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Cubさん。  作者: 牧村尋也
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01 カツ丼が食べたくて

久し振りにフィクションを書きました。

カブさんにモデルはいませんが、こんな風に生きたいなという妄想は含んでいます。

ショートストーリーで続けていくつもりですので、軽い気持ちで読んでいただければ幸いです。

 カブさんはのんびり走るのが好き。

 相棒はホンダ・スーパーカブ90カスタム。

 田んぼ道が好きで、田舎が好き。

 コーヒーが好き。

 独りが好き。

 でも、話しをするのも好き。

 大勢の中にいると少し疲れる。

 人混みは苦手。

 忙しいのも苦手。

 いつでもノンビリと、あっちへフラフラ、こっちへフラフラしてる。

 40歳ちょっとで、現在は独り者。

 サラリーマンではなく、自営業とも違う、あえて言うなら自由業。

 ちょっと変な大人で、変なヒト。

 それが、カブさん。



 01 カツ丼を探して



 カツ丼が食べたかった。

 ちょっと(なつ)かしい定食屋さんのカツ丼だ。

 しょっぱめの味付けで、ベチャベチャしてなくて、つけ合せにタクアンの小皿が丼のふたの上にチョコンとのってるヤツ。

「どこに行けばあるかなぁ」

 (つぶや)きながらバイクを走らせる。

 頭の中はすっかりカツ丼の気分。

 そば屋のカツ丼じゃなく、定食屋のカツ丼。

「ちょっと違うんだよなぁ」

 そば屋のはダシが()いてるけど、衣がシットリしてる店が多い。

 今食べたいのは、しょっぱいけど衣がカリッとしてるヤツなんだよな。

「ああ、お腹減ったなあ」

 足下で90ccの小さなエンジンがトトトトとのんびりしたリズムを刻む。

 通り沿いには田んぼと畑ばかりで飲食店は見当たらない。

 スーパーカブを走らせながら、青い道路案内標識に従って市街地を目指す。

 駅の近くまで行けば、きっと食事が出来るところがあるはずだ。定食屋があるといいなぁ。

 ハンドルにくくりつけた時計の表示は11時43分。

 3月の春らしい日差しが暖かで気持ちが良かった。

 右手でウィンカーを操作し、左足でシーソーペダルを踏む。黄色い指示灯がピッコ、ピッコと鳴りながら点滅を始める。

 シフトダウンしながら右折。

 曲がり終わってスイッチを戻すと、音も点滅も消える。

 目の前に地方の小さな駅が見えてきた。

 ホームが1本しかない、小さな屋根の、1時間に1、2本しか電車の止まらない駅。

「あぁ、ダメか」

 駅前のロータリーには、『食堂』と書かれた看板をつけた店が見えたが、シャッターが下りていた。

 バイクを停めるまでもない。

 本日休業と大きく書かれた札がかかっている。

「腹減ったな」

 それでも、頭の中はカツ丼で一杯。

 もう一駅上ってみるかな。

 人気のないロータリーをトコトコと回って、一つ先の駅を目指す。

 今日は水曜日。

 時間はまだかろうじてお昼前。

 カツ丼を求めて走るには悪くない天気だ。

 アクセルを開いた。

 トタタタタタ

 小さなエンジンの刻むリズムがテンポアップし、バイクのスピードも上がる。

 頑張っても時速80kmくらいまでしか出ないが、胃袋がカツ丼を求めている。

 ヘルメットの向こうでヒューと音をたてる風の中を、小さなバイクは加速する。

「カツ丼ー!」

 叫んでみてもスピードは変わらなかった。


 一つ先の駅まで40分かかった。

 時刻は午後1時になろうとしている。

 スーパーカブ90カスタムは、年季が入った紺色の『定食』と書かれた暖簾(のれん)の向こうに停まっている。

 茶色の天板に銀色の縁が付いた(なつ)かしい感じのテーブル。赤いビニールの座面と銀色のパイプで出来たイス。

 壁には、紙にマジックで一品ずつ書かれたメニューが貼ってあり、お冷のコップはプラスチック製。

 ああ、なんだか(なつ)かしい。

 昔はどこでもこういう定食屋があったんだよな。

 オシャレなカフェでもなく、レストランでもない、野菜炒めからカレー、ラーメン、カツ丼なんていうメニューが並ぶ定食屋。

 注文してしばらくすると、エプロン姿の女将さんが紺色の丼を運んでくる。

 フタがちゃんとしてあって、その上に黄色いタクアンが載った小皿が積んである。

 ああ、来た来た。

「はい、カツ丼。お待ちどうさま」

 小皿を下ろしてフタをとる。

 フワッと卵が(かお)って、(かす)かな湯気の下から、カリッとした歯ごたえを残したカツの衣が顔を見せた。

 ああ、カツ丼だ。

 ()(ばし)を割って丼を抱え、ガツガツとカツを口に運び、ご飯を()き込んだ。

 サックリとした歯ごたえの残る衣、ほど良いしょっぱさと、卵の甘味、味のしみたタマネギとご飯。

 うん、これがカツ丼だ。

 合い間につまむタクアンもポリポリと小気味いい歯ごたえだ。

「ごちそうさまでした」

 15分もかからずにペロリと平らげて店を出た。

 走った甲斐(かい)があった。

 スーパーカブに(またが)ってエンジンをかけ、走り出す。

 まだ時間は午後1時半を過ぎたばかり。

 陽は高い。

 次はどこへ行こう。

 ああ、甘い物も良いな。

 小さなエンジンがテンポアップする。

 水曜日の午後はまだ長い。



『HONDA・SUPER CUB 90custom(型式 HA-02)』

 1980年3月に登場したスーパーカブ90の第2世代モデル。スーパーカブ50用の49ccエンジンをボア・ストロークアップさせた85ccのSOHC単気筒エンジンを搭載している。変速機構はロータリー式3速ミッション。デラックスとカスタムの2タイプの設定があり、カスタムにはセルスターター、ウィンカーブザー、メーター内の燃料計など実用装備が追加されている。2008年に製造を終了。

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