20 レディ・Cubさん(Cubさん番外編)
カブさん。
年齢は40代前半。男性。現在は独身。
サラリーマンではなく、自営業とも違う、あえて言うなら自由業。
相棒はホンダ・スーパーカブ90カスタム。
のんびり走るのが好き。
田んぼ道が好き。
田舎が好き。
コーヒーが好き。
独りが好き。
話しをするのも好き。
大勢の中にいると少し疲れる。
人混みは苦手。
忙しいのも苦手。
いつでもノンビリと、あっちへフラフラ、こっちへフラフラしてる。
ちょっと変な大人。
変なヒト。
それがカブさん。
私の、優しすぎる元旦那さん。
20 レディ・Cubさん
空が高くなった。
風に冷たさが混じるようになり、薄手のライダースジャケット越しに次の季節の予感がする。
それでも、私は空色の小さなオートバイを走らせて、郊外にある友人の店へと足を向ける。
独りになって7年、長い時間だったけれど、いま思い返せばまだ7年しか経っていない。
わがままだった。
つらい思いをしたのは私だけじゃなかったのに…‥
「私ってズルいな」
独り言を呟くのには、オートバイで走っている時ほどピッタリな時間は無い。
聞いているのはオートバイだけで、それすら風に流されていく。
友人に手を加えてもらった空色のオートバイ、ホンダ・リトルカブは控え目な鼓動音で心地良くリズムを刻んでいる。
あれから7年か。
ショップに並べられたこのオートバイを衝動買いしてしまったのも、7年という時間が私にとって長かったからなんだと思う。
『カブ』というこのオートバイが私にイメージさせるもの。
柔らかく響く言葉。
少し自信の無さそうな、はにかんだ表情。
いつも自分のことより私のことを優先してくれた優しさ。
空…。
一度として私を責めたりしなかった。
責めてくれればもっと楽だったのだろうか?
でも、私はそんなに強くない。
そんな何もかもを解ってくれていたから、あのヒトは私を支えようとしてくれた。
でも、私はそれすら拒み、独りになることを選んだ。
楽な方に逃げたんだ。
あのヒトはそんな私にも優しかった。
そして、私は強がりで意地っ張りだった。
今、私は7年の時間を経て、新しい道を歩き始めようとしている。
でも、やっぱり独りは怖い。
怖いけれど、進まなければ…‥いや、私は前に進みたい。
友人の店が田んぼの向こうに見えてくる。
今日は彼に会えるだろうか。
いい年をして、学生時代に戻ってしまったかのような気持ちでアクセルを開く。
リトルカブの小さなエンジンが、私の気持ちに応えてトトトトトッと加速する。
彼の言葉をもらえれば、前に進む勇気が湧くような気がする。
また彼に頼るのは申し訳ないのだけれど、きっと彼はあの少し自信の無い、はにかんだ笑顔で言ってくれるだろう。
思った道を行けばいい…‥と。
「私ってズルいな」
答えの解っている言葉を、自分の為に言わせようとしている。
友人の店が近づく。
店の前に年季の入ったスーパーカブが停めてあるのが見えた。
私は大きく開けていたアクセルを絞る。
みんなから『Cubさん』と呼ばれる、私の優しすぎる元旦那さんがあそこにいる。
空色の小さなオートバイは、私の気持ちを代弁するように鼓動を抑え、彼の相棒の隣りへと滑り込む。
ヘルメットを脱いだ。
「私ってズルい女だな」
窓の向こうの彼の背中に、ペロッと舌を出す。
さ、あの人の言葉を貰いにいこう。
ホント、ズルいな私は。
『第二種原動機付自転車(原付2種)』
第二種原動機付自転車とは、道路運送車両法において、排気量50ccを超え125cc以下または定格出力0.6kWを超え1kW以下の二輪車を指し、いわゆる『原付2種』の通称で知られる小型のオートバイの区分の一つである。
小排気量であるため車検の必要が無く、自動車保険では125cc以下を一つの区分(原動機付自転車)として扱われることから、任意保険を四輪車や125ccを超える自動二輪車の契約にファミリーバイク特約として付帯することも可能である場合が多く、維持費が安価であることからリターンライダーやセカンドバイクとしても人気が高い。
二輪メーカーの収益拡大やバイクの普及促進のために普通自動車免許で運転可能にするなどの意見もあるが、これについては賛否両論である。
運転には小型二輪免許が必要。(2017年現在)