくてもあなたを信じていたのよ!それで十分じゃない!どうして!?」
唐突に二人の人物が入室する。扉の自動扉が開かれ、レオハルトとシンが目を見開く。
「……ユキ?いったいどうした?」
「……」
「どうやら、ユダとSIA側でマリンの扱いに温度差があるようですな?モリ室長」
「……」
モリと呼ばれたスーツ姿の男が呆れた素振りを示す。レオハルトがそれを見て額に手を触れた。レオハルトは顔をしかめながら口を開く。
「……苦いですな」
「……苦い?苦いとは?」
「マリンの表情をみると、苦みが口中に広がるのです」
モリが怪訝な顔をする。
「すみません。どういう意味でしょう?」
「……彼女の過去、どうやらあなた方はその理解が不十分であると結論づけなければなりません」
「……」
「彼女はそもそも未成年の若者です。その事をお忘れですかな?」
「だが、ハヤタや他の仲間と違って……」
「人は一様な性格をしていません。そもそも、マリンが機体と同期したのは偶然の産物でしょう?一人一人違う過去と思惑があってここにいる。集団とはそう言うものではありませんか?室長」
「はい。ですが彼女は問題行動が元々多く」
「……室長。彼女は他のエージェントと違い、多くの悩みを抱えています。ハヤタくんもそうでしょうが、彼女の抱えている問題は正直かなり深刻だと結論づけられます。正直、彼女の抱えている問題をあなた方は見過ごしてきたのではと我々は考えざるをえませんよ」
「冗談じゃないです!」
「ドウミョウ君?」
レオハルトがドウミョウの怒鳴り声に少なからず動揺の色を示す。
「アイツは自分を悲劇のヒロインになったつもりでいるんです!彼女をこのまま甘やかすのは、状況の悪化を……」
刹那、机に片足が叩き付けられる。シンの右足だった。
「…………さっきから聞いていれば、『寺育ち』の分際で、マリンが『諸悪の権化』みたいに言いやがって」
「……おい。言葉を改めろ。マリンが『諸悪の権化』だ」
「……改めるのはお前だ、ドウミョウ。人の苦しみを知らずに好き勝手に悪者扱いすればいいと思っているみたいだな?」
「身勝手なヤツだった。そうだ。マリンは身勝手だった。それがみんなを引っ掻き回してるんだ」
「あ?お前さんたちの『ヒーローごっこ』にマリンを巻き添えにしといて、その言い草はねえだろが?」
「……『ヒーローごっこ』だと?取り消せ!今の言葉!」
レオハルトが二人の間に割って入る。
「だめだ、シャドウ。これはSIAとユダの関係に――」
「そのためにマリンを……ひとりぼっちの女の子を見殺しにするつもりはねえ。……ユダ側がマリンをどうするつもりかは分からんが」
「……ユダはマリンをサワダに引き渡すつもりらしい」
「……………………あァ?」
しかめっ面のルイーザがこれまでの全てを一言に要約した。
その瞬間、シンの堪忍袋の尾が切れた。
右足。
暴虐の上段蹴り。
完璧な防御でドウミョウがシンの鋭い蹴りを受け止める。
「狂ったか!シャドウ!!」
「それはこっちの台詞だ。ふざけているのはそっちだ!」
「なぜだ。サワダは俺たちの正義を分かってくれるかもしれない男だ!」
「マリンを殺させる気か!?あのわけのわからないサイコパス野郎に!?」
「そうなったらそうなっただ!」
「狂っているのはそっちだ!」
激しい蹴りと殴打の応酬をサイトウが止めようとする。もはや、決闘であった。シンとドウミョウが軽業のような激しい殴り合いを行なっていた。
サイトウが見かねて止めようとする。だが、ルイーザがサイトウの前に立ちふさがる。
「ルイーザ!?」
「止めないでちょうだい」
「だが……」
「話し合いの段階を過ぎてしまったわ」
その時レオハルトが二人の間に割って入る。蒼い閃光が二人の中央に現れた。
「シャドウ!やめろと言ったはずだ!」
そのあとモリも続く。レオハルトが止めてくれた後、ドウミョウの肩を万力のような力で握る。
「ドウミョウ?お灸を据えた方がいいか?」
シンとドウミョウは目を合わせた後、ようやく矛を収めた。
「…………レオハルト中将の顔に免じて話し合いに戻る。すまんな中将」
「……も、モリ室長の『お仕置き』だけは勘弁っス」
冷静さの戻ったシンとは対照的にドウミョウの顔に冷や汗が吹き出る。ハヤタの顔も心なしか青ざめた様子がうかがえる。
モリと言う人物がどういう人物かはユキにもシンにも理解が出来た。
「なぜ、サワダなんだ?あの危険人物がマリンの命と釣り合う訳がない」
「……それに関しては私が説明しよう」
「モリ室長。あんたらとサワダとどう関係がある?」
「……私を含む適性者の『ストーン派』グループと急進勢力『マサタカ』派で争っていた時期があった。サワダはマサタカ派に所属していたが、離反しリセットソサエティに身を置いている。彼以外のマサタカ派の生き残りは我々ストーン派に帰属した。サワダと我々は元々同じ目的を目指している」
「ストーン……?」
「私の上司だった男の名前だ。そこからとっている。今はいないが……」
「……そうか。つまりサワダがどういう人物かは俺よりよく知っている訳だ」
「……知らない事もある。お前がどうしてサワダを目の敵にしているかだ」
シンは
「親友の仇だ。どういうわけか。ヤツは善人を目の敵にしている。どういう訳か知らんが、俺のかけがえのない親友を、人生の恩人を殺しやがった。……恨むなら十分な理由だろう?」
「……そうだな。だが我々の味方でもある」
「……あの危険人物がか?」
「そうだ。我々はヤツとヤツの乗る機体の力が必要だ」
「……なぜ?」
「我々は厳密にはメタアクターではない。機体のナノマシンを使って身体能力と再生能力を得ている。私の愛機『アオノマスラオ』を含めたユダの機体自体もAFではない。あの機体は『神の剣』と称される機体だ。特にハヤタのラインアークは……」
「……お前らは誰と戦うつもりだ?」
「人類の敵だ」
「……んで、マリンは蚊帳の外と?」
「ああ」
「……お前らの言い分は分かった。レオハルトも人類の敵とやらと戦っているから、信じない訳ではない。……だがな。お前らのやり方はあまりにもお粗末すぎじゃないか?」
「……内紛した事か?それとも、マリンを見捨てた事か?」
「どっちもだ。ろくでもない争いにマリンを巻き込んだことは許さない。絶対にだ。レオハルトたちSIAがお前たちを信用していたとしても、俺はお前らを信用しない。ユキもマリンの安全も俺がなんとかする。それだけだ」
「シャドウ……」
「サワダはバレッドナインが迎え撃つ。アイツの危険な思想のせいで俺たちの依頼人マリン・スノーの命が狙われているんだ。だから全力で潰す。俺の方針は変わらん」
「……そうか」
「マリンを徹頭徹尾守る我々と。世界平和とやらのために一人の女の子を裏切るお前さんらは相容れないということだ。理解したか?モリ室長?」
「……そのようだ」
「いくぞ、マリン。お前を安全なところに移送する」
「……ぐず…………うう……」
マリンは打ち拉がれていた。ハヤタの本音を、真実を知った事で。シンに呼びかけられても、ただ泣くばかりであった。
「……ハヤタ」
「……すまないな。シャドウ」
「……マリンには?」
「……」
「……失望したぞ。お前とは仲良くするつもりだったのにな……」
「……」
「まあいい。マリンはまだ生きているんだ。なら俺たちでなんとかする」
「……」
「じゃあな。正義のヒーローさんよ」
シャドウは最大級の皮肉を残してシャドウは背を向けた。シャドウとユキ、アディとルイーザそしてマリンの後ろ姿は自動扉に隠されていった。
ハヤタというキャラクターにはモチーフがあります。シンにとっては仲良く出来そうでもあり出来なさそうでもあります。なかなか難しい人物です。正義感はたしかに本物ですが……。シンにとって誰かをのけ者にして『自分たちだけ』が光さす道を進む事は許せないと考えております。それが今回の話の大きな主題と言えるでしょう。
次回はマリンをいかに立ち直らせるか。そこを中心に描いていきたいと考えています。




