六面体
道をたずねに交番へいくと中にはダレもいなかった。
カウンター越しに、奥のトビラへ向かって呼びかけてみるが返事はない。
地図でもあれば勝手に自分で調べるのだが、それらしいものは見つからなかった。
立てかけてあったパイプイスを広げて座る。
おまわりさんが戻ってくるのを待つことにした。
座ったことで視線が低くなり、カウンターのうえに四角い物体が置かれていることに気がついた。
落し物か何かだろうか、深い紺色をした正六面体でサッカーボールぐらいの大きさをしている。
立ち上がり周りを見回した。
ダレもいないことを確認し、その正六面体に触れる。
布地の感触だ。
今度は指先で軽くたたき、力をこめて押してみる。
やはり布だが、内側に弾力の強いものの感触がある。
両手でもって、すべての面を見ていく。
見えていた面が深い紺色をしていただけで、全体的には、白に、黒に、肌色とたくさんの色が使われていた。
よくみるとただの色ではなくきちんとしたイラストになっていた。
ネクタイやワイシャツ、靴、手錠や警棒なども一部だけ見えている。
ようするにこの正六面体は、警察官をモチーフとした現代アート的ななにかだと思う。
くるくると回しているうちに、とある面に横向きのチカラを加えるとそちらへスライドすることに気がつく。
二センチ程度ずれるだけでそれ以上は動かすことはできない。
だが、今度は別の面をスライドさせることができるようになっている。
ひとつの面を動かすと別の面が動くようになり、その面を動かすとまた別の面が動く。
難しいパズルを解き明かしていくような感覚があり、夢中になって動かせる部分を探した。
スライドをしばらく繰り返していると、正六面体は徐々に変形していき、いつのまにかなんらかのかたちになろうとしていた。
ネクタイの模様を下へずらしたとき、思わず手を止めた。
模様の下に人間のクチがあらわれたからだ。
平面ではなく、立体的なクチだ。
ボクが後ろへ飛びのくと、同時に背中にドンッという強い衝撃を受けた。
「どうかしましたか?」
突然後ろから声をかけられた。
体格のいい制服姿のおまわりさんが立っていた。
背中からぶつかったボクを見て、広げられた正六面体をみておまわりさんは状況を把握したらしい。
近くに有ったペンの束を正六面体だったモノのクチへ突っ込んだ。
「あの、これって――」
「ペン立てです」
短い言葉にも冷淡な態度にも有無を言わせぬものがあった。
これ以上の詮索はするべきではない、そう判断した。
ボクが道をたずねているときも、おまわりさんが丁寧に教えてくれているときも、ボクが礼をのべて出ていくときも、立てられたペンはモグモグと動き回っていた。