第一話「出会い」
試作品です。
今始まろうとしている夏の、清涼なる透明な風を顔に感じながらジエヌは地上から二十七メートルにてラジオから流れるニュースの音を聞いていた。耳につけているイヤホンの左側は外れ、耳は光をとらえている。
ジエヌはドラクロワ帝国に支配された極東の列島に移民してきたドラクロワ人である。数百年に渡り世界の中心として君臨したドラクロワの軍事力は世界中を敵にしようが張り合えるまでに大きくなった。ドラクロワの紋章、雄の獅子が咆哮を上げ雌の獅子が黒豹に噛みつき蹂躙している模様は国柄をよく表している。支配された国は最初に軍による遊びの虐殺、次にドラクロワ人による差別が絶えない。
ジエヌの母親は極東移民後、まだ統治されていなかった極東人による放火の犠牲となった。その後、ドラクロワは極東人を野蛮と断定し、極東の地を血で洗った。母子家庭だったジエヌはその日から一人で暮らしている。
「ではここで、先週の奇天烈ニュースです。月曜日に――」
ジエヌはイヤホンから流れてくる音を聞きながら、街並みを見る。首都ドラークは街の中央広場にある皇帝像を囲み発展している。背の高い建物はあまりなく、大抵が二十五メートル程度の建物である。その中で群を抜いて高い建物がドラーク展望塔、通称「ラークタワー」だ。三五五メートルの展望階に行くとドラークの隅々まで見渡せる。有料望遠鏡を使えば、細部も見える
「――に対し、ノード博士は打つ手がないと――に対する懸念を示しています。しかし、実際に起これば混乱は必ず起こるでしょう」
ジエヌはラジオを聞きながら思う。テロが起こったとしても、世界は変わらない、変えられない。人間のエゴは集団でこそ真価を発揮し、それによって作られる体系は盤石のものになっている。そんな世界で行きたくない自分を感じ、同時にそんな自分がどうせその世界へと入っていくのだろうと見下ろしている自分を感じる。
頭のない獅子がこちらを見て威嚇、咆哮を上げる。そしてジエヌの下の地面が崩れ去り、暗闇の底へと落とされ周りにある壊れたガラクタの山のなかで朽ちていく。そんな情景が頭をよぎる。
ハッと我に返り、胸をなでおろす。一度大きく深呼吸をし、街に再び視点を向ける。様々な色の建物を見て落ち着く。
その瞬間、水の張っていたコップにビー玉が落とされたように平穏な風景に異変が起きた。第一に、ラジオの音がブツりと切れた。次に視界の奥で黒い煙と巨大な炎が見えた。そして、耳に爆音が響いた。
ジエヌは突然の異変に開いた口が塞がらないまま状況を把握しようとした。が、不可能だった。わかったことといえば爆発した建物がラジオ局だろうということだけだった。
「何が、起きた?」
小さな声は空で消えた。目の前にあるよくわからない大きな変化を感じ震えている脚を徐々に動かし、ジエヌはラジオ局へと向かった。
ラジオ局の前は人で壁ができていた。仕事の早い警察軍の規制と被害者の救命を急ぐ救命員、それを悼む人々の唸りで雑然たる風景だった。けが人の流している血と、運ばれている死体、燃え盛る炎が目に焼き付く。
「すみません、ちょっとよろしいですか。知っていることがあれば何か教えていただきたいと思いまして」
警官がジエヌに近づいてきた。
「知っていることですか。この建物がラジオ局であることの他には特に。ラジオを聞いていると急に音が途切れて、爆発が見えたものですから」
ジエヌは気持ちだけ半歩下がる。
「そうですか。ちなみに極東人ですか?」
そう言われてジエヌは周りを見る。嘆いている人達も野次馬もすべてドラクロワ人だった。ドラクロワ人はカラフルな髪をしていることが多いのでわかりやすい。また、極東人はこんなところに来る暇なんてないはずだ。日中は働き、夜間も働く。そんな生活のはずだからだ。
「いえ、ドラクロワ人ですよ。れっきとした」
「それは、失礼しました。この爆発は極東のものだと思われましたので」
「テロですか」
「それは目下調査中であります。ではありがとうございました」
いえ、と返事をする。ジエヌは「極東による爆発」と「テロ」はどう違うのだと思ったが飲み込んだ。
立ち去る警官の袖にある獅子の紋章がこちらを見ているような気がして、ジエヌはもう一度警官を見た。燃え盛るラジオ局を背後にまた別のドラクロワ人に話しかけている。
違和感が頬の横を通り抜ける。体の周囲に纏わり、廻る。
ジエヌは考える。途方のない砂漠の中で一本の糸を探すように、頭の中で何度も情景を回転させ吟味する。炎とドラクロワ人、そして多くいる警察官と救急車を幾度も往復し、思考を深める。
そうして、思考が底についたとき違和感を見つけた。
警官が話し終えたタイミングでジエヌは警官に呼びかける。
「もう一回話していただけますか、オフィサー」
警官は少し反応が遅れて振り向いた。
「・・・・・・なんでしょう」
ジエヌはコホンと呼吸を置き話す。
「爆発からどの程度の時間が過ぎたかわかりますか?多分、十分程度だと思いますけど。そして私が来たのが六分前、そのときには警察と救急車が来ていました。そして建物は炎の中でした。そして、今も炎の中ですね。・・・・・・どうして消防車が来ないのでしょうか」
言い終えた瞬間に警察官は走り出した。急なことに頭の対応が遅れたジエヌは呆然と立ち尽くす状態となる。逃げた警察官は救急車に飛び込み、警察官を乗せた救急車は猛スピードで発進した。
気が付けば周りに警察と救急隊員、救急車の姿はなかった。
すべてはテロリストの演技であったのだろうとジエヌは苦虫を噛むような顔で思い返す。あと数分、来たときにすぐに気づけたらよかったのに、そんな思いは平行世界へと埋もれる。
遠くで随分と遅い消防車のサイレンの音が鳴っていた。
「や、ジエヌ。転校生が来るらしいぜ」
昨夜テロリストの犯人の可能性について考え寝不足なジエヌの頭にお気楽能天気な青い髪をしたリースの声が響く。
月曜日、シントリー学園二年七組の教室の端の机で二人話している。話している、といってもジエヌが眠い目をこすりながらリースに相槌をうっているだけだ。
「転校生?こんな微妙な時期にか」
「そうなんだよ、こんな時期に来るなんてあまりないことだ。さらに驚くことなかれ、その転校生は、世にも珍しい黒髪だ」
ジエヌは思考回路のスイッチを入れる。考えうる転校生の情報は二パターンあるが、日一つはとても現実的でない。しかしもう一つもまたありえないことである。
「と、いうよりもこの学校はそんなことが許される学校だったのか」
「うん、表向きはそうらしい。だけど普通はそんなこと、皇帝が死なない限りないと思ってたけどね。まあ、考えはつくよ。多分、昨日のラジオ局の爆発があっただろう、あれを受けての学長判断だろうね。随分前から入学申請自体は来ていたんだと思う」
あの爆発、テロも効果は出ている。そしてこれからも続けばどうなるだろう、眠い頭はそれ以上深い思考へといかない。
「転校生も入学してもいいことはないってわかっているんだろうかねえ」
ジエヌは心の声をリースが代弁したかのように思えた。同じことを思っていたようで話に困る。困ったので外の景色を見る。山の木々は緑色をしており、山全体が太陽の光を浴びて生きているかのように見える。鳶が頂上よりはるか上で廻っている。鳥は気楽だよなあと感じていたら、鳶は山に隠れ朝礼が始まった。
「ジョウガ・キリです、よろしくお願いします」
担任に紹介された黒髪の少年がそう言葉を発した瞬間、教室内の空気が一変したのを肌で感じるまでもなく、伝わってくる。これまでドラクロワ人の生徒のみしかおらず、極東人はおろか、植民地民と口もきいたことがないような生徒もいる。
キリは教室の端からでも黒い髪が目立ち、白ではない肌は近寄りがたい。担任によって指定された席はジエヌの前であった。
「よろしくな、ジョウガ」
ジエヌは義理であいさつをする。
「・・・・・・よろしく」
ジエヌが「いじめ」を見つけたのはそれから二日後だった。しかし、転校してきたときから予想はついていたので驚きはしていない。気になる点は「程度」の問題だった。
シントリーの不良な方々でも極東人を怖がるらしく、「いじめ」は見られていないところでいたずらする程度のものだった。授業中にまじめにとったノートを燃やされたり、靴を土で固められ虫を入れられたりすれば多少の怒りは起きるだろうが見ている観客は盛り上がりに欠けるものがあった。
「やり返す、とかは考えないのか」
休み時間、不良な方々に土で固められた靴を洗っているジョウガのもとへと歩き、ジエヌは話しかける。
「やり返しても意味なんてない。俺がここにいる理由はそんなもののためじゃない」
その言葉に対して口角を少し上げたジエヌに対してジョウガは睨む。
「じゃあ、お前がここにいる理由を聞かせてもらおうか」
ジョウガは靴を洗う手をとめ、思考を巡らせた。ジエヌには当然人の思考を読む能力などはないので、予想に過ぎないが大方自分の夢を語る気恥ずかしさへの決意をしているのだろうと思っていたので予想少し上を、斜め上をいったものだった。
「ドラクロワを変える、俺の野望だよ。不平等な血統主義と実力主義をぶち壊してやる。そのために俺はこの学校に入ったんだ」陳腐な言葉に聞こえたが、語気を荒げて言い放っていた。言い終わるとジョウガは蛇口の口を捻り、靴が吸い込んだ水を切るために振った。大量の水滴の一つがジエヌの靴をかすめた。学校指定の革靴だ。
「笑えるな、力なき弱者が決して叶えることのできない夢を語る姿勢というやつは」
ジョウガは目尻を上げ、ジエヌを睨む。
「力?ふざけるな。たかがドラクロワに生まれただけの俺らと全く変わらないやつらには力があるって言うのか」ジョウガは息を吸いこむ。怒りをあらわにした顔は赤く燃え上がっている。
「ラジオ局でのテロに何も手が出せなかった平和ボケした侵略者が!俺たち被害者の恨みが消えたとでも思っているのか、親を殺され、野宿をすれば骨を折られる。毎夜毎夜見つかるまいとおびえながら生き延びる子供の悲鳴が消えたとでも思ってんのかよ!」
思いのたけをぶつけたジョウガは息を切らす。ジエヌはその様子を見ながら考えるよりも先に体を動かしていた。
ジエヌは力強く一歩足を出す。革靴と地面がカスタネットのように音を上げる。と、同時にジエヌの足を中心に横方向へと地面に亀裂が入った。亀裂は異常な速度で進み、十メートル程度進むと止まった。一瞬のことにジョウガは理解ができない。
「ここらへんは極東人が作った地面だったんだろうな、脆いもんだ」
ジエヌは亀裂を何でもないような目で見ながら呟く。そして理解不能な顔をしているジョウガを見て不敵な笑みを浮かべる。
「ドラクロワ人は力がないって言ってたよな。お前、本当にドラクロワが侵略兵器と科学力だけで全世界の頂点に君臨してると思ってたのか?めでたいやつだな。教えてやるよ、ドラクロワ人は全世界全人種の中で頂点に君臨すべき力を、他人種を蹂躙できるほどの能力があるんだよ。そしてお前ら極東人は力なき人種だよ」
その時、遠くから叫び声が聞こえた。ジエヌを呼ぶ声と、声にならない大きな音が鳴っている。
リースと体育教師が走ってきていた。
「この亀裂はお前かジン!」
体育教師は怒鳴る。ジンとはジエヌのニックネームだ。
「僕が直しておきますから、許してあげてください」
リースがしゃんとした声で言った。
「すみません」ジエヌは謝ったが、教師の注意がジョウガに向いていることに気付いていた。
「なんで極東人がいるんだ?お前は何しようんや!」
そう言うやいなや教師は胸倉をつかんでジョウガを壁に叩きつけた。
ドラクロワ人の極東人への仕打ちなどこんなもんである。まだ優しい部類に入る程度だ。勝手に罪を着せられることなんて日常茶飯事で、またかとため息をつくほどのものかもしれない。
首元を閉められたジョウガは苦しそうにもがく。やっと左手が教師の腕に届いたので、首と手の間に少し隙間ができ、息ができるようになった。
「そのくらいにしてあげてくださいよ」ジエヌはそう言いながら教師の腕に手を置く。
おお、そうだなと言いながら教師は手をはなし、職員室に戻っていった。
「で、なんでこんな力を使うことになったの」とリースが聞くが、ジエヌは適当にちょっとな、というだけで特に答えなかった。
息をやっと整えたジョウガは立ち上がり、憎んだ目でジエヌを見る。黒い目の眼光がジエヌを突き刺すが、その視線を意に返さずただただ見下す。そんなにらみ合いがしばらくあった後、ようやくジョウガが口を開いた。
「どうして、お前は極東人と同じ黒髮黒目なんだ」
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