第五章 第13話 合同作戦 その五
この物語は残酷な描写が含まれる事があります。ご注意ください。
宇宙港内は混沌とする
暴徒と警備兵が入り乱れて殴り合う混沌の中、影と風が前線を切り開く。
シャドウとレオハルト。二人が切り開いた道によってどうにか活路が開かれる。
レオハルトは目にも留まらぬ動きによって。
シンは綿密に準備したガジェットによって。
テーサーガン、煙幕、不意打ち。
あらゆる手段を使って、シンはレオハルトにも劣らない活躍を残す。
だが、敵も凶悪であった。感情と脳内麻薬に裏打ちされた暴走は二人だけでは対処が非常に難しかった。
「シャドウ!腕部パラライザーで!」
「助かる!」
「マリンはあたしたちが!行ってユキ!」
「ええ!」
ユキの掩護射撃と共にシンが駆ける。麻痺光線の煌めきが暴徒たちを打ち倒す。その隙にシャドウは最前線を突き進み、ユキもそれに続く。アオイとアディは目の前の敵が操られた市民であることを考慮し能力は使わなかった。それでも、身体能力が人の領域を逸脱しているため、マリンを守る壁としては十分な活躍が出来た。サイトウは特別な能力はないが、シンに劣らない格闘戦能力で敵を圧倒する。武装はシャドウと違って搦め手に適したものではなかったが、戦闘の素人程度を圧倒出来るだけの力量は十二分にあった。
「……シンもシンだが、襲われた兵士を救うレオハルト中将もだ。恐るべきは『その能力』か?」
先ほどまで暴徒に襲われた兵士たちが入り口付近に並べられていた。負傷していて治療が必要だが、まだ息があった。この現象が怪奇現象とか催眠術みたいな矮小なものではなかったことを瞬時にサイトウとアオイ以外の面々は悟る。レオハルトとの付き合いが長いアオイとサイトウはレオハルトの能力の一端であることを理解していた。
「中尉!」
「あいよ」
暴徒の群れをなぎ倒し、パラライズモードに切り替えた銃でサイトウは応戦する。アオイが超人的な跳躍とで敵に肉薄し、五人を片手でなぎ倒す。アディもアオイと同様な動きでマリンに迫った敵を迎撃した。
「……なにこれ」
「ビックリニンゲン大会!」
「わかってるわ。アロー4」
ナンバー4のジョークを受け流しながら、ルイーザもまた暴徒たちの群れを迎え撃つ。
「……これじゃあ私の出番は必要――」
弾丸が飛来する。粒子の弾丸だ。数は二。
「アチチ!」
そう言いながらも『アロー』のナンバー4が弾丸の軌道を歪めてくれた。マリンを狙った弾丸であった。矮小な分身ではあったが、弾丸が飛び交う場では心強い。妖精なような見た目とは裏腹に実戦向きだ。
「――あったわね」
パラライザーを撃ち込みながら、暴徒たちの群れを呆れた様子でルイーザは見る。
「能力のせいとはいえ……これファンじゃないわ。フーリガンよ」
「フー!リガン!」
「フー!リガン!」
「五番と六番。黙って弾丸弾いてなさい」
「ちぇー」
「ちぇー」
怯えるマリンを気遣いながら、ルイーザは飛び交う暴徒の弾丸を迎え撃つ。
オータムは車両に飛び乗り高速道路を走行していた。
いくつものビル群が背後の景色へと消えてゆく。
「……ここまでくれば大丈夫だろう」
オータムはタバコに火をつけようとして唖然とする。その視線の先はバックミラーにあった。
青き残像。
それは始め点に過ぎなかった。星のような矮小な青き瞬きであった。だがそれは、徐々に突風のような『一つの軌跡』であることをオータムは理解する。
高速道路を凄まじい速度でレオハルトは疾走していた。
時速に換算すると300キロ以上の速度はあった。走行する車たちを次々と追い抜いてゆく。
「……追ってきたか……アスガルドの英雄!」
負けじとオータムも車を飛ばすが、出る速度はせいぜい220キロぐらいであった。明らかに徒歩のレオハルトの方が速い。
「はい、そこ。止まってね」
いつの間にかレオハルトはオータムの助手席に乗っていた。手には拳銃を持っている。
「……ぐ」
渋々オータムは指示に従った。密室内。相手の手には拳銃。車から転げ落ちて逃げたとしても高速移動能力で救助される。オータムは詰んでいた。逃げ場も打つ手もなかった。指示通り近くのサービスエリアへとオータムは車両を止める。
いつのまにか、オータムの手には手錠があった。
「ジョン・オータム。君を公務執行妨害と凶器準備集合および……殺人未遂の罪で逮捕する。君には黙秘権があり、不利な証言を拒否する権利がある。……何か弁明は?」
「……」
「さて、能力を解除してもらおうか?オータムくん?」
「く……」
その数十秒後にレオハルトに通信が入る。
「中将。こちらサイトウ」
「そっちはどうだ」
「終わった。暴徒たちが我に返った」
「ならいい。マリンは無事か?」
「無事だ。俺たちは勝った」
「エクセレントな結果だ。僕もシンたちと合流して、オータムを連れて帰る」
「……ヤツの口を塞いでおけよ。どうやら『視聴してファンになったものを操る能力』があるからな」
「もうした」
いつの間にか、オータムの口にボールギャグが嵌められていた。
「もご……」
「これしかなかったんだ。我慢しろよ」
シンとユキが『ロプロック』に乗っかって、飛来する。
先にシンが降り立った。地上から6メートルのところから降り立つ。ユキはロプロックの着陸と同時に降りる。
シンはオータムを締め上げた。オータムの顔面に地面の砂が擦り付けられる。
「ようやっと、このふざけた状況を終わらせられるな。やれやれだ」
「そうだな」
レオハルトがシンに同意する。
不意に、レオハルトがびくと反応する。
レオハルトがシンの後ろを指差していた。
「シン?後ろのは?」
「?」
レオハルトの指差した方向に強大な鉄の巨人が降り立つ。
そこには木々しかなかったはずだった。
それは鬼神の姿を象っていた。雄々しくも神々しい甲冑のような出で立ちは『我は正義である』と言わんばかりの凛々しさすらあった。
空間をねじ曲げ現れた巨大な甲冑のような巨人から一人の男が降り立った。
「……お前か……ずいぶんな大遅刻だな。『鉄鬼』の……」
冷めた目でシンが、かの男を見る。その男の顔は若々しかった。シンとほぼ同い年であった事がレオハルトにははっきりと理解出来た。シンの刀のような鋭い目とは対照的な太陽のように穏やかで自信の光に満ちた目であった。
レオハルトと双璧を成す正義の象徴。AGU側の人間兵器。
この男こそが『鉄鬼』こと『コウイチ・ハヤタ』であった。
「久しぶりです。ミスターハヤタ。あなたがお越しになっていただき光栄に思います」
「レオハルトさん。お久しぶりです。お元気そうで何よりです」
「今回の件と言い、前の件と言いあなたとは縁がありますね」
「いえいえ、私は『正義の味方』として戦っているだけですから」
和やかな雰囲気でレオハルトとハヤタは言葉を交わした後、お互いに本題に入る事にした。
「さて、ハヤタさん。あなたの目的は……マリンちゃんではないですか?」
「薮から棒ですね?まあ、間違ってはいませんが……」
「やはり!マリンさんなら大丈夫です。心配をおかけしましたが、彼女は怪我一つありませんよ!」
「…………そうですか」
レオハルトはハヤタの様子を見て怪訝そうな顔をする。明らかに恋人の無事を喜ぶような表情ではなかった。
「……あれ?心配だから来た訳ではないですか?」
「……そうです。彼女は我々が引き取りにきました。……彼女がこれ以上暴れないように」
「……え?」
「………………」
「………………」
四人の間に沈黙が走る。あまりにも気まずい雰囲気にレオハルトの愛想笑いも引きつっていた。
「ハヤタさん。暴れるってどういうことです?」
「……マリンスノーは危険分子です。彼女は自分の欲のままに暴れる危険な女です。彼女を野放しにすれば多くの犠牲者が出る」
「……あの。我々と一緒にいた時にはとてもいい子でいてくれたのですが?」
「……彼女は……本性を見せていない」
「……え」
「彼女は私と同じ能力を持ってはいます。そして、わたしの愛機、ラインアークと同じ系列の人型機動兵器も所持しています。ですが、思想が違うのです。自分が認められたり目立つためにその機体を振り回す危険な女です。騙されてはなりません」
「……上手な言いがかりだな。そう言ってユキのときも見殺しにするように勧めたろう?」
シンが皮肉を交えながら、『鉄鬼の男』に反論する。
シャドウとしての目が研ぎすまされた刃物のようになる。
「おまえは正直信用できんよ。ハヤタ」
「それはこっちの台詞です。シャドウ、あなたはいつも独断が過ぎる」
「……『ひとりぼっちの女の子』を『のけ者』にする癖は相変わらずのようだな。……『正義の体現者』さん?」
「…………ユキの事を根に持っているのですか?」
「そもそも、俺が動かなければどうなっていたか分かっていたのか?俺の大事な相棒が秘密結社の人間に殺されていたかもしれなかったんだ。お前のせいでな?そんなヤツの言葉をどう信用しろと?」
「世界には大勢の助けを求める人間がいる。大勢の人の助けの方を優先すべきは当然なのでは?それにユキさんの件は――」
「数の話をしてんじゃねぇ。俺は俺の大事な人を失いかけた事を話している。話を逸らすな」
「……」
「……」
「そこまで。僕たちは喧嘩をしにきた訳じゃない。仕事のために来た。そうだよねハヤタくん」
「……そうだ。すみませんでした。ミスター・シュタウフェンベルグ」
「いえいえ、ほら、シャドウも落ち着こう。ここはお互いにお茶でも飲もう」
「…………わかった」
どうにか落ち着いた二人は仕事に戻る。周囲の空気が震えるような緊張感を前にオータムはただ震えるしかなかった。
「……シン君。すまないが彼には怒らないでやってくれ」
「……わかっている。だが……」
「彼には彼の考えがある。彼の気持ちを分かってやってくれ」
「…………善処する」
オータムを確保した後の艦長室でシャドウは、レオハルトと二人きりとなった。オータムの刑罰やマリンの今後の事。そして、『ハヤタ』の事。
それらを議論しつつ、ハヤタとどうすれば折り合いがつくかを二人は模索していた。
「……正直に言えば、ハヤタに対して尊敬していた。アイツは常に最前線で味方を鼓舞していたし、言った事は全て実行していた。本質的にはお人好しだし。俺は彼を信じても良いと思っていた。……そして何より、……アイツは常に『正義』を信じていた。俺はアイツの追い求めた『正義』を信じたかったよ…………『ユキの件』までは……な」
「……シン。大使館とライコフの件は僕のミスでもある。ハヤタくんだけを責めないでやってくれ」
「……そうだな。少なくともユキは生きている……これ以上、対立すれば双方の不利益になることは理解している……なのだが……出てくる言葉は怒りと失望のそれだけだ……いったいどうすればいい?レオハルト」
「…………僕も手助けする。だから、シンも手伝ってくれ…………そうすれば、…………きっと分かってくれるさ」
「……そうだな。すまない中将」
シンの顔に落ち着きが戻る。カラスの覆面を被り直したシンはレオハルトと共に話し合いのテーブルへと向かっていった。艦内に二人の足音が響く。ユキの声が不意に聞こえ、二人は急ぐ。靴音の感覚が狭まる。シンの心臓が早鐘を打った。
シンが扉を開けると、ユキがハヤタの胸倉を掴んでいた。
春が近づき、体調不良が多くなる時期となりました。
今回のお話では新たな人物『ハヤタ』が登場しました。この人物は今後の話にとって重要な位置づけであると前もって宣言致します。主人公のシャドウとはあらゆる意味で対となっています。この点も含めて次回も読んでいただければ、幸いでございます。




