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第三話

 鳥のさえずりに少年は目を覚ます。布団の柔らかい感触を感じながら、青空が見えず代わりに木目が見えることに違和感を抱く。手に汗をかきながら体を起こし布団を出る。すると再度違和感を感じた。


 自身の左腕を見ながら驚愕する。ゴブリンにおられたはずの左腕が完治しているのだ。


 少年は慌てて浴衣を脱ぐ。これも見覚えのないはずだが、少年は気にも留めなかった。それだけ、確認したい気持ちが勝ったのだろう。


 腕を後ろに回し背中をさする。不自然な凹凸のない滑らかな感触に、無傷であることを悟る。むしろ、森の中にいたころよりもずっと肌触りが良かった。


「……」


 事態が飲み込めずに少年は立ち尽くす。自分が今いるのはどこなのか、なぜ傷が完治しているのか。必死に記憶を手繰り寄せ解決の糸口を探す。そして一つの解を見つけたとき、背中を冷気が張ったような気がした。それはあまりにも早計と思えるが森しか知らない彼にとっては仕方のないことだった。


 助けてくれた女性の手がやけに厚く硬かったこと。森の中にいる間ずっと人を見かけることすらなかったこと。ここから、彼は女性に化けた魔物がゴブリンから自分を横取りしたのではないかと考えた。なにせ、ゴブリンがあれだけ執拗に追ってきたのだから、他の魔物も自分を狙う確率はあるはずだとも考えていた。


 一度思い込むと彼の思考は止まることを知らなかった。


 森では遭遇した魔物は皆襲い掛かってきた。しかも、明らかに捕食者の目をしていた。


 少年は急いで衣服を着なおそうとするも、どうにも前で閉じることができず、あきれめて、羽織っただけで走り出した。


 少年はまだ自分が森の中にいると思い込んでいたため、服が必要だと考えたためだ。夜の森はひどく冷える。布一枚では心もとないがないよりずっとましだ。


 勢いよく駆けだすもすぐにたちどまる。襖を押すが開かず、引いてもダメ。頭の中でパニックだけが加速する。


 体当たりをして逃げ出そうかとも思ったが、音で気づかれてはいけないとそうはできなかった。


 ミシミシと木のしなる音が近づいてくる。誰かが歩いて自分のところへ向かっているのだろうと少年は考え、慌てて布団に戻り目をつむった。


 ガラガラと襖の開く音が聞こえ、薄目にそれを見たい欲求にかられるも耐える。どういった仕組みなのか脱出のためにも彼はそれを知りたかったのだ。


 襖の閉じる音。足音。足音。足音。衣擦れ音。


 少年は捕食者が座ったと音から判断した瞬間、布団を蹴り飛ばしそれで敵の視界を奪う。そして、立ち上がり際にタックルを決めようと飛び出す。


 決まった。少年はそう確信していた。敵の不意を突いた上に向こうはこちらを視認できていない。よけられるはずがない。


 だが、少年は布団の感触しか得られなかった。何かにぶつかることもなくそのまま床に突っ込む。


 驚き動きが一瞬とまる。それはほんの僅かな間だったが、彼女には十分すぎる時間だった。


「こら! ダメでしょ、恩人に飛びかかったら」


 彼女は――レナ・ランデルは少年の背後から彼の体を起こし、腕に抱く。腰までのびた黒髪。人当たりのよさそうな優しい顔つき。だが、むしろそれがいっそ少年の不信感をあおった。


 少年は必死に腕を振りほどこうとするも彼女の腕はビクともしない。レナの筋力に少年はさらなる恐怖を感じる。だが、彼女のそれは決して力ずくではなかった。少年の動きは激しいがレナは平然とした様子であった。


 ついに諦めおとなしくなると少年はつぶやくように言った。少年はゴブリンに襲われた時と同じ悲壮を感じていた。


「僕は痩せこけてて食べるところなんてありませんよ」


 それは、彼にとって必死に生をつなぐための最後の手段だった。




 

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