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第一話

新作です。よろしくお願いします。

 少年は、三匹のゴブリンに追われていた。齢は14程だろうか。背丈はあまり高くない。

 

 背後から聞こえる足音とうなり声。次第に大きくなるそれに、怯えながらも懸命に走り続ける。

 

 既に一キロは走り続けているだろう。少年の足は遅くなる一方、ゴブリンたちは目の前の食事に、三日振りのご馳走にありつこうと追撃を緩める様子かみじんもない。


 鬱蒼とした森の中、木々をうまく使い距離を保ってはいるが明らかに体力で負けている。少年の息は、極限の緊張も相まって大きく乱れている。肩まで延びた銀髪は汗で濡れ、少年が地を蹴るたびに水滴が飛ぶ。碧眼が苦しそうに細められている。


「ピピッ!」


 近くを走り去っていく瞬間に空へ飛び出す鳥に少年は舌打ちをする。


 腕が上がらなくなり、立っていることもかなわなくなり、ついに少年は大きく転倒する。


 その隙を逃さずに三匹のゴブリンはさらにスピードを上げる。


「「「ゴゥゥゥアァァァ!!!」」」


 少年は慌てて振り返る。だが、立てず地面に座り込んだまま襲い来る敵を見つめるしかなかった。頬についた泥の不快感も、汗で濡れた額の感触も、擦り切れた膝の痛みも、この瞬間はすべてを忘れていた。見たことのない緑色の肌と黄色い目、生のために悪鬼と化した醜悪な表情に怯える気持ちが彼を支配していた。


 目の前のゴブリンが振りかざす棍棒。それは少年の頭に向かって振り下ろされている。確実に殺そうとしている証拠だ。ほかの二匹も、万が一、逃げられないよう少年をかこっている。


 ブゥゥゥ。


 風きり音。少年はとっさに腕を出す。何とかガードとして間に合ったそれは小刻みに震えている。自己防衛のために反射的に出した腕。だが、見るからに細いそれでは受けきるには足りなかった。


 ボキッ。


「ぅぅぅぅううあぁぁぁ!!」


 あっさりと骨が折れる音は少年の耳には届かなかった。痛みも感じなかった。だが、本能が危険を知らせる声に少年は共鳴した。


 少年は左腕に目をやる。一部が大きく直線からずれ膨らんでいる。言い知れぬ恐怖を感じる。次第に腕が熱を帯びはじめ、痛みが回りだす。


「っあっぁぁぁぁ!」


 大粒の涙を流しながら叫ぶ少年。だが、ゴブリンたちは手を緩めようとはしなかった。上目遣いで懇願するような表情の少年を前にして、彼らは自分たちのために致し方ないと良心を無視していた。ただ苦しませないようにという一心でさらに攻撃を加えていく。


 再び振り上げられる棍棒をみて少年はうずくまる。背中に衝撃を二、三度受けながら少年は自分の命をあきらめ始めた。


 ただこれ以上痛くしないでください。せめて、ヒトの原型をとどめたまま命を絶たせてください。


 少年は完全に屈服していた。自身の運命を理不尽と感じることはなく、自分を襲うゴブリンに対する敵愾心もなく、自分を見捨てるように飛び去って行った鳥に対する妬ましさもない。安らかな死だけを望んでいる。


 少年が走馬灯を見ることはなかった。ただ腰までのびた黒髪を持つ女性の姿しか思い出せなかったのだ。だが、それを思い出すと少し彼は痛みが和らいだ気がした。絶体絶命にかかわらずかすかに安らぎを得た気がした。


 少年は涙を流しながら、衝撃に耐え、痛みをこらえ、迫る最後を待つ。だが、ふとゴブリンの攻撃がやんだ。


 少年がもう死んだと思ったのだろうか。だが、それにしてはおかしい。そうならば生死の確認をするはずだ。


 直後ドサッと何かが地面に落ちる音を聞き少年は顔を上げる。それに連動して体中が悲鳴を上げるが、一本の蜘蛛の糸を確認する気持ちのほうが強かった。


 少年は頭を上げる。目の前には緑色の液体が広がり、ゴブリンのパーツが飛び散っている。


「大丈夫?」


 不意に背後から声をかけられ、少年は振り向く。むせび泣く少年の顔は幼くかつ涙と泥で薄汚れていた。九死に一生を得た安堵感が、身の安全が確保された安心感が、久しぶりに聞いた人の声が彼に涙を流させていた。


「もう、大丈夫だから……」


 子供のように泣く少年をみて、彼を救った女性は彼を抱きしめる。


 少年は痛みを感じることはなかった。人肌に、人のぬくもりに身をゆだねている。


「もう大丈夫よ……」


 彼女はそういうと、少年の頬についた泥を、汚れることを気にせず手で拭う。


 やけに硬い手に違和感を覚えるも、少年はそれを吟味することはできなかった。安全を得て、不意に訪れた眠気に意識を保つことなど、疲れ切っている彼にはできなかった。

 

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