乙女、可憐に舞し時のこと。
着物愛が暴走した結果こうなりました。申し訳ありません<(_ _)>
見渡す限りの荒野であった。
わずかに草木が生えるばかりの不毛の荒野。
その大地を踏みしめゆらりとゆらりと歩むのは、おびただしい数の奇怪なシルエット。
筋骨隆々のその身を黒皮のボンテージに包むものあり。
ブリーフ一丁で進むものあり。
ポールギャグに首輪を取り付け女王様を運搬するものもあり。
見るに耐えぬその醜悪な集団は一様に、それぞれの得意とする趣向の衣装を手にもち、あるいは脱がさんと手を広げ、遠くに見える街へと侵攻していた。
「変態どもめ。私たちの裏をかいて、此方に本隊を繰り出すとは。変態とは言え天晴れと言うべきでしょうか」
そのおぞましき変態どもに立ちはだかるのは、一人の娘。
黒を基調とし、フリルとシャーリングで華やかに彩られたワンピースのスカートはパニエによってふんわりと膨らみ、逆にその裾からのぞく足は、黒い網タイツとストラップパンプスによって甘やかさの中にも艶かな花を添えている。
ダークレッドに染めた唇をかむその姿は、人形のように美しい。
その背後にもフリルやレースで彩られた様々な衣装を着込んだ少女達が、隊列を組み命令を待っていた。
娘はその少女達を振り返り激励した。
「私たちは今まで、野暮天ウイルスに感染し、変態と成り下がった者どもの魔の手から世界を守ってきた!
なぜ娘である私たちが前線に立つか、それは野暮天ウイルスに耐性を持つ身であること! そして何より、野暮天ウイルスによって戦闘力と性癖を強化された変態どもを倒す唯一の方法が、対野暮天変態用に開発された「正装」を身にまといし乙女の完成された美しさのみであるからです!!」
「「「はい!」」」
「この身を彩るフリルとレースは、我らを野暮天ウイルスから守る盾となるばかりでなく、我らの強さを引き出す戦装束!
この街を変態どもに譲り渡すわけにはいきません! 皆さん気合いを入れましょう! 私たちは美しき乙女なり!!」
その鼓舞と共に変態どもへ一気に走り出す、愛らしきフリルの乙女達。
変態どもが喜びの雄叫びをあげる中でもひるまず、乙女達はフリルスカートを翻し、その衣装の美しさを存分に魅せつけながら、手に持つ華奢な剣でないでいく。
彼女たちの武器に切られ、貫かれた変態どもは、急に目を覚ましたかのように正気に戻り、羞恥のあまりその場に悶絶していった。
乙女たちの愛らしき魅力と、対野暮天ウィルスのワクチンを仕込まれたその武器に打ちのめされ、変態どもは確実にその数を減らしていく。
だが足りない。
乙女の軍団に対し、相対する変態どもはその十倍。
いくら乙女達が一撃必殺の戦乙女でも、数の暴力にはあらがえぬ。
黒きゴシックロリータに身を包んだ娘が、悔しげに顔をしかめたそのとき。
一歩、変態のただ中へ飛び込んでいった鮮やかな影が一つ。
フリルもレースもついていない、少女のあこがれであるふわりと広がるスカートさえなかった。
たった一反の布より形作られ、極限まで単純化されたその衣装は、だがくるぶしから袖から極彩色とさえ言える、美しい染め付けと刺繍によって彩られていた。
白い地に大輪の牡丹が咲き乱れ、地に着くほど長き袖は動くたびに優雅に揺らめく。
ぬばたまの黒髪をきりりと結い上げ、抜かれた襟元からのぞく白きうなじも美しい。
その胴には埋め尽くすような刺繍と織り模様の帯が美しく結びあげられ、娘の肢体を華やかに飾っていた。
未婚の乙女にのみ着ることを許された、その衣装の名は、振り袖。
「友禅っ先走らないで!!」
ゴスロリ娘が叫べば、振り袖娘はちらりと振り返るも、かまわず牡丹咲く長い袖をなびかせ、手に持つ長刀で並みいる変態を両断していく。
その鬼神のごとき強さ、否、天女のごとき可憐さよ。
厄除けの願いも込められた、白き振り袖が華やかにひるがえるたびに、変態どもは正気に返りひれ伏してゆく。
だがその曇りのない清純さであれば、なおのこと汚してみたいと、変態どもは乙女にむらがってゆくのだ。
ゴスロリ娘は品はないと知りつつも、舌打ちを一つ。
「皆の衆、友禅に続きましょう!!」
「「「はいっ!!」」」
いつしか振り袖娘を中心に、勢力が逆転しかけていた。
乙女と変態が行き交う乱戦のさなか、ゴスロリ娘は手に持つ大鎌でふれようとする変態をなぎ倒しながら、振り袖乙女の元へゆく。
「友禅! あと一息ですっ!」
おいついてきたゴスロリ娘に、振り袖娘は無言で背中を預けた。
その白と黒の乱舞が、どれほど乙女達を勇気づけ、変態どもを喜ばせ震え上がらせたか。
パニエでふんわりと膨らんだ黒スカートがひるがえれば、応えるように黒塗りの草履が踏み込み、ほんのり乱れた裾からちらりと襦袢の赤がのぞく。
そのひと動きに乙女達は輝き、美しさと可憐さを振りまく。
変態どもに振り下ろされる終わりの一撃は、確実に変態どもを(比喩的に)殺していった。
そうして元変態の累々とした瀕死体が積み重なる頃に、一人の乙女がそれに気づいた。
「見てっ応援がきました!!」
みれば、遠方より土煙を引き連れた馬車には色鮮やかなフリルワンピース、ドレスを身にまといし乙女達の姿がある。
乙女達の表情は晴れやかに変わった。
指揮官であるゴスロリ娘も、ほっと安堵の息をついた。
ついてしまった。
変態のただ中にありながら、その無防備な乙女の表情は致命的であった。
「麗子! 後ろだっ!」
その涼やかな声音に振り向けば、奇声を上げて迫る全裸コートの変態。
そのコートの内側には乙女の残滓らしいあまたの髪束がぶら下がる。
美しき縦ロールであったゴスロリ娘もそのコレクションに加えんと、変態コートは大ばさみを振りかぶっていた。
動けないゴスロリ娘。その間に割って入るは白き振り袖。
ジャキンッ!
不吉な音と共に散る白き振り袖をものともせず、振り袖娘は長刀を変態に振りかぶった。
元変態が泡を吹いて倒れると同時に、振り袖娘も膝をつく。
戦乙女達にとって、正装は体の一部に等しい。
その片袖をもがれた振り袖娘に、ゴスロリ娘は駆け寄り支えた。
「ゆ、友禅!!」
「麗子、無事か」
「ああ、ですがあなたの、あなたの正装が……」
今にも涙をあふれさせんとするゴスロリ娘に、振り袖娘が声をかけんとしたそのとき。
「変態達が逃げていくっ!!」
「これで、もう、おびえずにすむ!!」
「勝ったわ―――!!」
乙女達による勝利の歓声が響きわたる中、ゆらりと立ち上がった振り袖娘にゴスロリ娘は戸惑った。
「どこへ」
「私の正装は、破れた。私の役目もこれで終わりだ」
「友禅、まだ!!」
「麗子、世話になった。願わくば、おまえが生き残ることを」
無惨に土埃にまみれた紅き片袖を拾った振り袖娘は、ゴスロリ娘を振り返ることなく、砂煙の中へ消えていった。
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西暦1860年代。欧米諸国が産業革命に沸き立つ中、全世界で、同時多発的に謎の奇病が蔓延した。
後に野暮天ウイルスによって発症すると解明されたその奇病の致死率は、たったの0,1パーセント。
だが感染した人々の奥底に眠らせている嗜好を問答無用で暴き、強化された身体能力によってその表現に駆り立てさせる。
つまり、みずから変態へと成り下がるのだ。
誰かに踏まれたい程度ならまだいい。
だが、親が、子供が、愛する者が唐突に変態性をさらし、それを強要するようになることは、誰も望まない。
さらに、全裸にコートの男が徘徊し、乗り合い馬車には痴漢が横行。
いたいけな幼女少年を手込めにしたいと迫るもの、痛みを覚えさせて快楽を得るもの、果ては人を切りつけることに己の道を見いだすものによって数々の凶悪事件が引き起こされた。
真の変態たる者は自ら野暮天ウイルスに感染し、そんな醜悪な百鬼どもを率いさえしたのだ。
世はパニックに陥った。
世界中で血眼になって原因の究明がなされ、対抗策を求めて国交のなき国にまで高圧的に協力を迫りさえした。
その結果、医学は日進月歩で進み、野暮天ウイルスの発見につながった。
だがそのころには野暮天感染者による一大変態組織が形成され、一国が飲み込まれる事態にすらなっていた。
そのころには世界中の国々で対応しようとしていたが、治療薬の開発にこぎ着けたものの、治りたくないと願う彼らに打ち込むのは至難の業。
しかも、野暮天ウイルスは接触感染する。
治療薬の撒布に挑んだ軍隊は軒並み変態どもに飲み込まれ、武装強化をさせてしまう始末。
世界が絶望に包まれかけた、そのとき。
野暮天感染者の標的にされやすい十代の少女たちの中に、ウイルスへの耐性を持つ者が現れたのだ。
か弱くいたいけな少女達にその役目を任せることに、反対の意見もあった。
だがとある島国で密かに受け継がれていた技術を元に、西洋にて対野暮天用に開発された戦闘服「正装」を着用する事により、彼女たちの魅力を戦闘力に変えることで、いたいけな少女でも片腕一つで大人を投げ飛ばす力を得たこと。
さらに、正装に身を包んだ乙女たちの野暮天ウイルスへの耐性も飛躍的に増し、交戦中の野暮天感染を限りなく低く抑えられるようになったことで、反対意見は押さえられた。
かくして、フリルとレースに彩られた戦闘服を身にまとい、治療薬を仕込んだ武器を携えた乙女達が変態どもに相対する事となる。
変態と乙女たちによる熾烈を極めた攻防は、三年あまり続いたが、乙女たちは身を汚されてなるものかと愛らしくしなやかに戦い抜いた。
かくして1869年の終わり、野暮天変態と乙女たちの最大規模の戦闘が乙女たちの勝利に終わると、変態どもはどこへとなく遁走した。
世界に平和が戻ったが、野暮天ウイルスの根絶は今だ果たせず、フリルの乙女が変態退治をする光景が一般的となった1870年代。
これは、文明開化の声も高く、ロリィタワンピースに席巻されつつある島国日本で、かたくなに着物を身にまとい続けた一人の乙女の物語である!