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Cubさん。  作者: 牧村尋也
12/20

12 友達

 カブさん。

 年齢は40代前半。男性。現在は独身。

 サラリーマンではなく、自営業とも違う、あえて言うなら自由業。

 相棒はホンダ・スーパーカブ90カスタム。

 のんびり走るのが好き。

 田んぼ道が好き。

 田舎が好き。

 コーヒーが好き。

 独りが好き。

 話しをするのも好き。

 大勢の中にいると少し疲れる。

 人混みは苦手。

 忙しいのも苦手。

 いつでもノンビリと、あっちへフラフラ、こっちへフラフラしてる。

 ちょっと変な大人。

 変なヒト。

 それがカブさん。



 12 友達



 家を出てから1時間半、雨が降り出してからは30分ほどが()った。

 雨足(あまあし)はまるでリズムを刻むかのように、強くなったり優しくなったりを繰り返しながらも、止む気配だけは見せようとしない。

 スーパーカブは、()れた路面からタイヤでシャーと水をかきあげながら、カッパ姿の私を乗せて走り続ける。

 大きな橋をいくつか渡り、周りの景色から背の高い建物が消え、田んぼばかりが目に付くようになった頃、平坦(へいたん)な風景の中にポツンと小さな店が見えてくる。

『Cafe march』

 店の前に置かれたくたびれた看板。

 カフェなどと書いているが、喫茶店といった方が良いような古くさい造り。

 目的の店だ。

 私は店の目の前でスーパーカブを降り、そこだけは唯一雨(ゆいいつあめ)のかからない軒下(のきした)にバイクを停めた。

 体を()すって全身の雨粒(あまつぶ)を落とし、()れたカッパを脱ぐ。

 いかにも『昭和』という雰囲気のする入口のドアをゆっくりと押した。

 カロンとこれまたいかにもな音が店の中に響く。

「…‥」

 誰もいない。

 いつもならカウンターの向こうでダラダラと週刊誌を(なが)めたりしている悪友の姿が無かった。

 ヒョイと一歩退がってドアを見ると『CLOSE(クローズ)』の(ふだ)がかかっている。

「ヤマー…」

 奥に声をかけてみる。

「…おーう、カブかー? 裏だ、裏ー」

 デカイ声が店の奥から返ってくる。

 私はカウンターに入り、建物の裏につながっている奥のドアを開けた。

「…相変(あいか)わらずだな」

 ドアをくぐった先の景色に思わず溜息(ためいき)をつく。

 フルカウルのスーパースポーツ、アメリカン、オフロード、クラシック…‥そこには原付から大型まで、無数のバイクが並んでいた。

 そして、悪友の背中はその真ん中にある。

 ヤマハ馬鹿のヤマ。

 この男のニックネームが示す通り、このガレージに収められたバイク達にはたった一つの共通点がある。

 3本の音叉(おんさ)が組み合わされたマーク。

 そう、全てがヤマハのバイクだった。

「おお、もうちょっとだからその辺に適当に座っててくれ」

 背中を向けたまま、オイルのついた手を挙げて悪友がこたえる。

「コーヒーを()れといてくれるんじゃなかったのか?」

 私はもう一度大きな溜息(ためいき)をついて、20Lの徳用オイル缶の1つに腰を下ろした。

「いや、()れ立ての方が美味(うま)いって思い直してな。ただ待ってるのもヒマだし、オイル交換でもしようかと思ってよ」

「まあ、いいけどさ…」

 長い付き合いだ。

 コイツのクセみたいなものはなんとなく解る。

 なにか言いづらい話しをする時は、大抵意味も無くバイクをいじりだす。

 今日はそういう日だということだ。

「なあヤマ、用事ってなんだ?」

「いや、まあ、用事ってほど大したもんでもねえんだけどさ…」

 答えながらも、ヤマはこっちを見ようとしない。

 私はわざと意地の悪い、嫌味な口調で問いを重ねた。

「わざわざ雨の中を呼びつけたのにか?」

「いや、まあその、あれだ…‥天気は俺のせいじゃねえだろ」

 ちょっと怒ったように返しながら、ようやく友人がバイクの下腹から顔を上げる。

「ま、そうだけどさ」

 私が大袈裟(おおげさ)に肩を(すく)めてみせると、今度はヤマが大きく溜息(ためいき)をつく。

「なあ…‥おまえさ、ユキちゃんとはどうなんだ?」

「…どうってなんだよ、急に」

 前置きも無く出てきた元パートナーの名前にドキリとしつつ、平静を(よそお)って返す。

 ヤマも近くにあったオイル缶に腰を下ろし、フーと大きく息をついた。

「…昨日な、ひょっこり店に来たんだよ」

「ユキが?」

「ああ。なあ、いい加減お前らヨリを戻せよ。見てるこっちが(たま)らん」

「…‥」

 私はなんと言っていいかわからず、無数に並ぶバイクをボンヤリと(なが)めた。

「おまえがあの娘のことを大事に思ってるのはよく解ってる。あの娘だっておまえのことを今でも同じように思ってる。もう元のカタチに戻ったっていいだろ」

 ヤマの言葉はゆっくりと、(さと)すような響きだった。

 私はそれを振り切るように、言葉を(しぼ)り出す。

「…元には、戻れないさ」

「何でだよ」

 ヤマの声が大きくなる。

 私は落ち着けと自分に言い聞かせるように、ゆっくりと言葉を選びながら答えた。

「俺とユキにとって、それだけ大きなモノを無くしたんだ。ただ、子供が産まれてこれなかったってだけじゃないんだ…」

「…俺にゃあよくわかんねえが、じれったいんだよ」

 首を振りながら肩を落とす親友。ホント、昔っから良いヤツだな。

「…ありがとう」

「礼なんか言うな。俺は何もしてない」

 肩を落としたままの友人に、首を振る。

「おまえのそういうところに、いつも救われるよ。…ユキとのことは、もう少し時間をくれ。多分、7年()ってようやく前に進み始めたんだと思う。お互いに納得できたら、俺の方からキチンとするよ」

「そうか…‥。あの娘は俺にとっても友達なんだ。あんまりツライ思いをさせないでやってくれ」

「解った。すまん」

 オイルの香りが(ただよ)うガレージに重い沈黙(ちんもく)(おとず)れた。

 と、ヤマが大袈裟(おおげさ)なくらい大きな溜息(ためいき)をつく。

「はあ…‥オイル交換もこう数が多いと疲れるな。コーヒーでも()れるか…」

「待ってたよ、その言葉を」

 2人で苦笑して立ち上がる。

 窓の外ではまだ雨が静かにリズムを刻んでいる。

 ガレージに(ただよ)うオイルの匂いにも、雨の匂いが混じっていた。

 しばらくすると、そこにコーヒーの芳ばしい香りが(ただよ)い始める。

 かけがえのない友人の店は、今ゆっくりと私の好きな香りに満ちていく。



『ヤマハ発動機 Yamaha Motor Co., Ltd』

 ヤマハ発動機株式会社は、日本楽器製造(現在のヤマハ)の二輪部門が独立して誕生した、主にオートバイを中心とした輸送用機器を製造するメーカー。この関係でヤマハと同様の『YAMAHA』ロゴや、円の中に『音叉(おんさ)』が3つ組み合わさったマークを使っているが、どちらも細部に違いがある。

 二輪の売上規模は世界第2位であり、船外機やウォータービークルの販売台数は世界首位。

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