第七話
「本当にごめんなさい!」
レナは深々と頭を下げる。あまりに潔いその態度にシルのほうが慌てふためく。
「残念だけどシル君をうちにおいてあげられません」
レナの目元は伏せがちで、肩を大きく落としている。空けられたままの口からはため息が漏れていた。
「……わかりました」
シルが彼女を非難することはなかった。目の前で、本当に申し訳なさそうに気を落とすレナに文句など言えるはずがなかった。
「本当にごめんなさい……」
「まあ、師匠。しょうがないですよ。お金がないんですし」
謝罪を繰り返すレナ。その隣にいるキリルは自分の感情をあらわにしないのに必死だ。だが、うれしさが混じり、少し声が上ずっている。
「……でも、心配しないでください。シル君は魔法塾に紹介するつもりなので、今後のことは大丈夫ですから」
「いえ、そこまで面倒を見てくれてありがとうございます。この恩は一生忘れません」
「……グスッ」
誠実なシルの応対にレナは感極まる。
「それじゃあ、今日の午後魔法塾に行くので準備をしておいてください」
レナはそう告げるとその場を後にした。涙ぐんだ目元を見せたくなかったのだろう。
「ほんとにごめんね」
キリルもシルに謝る。そこには一切の誠意が見られない。けれども、シルはそれに気づけない。
「いえ、気にしないでください」
先ほど同様、シルの対応は誠実だ。それが、キリルには気に食わなかったようで眉間にしわを寄せる。だが、それ以上何を言うわけでもなくキリルはその場を去っていった。
そして日がてっぺんを過ぎたころシルはレナに連れられ屋敷を出た。キリルはそれを見送ろうとも、ついていくこうともしなかった。
「あの、魔法塾って何なんですか?」
道中、シルはつないだレナの手を振り、疑問をぶつけた。それにこたえるレナの目元はすっかり赤みが引いていた。
「魔法塾っていうのは、魔法を研究している人のところに弟子になりたい人が集まって、一緒に勉強しているところですよ」
「? それじゃあ、レナさんも魔法塾をやっているってことですか?」
シルの問いは一般常識とされるものだが、レナはそれを面倒に感じるそぶりも見せない。
「違いますよ。私のところは剣法塾です。魔法じゃなくて剣の勉強をします。でも、違うのは勉強する内容だけじゃないんですよ」
「何が違うんですか?」
「魔法塾は基本男性、剣法塾は女性が通うものなんです」
「どうして分かれてるんですか?」
その問いにレナの表情がかすかにゆがんだ。
「……女性は魔法が使えないんです。魔力を熾すための回路が体内にないそうなんですよ」
シルは申し訳なさそうにうつむく。自身の無知のために不快な思いをさせてしまったのではと思っているようだ。
「別に、気にしなくていいんですよ。代わりに女性には剣がありますから。それこそトップレベルになれば魔法使いだってぼこぼこなんですよ」
レナは無邪気な笑みを浮かべる。
「まあ、この話はこれぐらいにしましょうか。ほら、見えてきましたよ。あれが私の知り合いのやってる魔法塾です」
レナはそう言って前方の建物を指さした。
紫を基調とした玉ねぎ型の屋根には幾何学的な模様が彫り込まれている。白い壁には様々な絵が描かれている。人も動物も、魔物でさえも精密に描かれている。
いかにも不気味な見た目の建物にシルは青ざめる。そんな様子を見てレナは笑みをこぼす。
「フフッ、大丈夫ですよ。この家も家主の趣味で怪しい研究をしているわけじゃありませんし」
だが、シルの耳にその言葉は届いていなかった。絵の中にゴブリンを見つけただ立ちすくんでいた。