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乙女、可憐に出陣。

 




 甘やかな桃色のジャンパースカートに、フリルのあしらわれたブラウスも初々しい甘ロリ娘は、はやる気持ちを抑えてツインテールを揺らし、町中をかけてゆく。


 丸いつま先のリボンシューズが止まったのは、人の気配のない寂れた洋館。

 その広き敷地に踏み入れた甘ロリ娘は、ぼうぼうと雑草の生える広き庭に、愛しき人を見つけた。


態天(たいてん)様!」


 その声に振り向きしは、なかなかの二枚目な青年であった。

 偉丈夫と言うには頼りなげな風情ではあるが、たれ目がちの整った容貌はおとぎ話の王子様のような柔らかな雰囲気で、警戒心を起こさぬであろう印象だ。

 西洋渡りのきりりとした洋装を身にまとった青年は、ゆるりとほほえんだ。


「愛しい人、よく来てくれたね?」


 低く魅惑的な声音に、すぐさまぽうっとしかけた甘ロリ娘だったが、ツインテールをふるふると振って振り払うと、狂おしい瞳で訴える。


「態天様、あたしにささやいてくださった愛は、嘘ではありませんよね」

「……急になにを言うんだい?」

「あなた様が、病の妹さんのために一生懸命お金を工面しようとなさっているその優しさを、あたしは存じています。あたしだってあなたの力になりたくて、今まで変態狩りでためてきたお給料、みんなあなたに渡しましたわ。そんなすてきなあなただからこそ、否定してくださると信じてます」


 高鳴る心臓を押さえるように胸の前で手を組み、その言葉を口にする。


「まさか、あなた様が野暮天変態なんてこと、ありませんよね!!」


 目をぱちくりとさせた青年は、次の瞬間、顔を伏せた。

 そうしてくつくつと笑い、抑え切れぬと言わんばかりに哄笑し始める青年を前に、甘ロリ娘は青ざめた。


「ああ、ようやく気づいたのか、バカなフリル乙女たちよ!! やっぱりその服みたいに頭の中身もひらひらしているのだな!!」

「態天、様」

「ちょっと優しい言葉をかけてやれば、ころりとなびきおって。戦乙女も、恋にはうぶなただのバカ娘だったな! 全財産巻き上げられても全く気づかずに犬のようにしっぽを振る様はなかなか愉快だったよ!!」

「ひ、ひどい……」


 さっきまでの優しげな風情もどこへやら、まなじりをつり上げ悪鬼羅刹のような変貌ぶりに、甘ロリ娘は絶望の涙を浮かべる。


「そう、それだよその表情だ! 俺が一番大好きな、裏切られた娘の泣き顔だよ! いいねえ。ようやく楽しめてきた。さあ、甘ロリ女、君を犯したら、どんな絶望の嘆きと悲鳴を聴かせてくれるんだい?」

「ひっ!!」


 整った容貌も、腐った性根を隠しきることはない。

 嗜虐と愉悦に染まった下劣さ丸出しの青年、いや、下衆男に甘ロリ娘が一歩引く。


「そこまでだ! 野暮天変態!!」


 かけ声とともにその場に飛び込んできたのは、数人の戦乙女たちであった。


「あまたの乙女をその毒牙にかけ、涙に暮れさせた所行、万死に値する! 我らの剣にかかって大人しく悶絶するが良い!」


 思い思いのフリルとレースに身を包んだ戦乙女たちに囲まれても、下衆男は脅威を感じた風もなくむしろ愉快げににんやりと笑った。


「いやあだよ。昔っから甘っちょろい娘を騙してブチ犯すのが大好きだったんだ。泣いて叫ぶ娘の悲鳴のなんと心地よいことか!! この力を手放すなんてとんでもないよっ」

「こいつ、真正か……」


 指揮を執っていた水色エプロンワンピース娘が忌々しげに吐き捨てた。


 説明しよう!

 真正とは、その文字のとおり、野暮天ウィルスに感染する以前より変態であったものが、自らの意志によって野暮天に感染し、さらなる下劣の底に落ちた者共のことである!


「さあ、こんなに獲物が増えてよりどりみどりだな! 君たち一人一人、俺がかわいがってあげるからねえ!!」


 とたん下衆男の体が服を裂いて膨張する。

 そうして現れたのは、あまたの美しき男の顔が全身に浮かびあがった醜悪な大男であった。

 野暮天ウイルスに最高深度まで侵食された、つまり下劣の底に落ちに落ちた者共にのみ発現せし異形の姿であった。


「みんな、突撃です!」

「「「はいっ!」」」


 その醜悪な姿にも怯まず、戦乙女たちは立ち向かっていく。


「やああああっ!!」


 その中の一人、ロマンティックなストライプワンピースの娘が、ペチコートを翻して切りかかる。

 だが、


「ああそんな、ドロワーズが見えるほど足をあげるなんて、はしたないなあ」

「え、きゃっ!」


 ぐにゅりと、本体より突出した面倒見の良い兄顔にたしなめられたストライプ娘は、乙女らしく思わずスカートを押さえてしまう。

 すかさず兄顔がにっこり笑った。


「うん、いい子だ。剣を下ろしてくれるなんて、なっ!!」


 はじらいにより無防備になったストライプ娘は、振りかぶられた豪腕により建物にたたきつけられた。


「くっ、相手は私たちの好みの殿方の顔で隙をついてきます! みんな、気をつけるのです!!」


 水色白エプロン娘が注意喚起するが、乙女たちは一人、また一人と下衆男の術中にはまっていく。


 致し方なし。

 恥じらいを持つことは乙女としては正しいあり方であるが、戦乙女としてそれを犠牲にしなければならぬ。

 その矛盾をついた下衆男の戦術であった。

 さらに下衆男は、その変態的な欲望を満たすため培ってきた、乙女の好みを瞬時に見抜くその特技を使い、戦乙女ちに合わせてそれぞれの顔を使い分けるのである。

 戦乙女である彼女たちですら、いやなによりも乙女たらんとする彼女たちだからこそ、素敵な殿方を前にすれば、乙女らしく恥じらってしまうのは致し方ない。むしろ乙女として必要なあり方である!


 そのような戦乙女たちの弱点を的確に突いた下衆男。

 ああなんと卑劣であることかっ!!


「おや、この私に刃を向けるとは、ずいぶん生意気な子猫ちゃんだ。お仕置きされたいみたいだね?」

「ひんっ」


 最後まで抵抗していた水色白エプロン娘も、片眼鏡が似合いそうなS気質の執事顔ににやりと笑まれ、思わず頬を桃色に染めてしまう。

 とたん、胴を容赦なく殴られ吹っ飛んだ。


「あははははっ! 戦乙女も恋にはうぶなただのガキだな!! もう終わりかい?」

「く、っそう……」


 せき込みながらも何とか立ち上がろうとした水色エプロン娘だったが、その前に下衆男に両腕を掴まれ、つるし上げられてしまう。


「もう、遊びはおしまいだ。これからは俺のお楽しみだぜぇ?」

「ひっ」


 加虐に濡れに濡れた笑みに、娘が弱き少女の顔になった瞬間。

 下劣男は水色エプロン娘のワンピースを一気に引き裂いた。


「きゃあああああああ!!!!」

「あっはははっはは、良い声だねえ! 正装もこんなに簡単に引き裂けるほど俺を怖がっているのかい? これはうんと楽しめそうだ!!」


 レースに彩られたキャミソールですら引き裂かれて覗く乙女の柔肌をおぞましく視姦するその視線から、水色エプロン娘は身をよじって逃げようとする。


 だが、羞恥のあまり頬を赤く染め涙で瞳を潤ませる、水色エプロン娘が身を揺らすたびに、きわどい角度で見え隠れする乙女の秘奥は、ただの男であろうと欲望を掻き立てる妖しき魅力に満ちていた!!


 真正の変態である下劣男はもはやご褒美でしかなく、存分になめ回したのち、にやりにやりと、その柔肌に手を伸ばし始める。


「さあ、もっと良い声で啼いてくれよ?」

「や、あ。やめっ……」


 もはや弱き少女でしかない元水色白エプロン娘が、涙をこぼしたそのとき。


 翻る白き袖。

 銀影一閃(ぎんえいいっせん)


「ありゃ?」


 下劣男が間抜けな声を出したとたん、毛太い腕に突き刺さりし銀かんざしより、勢いよく血潮が噴き出した。


「ぎ、ぎゃああああああ!!!」


 ようやくなにが起きたか理解した下劣男の醜い悲鳴のさなか、その乙女は黒き髪を優雅になびかせ、宙に浮いた水色エプロン娘を救出した。


「乙女である内に間に合ったな。これを羽織っていろ」


 突然の事態に呆然とした水色エプロン娘は、投げかけられた布をあわてて受け取り体に巻き付ける。

 それが、桃色の鹿の子絞りの羽織であることに驚いた水色エプロン娘は、ようやく助太刀に入った乙女の姿を見たのであった。



 それは一種異様ともいえる姿であった。

 牡丹をあしらわれた白き中振り袖を着ていたが、さらに臙脂の布で仕立てられた、男物の袴のようなプリーツスカートのようなものを履き、紫の蝶の舞う桃色の細帯を、その名も可愛い乙女太鼓に結びあげている。


 さらに半襟と帯締めに漆黒のレースをあしらい差し色とし、さらに足下には西洋の編み上げブーツで軽快に決めている。


 大和の乙女らしくぬばたまの黒髪は高い位置で一つに結び、艶やかな紫のリボンで飾っているのが、切れ長の瞳が涼やかな乙女の横顔にまたよく似合っていた。


 和と洋を組み合わせた、初めて見るコーディネートである。

 こんな服装は知らない。

 だが、堂々と胸を張り、自信に満ちたその乙女の姿は、なぜか、水色エプロン娘の心を沸き立たせる。


「かわいい……っ!」


 その声が聞こえた乙女は、長刀を構えつつも黒き髪と紫のリボンを揺らして振り返り、にこりと笑った。

 また水色エプロン娘の胸がとくりと高鳴った。


「お、おのれええええ! 僕の、俺の邪魔をしてくれたなああああ!!」

「おや、まだ治療薬が効かぬのか」

「俺は真正だぞ! この程度の薬など我が信念の前では芥に等しい!! やるんなら、土手っ腹を刺し貫くぐらいはないとなあ!!!」


 銀かんざしを抜き捨てつつ、憤怒の形相で言った下劣男は、そこでようやく己を害した乙女の姿を見て絶句した。


「なんだ!? その着物みたいな洋装みたいな正装は!?」

「変態ながら、よくぞ聴いてくれた!

 これこそは、足下の軽快さと、振り袖の可憐さを両立させる、新たな正装「女袴」!! さらに草履ではなく、編み上げブーツを履くことによって、乙女のお転婆な道行きをサポートし、さらにレースとリボンを取り入れ流行も忘れない。

 これぞ和と洋を融合させた、新たな時代の乙女たちを輝かせる”ハイカラすたいる”である!!」


 ドカーン!!

 と爆発音が聞こえてきそうな勢いで振り袖娘、友禅が宣誓したのに、水色エプロン娘が、ぽうっと見とれる。


「はいから、すたいる……」

「ばかなっ! そのような文化をごちゃごちゃに混ぜた服など、理性の人間どもが受け入れるものか!!」


 惑乱したように体中の首を振り乱して糾弾する下劣男に、友禅は全く怯まなかった。


「かわいいを求める乙女心に、文化の壁などあるはずがない!!」


 生き生きと言い放つその姿の、なんと匂い立つ乙女ぶりであろうか。

 思わず言葉を飲んだ下劣男に、友禅はニヤリと揶揄するように言った。


「それに語るに落ちたな、変態。

 理性の人間が受け入れぬ、と言うのであれば、おまえはこの衣装のかわいさを受け入れてしまっているのだろう?」

「ぐっ、だまれだまれっ! そのような目新しさで攻めようなどとは片腹痛い!! すぐに俺好みの泣き顔と悲鳴を上げさせてやる!!!!」


 襲いかかってきた下劣男の拳の一撃を、友禅はひらりとよけて魅せた。

 その揺らめく袴のなんと軽快なことか。

 ひらりひらりと舞うたびに深紅のひだは翻り、乙女の動きをいっさい邪魔することがなく、さらにブーツの足下は、友禅の足捌きを俊敏にサポートする。


 そしてそのたびに揺れる白き振り袖と黒髪の何とも艶やかなこと。

 襟を抜かれたうなじの華やかさは、性根の腐った下劣男でさえ思わず見とれるほどであった。


「くっ、何と可憐なっ!! だがこれならどうだ!!」


 なかなか捕まえられない友禅にいらだった下劣男は、顔の一つを盛り上がらせて見せた。

 おのれも破れたその技に、戦えぬ水色エプロン娘は、絶体絶命を想像し、あっと息を飲んだが。


「おい、おまえはただの振り袖のほうが似合うってのに、何でそんなもん履いているん、だっ!?」


 言い終える前に、不良だが弱きものには優しいツンデレ系青年の顔は躊躇も容赦もなく切り落とされた。

 絶対の自信を持っていた自分の技をあっけなく破られた下劣男は、痛みと衝撃に混乱する。


「な、なぜだあああ! 俺の分析力は完璧のはず!! おまえ、もしやへんたっぐふっ!!!」

「うら若き乙女になんてことを言う」


 下劣男を柄の一撃を見舞って黙らせた友禅は、ふんと息も荒く言い放つ。


「確かにおまえの模倣は精密だ。だが所詮、胸の内に恋する殿方を秘めし乙女にとってはまがい物。その者が言うはずのない言葉に惑うものか!!」

「な、なんだと―――――!!」

「この衣装は、あの人が私に一番似合うと用意までしてくれたもの。その魅力を私が一番信じないでどうするのだ」


 全身の顔で驚愕した下劣男は、ぽっと頬を薔薇色に染める友禅の表情に否応なく視線を吸い寄せられた。

 恋する乙女の可憐なはにかみに見とれた下劣男は、だが信じられぬと地団太を踏む。


「くっそんなわけがない!! 俺の技が破られるとは!!!」


 焦燥のままに、様々なタイプの青年の顔で語りかけていく下劣男だったが、友禅は全く心動かされることなく、乙女の華麗さで次々に長刀をふるってゆく。


「俺がかわいがってやっ……」


 ザシュッ!


「君にそんな物騒な物は似合わ……」


 ドカっ!


「さあ、この手を取ってくれ、マイスイートハー……」

「意味分からん」

「ふぐっ!」


 長刀の一閃と冷徹な口撃により顔をなくしていった下劣男は、ただの大男になっていた。

 顔を切り落とされたことよりもどことなく友禅の冷徹な罵倒にダメージを受けている様子の下劣男は、たった一つとなった口から滴る血を拭って叫んだ。


「……俺たちはただ、自分に素直になっているだけだっ! どうしてここまで邪険にされなければならない!! 人は皆、心の奥底に変態性を持っているものだ!!」

「おまえが人類を、何より乙女を脅かす変態だからだ」


 魂の叫びにも、友禅は冷静に長刀を構え、言い放つ。


「確かに人間、人にはいえぬ秘めた性癖の一つや二つあるだろう。

 だがしかし!! それ以前に幼子ですら知っている「人様に迷惑をかけてはいけない」と言う大原則を守らぬお前たちなど、ただの外道!!

 というか見境なく口説くとか存在自体が気持ち悪いのだこの変態!!」

「こ、この小娘がああああああああ!!!」


 憤怒と憎悪に任せて突進してくる下劣男に対し、友禅も白き振り袖と赤き袴を可憐に翻した。


 交錯。


「小娘ではない。私は乙女。ハイカラを身にまといし戦乙女だ」


 長刀を振り切った友禅が言い放つと同時に、下劣男の巨体は地に伏した。

 ようやく治療薬が巡り始めた下劣男の体が急速にしぼみ、貧相な二枚目半男になってゆく。

 そのパンツ一丁の哀れな姿に友禅は背を向け、呆然とする水色エプロン娘に手を貸してやった。


「さあ、変態は倒れた。帰ろうか」

「お姉、様……」


 友禅のりりしくも可憐な袴姿を、ロリィタ娘たちはぽうっと見とれたのだった。


ジャンパースカート (じゃんぱーすかーと)……袖の無いワンピース状のスカートの総称。その構造のため様々なブラウスやシャツとのコーディネートを楽しめる、乙女の必須アイテムとなっている。


ドロワーズ (どろわーず)……女性下着の一種。短パンのような形状をしており、膝上あたりまで覆っている。一般的に見せないものだが、戦乙女はその使命上、フリルやリボン等で装飾をすることで、あえてちらりと見せても大丈夫なようにしている。


銀かんざし (ぎんかんざし)……その名の通り、銀製のかんざし。友禅の物には野暮天用の治療薬が塗りこめられており、身を飾るのはもちろん、いざというときの補助武器として行使できるようになっている。


乙女太鼓 (おとめたいこ)……帯の結び方の一つ。細帯(幅15,6センチ、長さ3,5メートルから4メートルの普段使いの帯)で結ぶ。大きめに結んだリボンを包んだような形状で、優しい印象の結び方。乙女の愛らしさを引き立たせる。


ハイカラ (はいから)……英語のhigh collar「高い襟」に由来する(語源辞典より)西洋より導入されたロリィタファッションがフリルのついたシャツを着こむ組み合わせが多かったことから、転じて物事がお洒落で時代の最先端である様を指す。


お姉様 (おねえさま)……年上の女性の呼び方の一つ。特にあこがれの年上乙女に特別な敬意と愛情を表現するときに利用される。

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