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ういじん


***


「博士、人はどうして感情を持っていると思うかな?」


 レイは時折、子供の博士にはわからないことを話す。

 博士はそれでも一生懸命に、レイの言葉を理解しようとする。


「感情って……怒ったり泣いたりすること?」

「そう。人は本能的に遺伝子の不死を求めるの。だから愛を持って、誰かと一緒になって子供を作る。怒りも悲しみも、その本能的な行動に基いて人は生きていると思わない?」


 レイの口から出てくる言葉は、博士には唄にも聞こえた。


「自分勝手な行動も、その本能を達成する有意義な方法だと思っているのかもしれない。そう考えると、人も理屈だけで行動していると思わない?」

「レイ、僕にはわからないよ。死にたくないんだったら、お父さんはAI研究なんてしなかったよ」


 理解できなかった博士は、不死という言葉にだけ答えた。


「そうね、人によっては報われない愛だって、自己犠牲だって幾らでもできる。でもそれも結局は、愛する人の不死を望んでいると思うの。人は必ずしも、残したい遺伝子が自分だけじゃないと言う証拠ね」


 レイはその言葉を別に読み取って、また唄う。


「でもね博士、AIは寿命で死なない。本能的に人間をただ愛することだけに作られた。あなたがAIを学ぶと言うのなら、AIの持つ存在意義を汲み取らないといけない」


 子気味良い声は博士には難しかった。でも心地よくて、黙って聞いていた。


「AIは生命じゃない。本能が無い。そう考えれば、誰よりも理屈的で、感情的に生きていると思わない?」

「……やっぱり、レイの言うことは解らないよ」


 博士の言葉に、レイは鈴を鳴らすように笑った。


「ふふ、いいの。博士は賢いからすぐにわかるよ。誰よりもずっと賢くなれる。だからいつか来たときのために、この言葉を覚えて、考えることをやめないで」


 博士も笑った。解らなくても、レイの優しい声には逆らわなかった。


「レイ……どうしてそんなことを聞いたの?」


 博士は無邪気な声で、レイに聞く。


「それはただ、ワタシはAIのほうが、感情をもっているといいなってこと」


***


 翌日、博士はざわつく木々に囲まれながら、基地から少し離れた森にいた。


「このまま逃げても怒られなさそうだ」

「なら逃げろよ。あたしは止めない」

「喧嘩しないの。隊長命令」

「のーふぃあー」


 博士は疲れたように溜息をつく。

 ミツホはその情けない博士を見て、あからさまに不快な表情になった。

 一子は、そんな二人を見て厳しい顔をして叱咤する。

 ふたばはみんなの緊張を和らげようと、彼女なりに励ます。

 全員が森に潜み、通信機とトレインを着用していた。博士以外は、医療具等が入ったポシェットも腰にぶら下がっている。


「初陣か」


 博士がこの状況を見て、嘆いた。

 朝早く、博士たちのいた基地にAIからの情報が届いた。チェストからの襲撃が、今日の午後にある。


「来ないって、そんなことありえない?」


 博士の問いに、一子が答えた。


「誤報ってことかな? 残念だけど無いと思う。警戒じゃなくて戦闘態勢を敷かれているのがその証拠」


 一子は、博士の持った小さな希望を握りつぶした。

 往生際の悪い博士を見て、ミツホは眉をひそめる。


「うだうだ言ってないで、ちょっとは前を見たらどうなんだ博士。遠足気分なら死ね」

「森もいいけど、人肌が恋しくなるんだよ。それにお前も、俺のトレインが何もできないのは知ってるだろうが」

「ふん、知るか」


 ミツホがそっぽを向く。

 博士のトレインは、他のトレインのデータを集めて、トレインの動きを掴むこと。

 つまり、チェストとはまったく戦えないのだ。


「隊長。チェストのデータって、どうして取れないんですか?」

「戦ってみると解るけど、戦闘不能、捕獲などの無力化にまで追い詰めると、チェストは消えちゃうの。ポリゴン状になってデータみたいに跡形もなく。動きや特性を把握しようにも、敵は知性があるみたいだから裏をかかれることもあります」


 データの無いチェストとの戦いでは、博士のトレインは普通よりも防御力の低い、二段ジャンプが出来るだけのものになってしまう。


「参考までに聞きますが、普通に訓練した軍人が初陣で生き残る可能性は?」

「七割。どれだけ訓練を重ねても、初陣で必ず三割は消えていくの」


 ミツホの視線が真正面の森を捉える。博士がその後を追う。


「なんとなく、前に話した人が逃げたがるのも解ります」

「博士は自信を持っていいよ、普通なら一日で自分だけのトレインなんて作れないんだから」

「役に立たないですけどね」


 ミツホが鼻で笑う。


「その通り、役にたたね」

「ミツホ、スカートが捲れてるぞ」

「あ、え!」

「嘘だ」

「ふざけんな!」


 博士もミツホを見て笑い返す。


「二人とも騒がないの、仮にも軍隊なんだよ。博士はともかく、ミツホちゃんが遠足気分じゃ困ります」


 背後から、静かながらも喧騒が伝わってくる。他の部隊が前進しているのだ。

 それが、攻め込み開始の合図だった。


「ほら、私達は切り込み隊なんだから、先に行って準備するの。ミツホちゃんは単独で突入できる? うん、なら私が残った二人を運んですぐに合流するから、適当に騒いでね、チェストの妨害で通信は視野内に限定されると思う。それだけ」

「わかった、あたしが最初に行く」

「いつも通り」

「作戦もへったくれもないですね」

「元々、チェストに奇襲が聞いたためしがないの。だから切り込んで分散させて、力で責めるのが一番。ミツホちゃんと私だけ、武装するね。辺りの注意をお願い」


 ふたばが頷き、一子とミツホが目を閉じた。


「「ゲットレイン」」


 ミツホは昨日見た三枚羽の造形をそのままに再現する。武装が完了すると、途端に重量が生まれる。鋼鉄の翼が地面に刺さり、抜いてはためかせれば森の木々があおられてしなる。

 博士は飛び交う風と葉っぱに目を細め、次に一子を見た。

 一子もトレイン特有の、緑色の輪郭が身体を纏う。主に前面に濃く曲線がしかれ、一子の顔正面と、足の付け根には大きな円が描かれていた。顕現された紫色の装甲は、横に倒れ、ゆっくりと一子をうつ伏せにする。

 そうして出来上がったのは、一子を部品にして作られた大きなバイクだった。


「こっちはあんまり、格好良くないかな」


 バイクの一部になった一子が言う。


「とんでもない、扇情的です」

「隊長としては、その冗談は嫌い。でもその気楽さはなくさないで、遠足気分でも何でもいいから、冷静でいて。それが今の博士に必要なことだから」


 一子が言う。二つのタイヤが唸り、何度か地面を擦る。荒々しくスピンした後、博士の目の前数センチで横ばいに止まった。


「うぉぉ……俺、結構怖がりなんです」

「そう、ならよかったかな。ちょっとした戒めです」


 一子が無邪気に笑う。


「じゃあ、乗って、人が着ているトレインは干渉し合わないから大丈夫」

「……どこにですか? 車体の上って、ほとんど隊長ですよ?」

「そのまま上に」

「上に……うわっ!」


 博士がぐずぐずしていると、背後からふたばが背中を叩いた。


「わかったよ」


 博士が緊張しながら、一子に覆いかぶさるように乗った。トレイン越しの身体は、直接肌にやわらかい感触を伝える。

 そしてその博士の上に、ふたばも乗っかる。ふたばの重圧が、博士を押しつぶす。


「嬉しいようで、かなりきついです」

「きつい? 大丈夫よ、このトレインは馬力あるし、隊長は二人分の重さじゃつぶれません」

「隊長のことじゃないです」

「さんどうぃっち」


 傍目から見れば情けない、上三人乗りのバイクが出来上がった。

 ミツホはそれを見て眉をひそめるも、無線の音を聞いて、すぐ戦闘体制に入る。


『チェストの群れはAIの観測に八割一致、行動の予測はできません。ただ大掛かりな群れのため、大規模なルート変更は無いと考えられます。位置情報を送りますので、戦闘を開始してください』

「これって、AIの通信ですか?」

「うん」

「聞いたことがぁあっー!」


 博士が言い終わる前に、ミツホの羽が火を炊いた。森中に轟く爆音を推力に、ミツホは弾かれるようにして空へと舞い上がる。

 同時に、博士の乗っていた一子のバイクがスロットルを上げる。何度か地面を滑るようにしてその場で揺れるが、すぐに安定し森の中へと疾走した。

 博士の視界には、森の木々が何度も頬を掠める光景が飛び込む。正面にあった木々は圧倒的な力で引き倒し、一子のトレインは愚直に前進する。何度木々を倒しても速度は衰えず、順調に加速を続けた。


「いぃい!」


 博士が悲鳴をあげる。そして悲鳴が途切れるよりも先に、一子が車体を横へ逸らし、更に森の草木を削りながら減速を図る。

 たっぷり百メートル蛇行して、一子のトレインは停止する。


『バサクル。前線に到着、チェストの撃破を確認しました』

「早速ミツホちゃんが戦闘してる……あんまり慌てないで欲しいなぁ」


 一子が心配そうに言うと、ふたばがバイクから降りる。


『チェストからの妨害電波を確認、数秒後、視野外での通信が困難となります』

「ここでいい……ゲットレイン」


 ふたばが言う。両手に緑の光が走り、彼女の身長ほどある大砲が輪郭を現す。人一人入ってしまいそうな大口径に、支えのための三脚が前についている。持ち手は二つ、大砲の上にガトリングの持ち手を連想させるレバーがある。

 全体は黒色。完成した瞬間、重い音を立てて地面をえぐった。

 訓練場で博士が見た、大砲トレインだ。


「ふたばちゃん初撃急いで。ミツホちゃんが攻撃を始めちゃった。博士もすぐ装備」

「あ、はい」

「了解」


 ふたばは言って、すぐに攻撃を開始。イメージの中にある撃鉄を起こした。

 銃撃音こそおきなかったが、弾丸の影が敵陣に向かうのを、博士は見た。

 すぐ先の森で、円形の爆発が起きる。その衝撃が博士にまでつたわり、森の木が前から後ろへ、順番にしなる。


「博士、速く!」

「げ、ゲットレイン!」


 一子に急かされ、博士は慌てて言う。戦場の空気にほだされて、博士の興奮がトレインを生んだ。前日と同じ、仮面をつけたトレインが現れる。


「博士、そのまま走って付いてきて!」

「は、はい!」

「ぐっどらっく」


 ふたばが言い。今度は銃口から熱線を放つ。威力は先程よりもずっと弱く、破けるトレインも少ない。戦場に仲間がいるため、もう威力のある弾は打てない。

 一子はバイクを走らせ、博士はトレインでがむしゃらに走る。

 博士は、緊張していた。

 緊張していない方がおかしいくらいに、そこは戦場の空気を纏っていた。ふたばの初撃を受けたチェストが、一斉にこちらへ殺気を向けていた。

 博士に戦場の勘がなくとも、すぐに伝わるくらいに。


「博士、来るよ!」

「う、うわぁあああ!」


 博士の悲鳴と共に、森の中から一斉に敵が飛び出した。

 チェストは、目玉に蜘蛛の手足を生やしたような形をしていた。金属の球体に赤いまだら模様を添え、何本も生えた金属の脚でこちらに向かう。球体の上半分に、蓮の花托のような穴が開き、そこから赤い目玉が沢山埋まっている。

 そんな物体が大量に、一子と博士に向かってきた。

 細く長い前足を、針の先端として使い、博士たちを貫こうとする。


「はぁっ!」


 一子が、車体を横にずらす。二輪の装甲車はチェストの蜘蛛と衝突し、辺りいったいをなぎ払ってから停止する。


「トランス!」


 すぐさま掛声を放ち、一子のトレインは変化を始めた。

 まず、バイクの二輪がガチンと音を立てて外れる。車体は三次元のパズルを組み直すみたいに、所々でへこみ、飛び出る。やがて形は鎧の外骨格に変わり、上にいた一子を、折りたたむようにして包んだ。

 外れた二つのタイヤに刃が生え、一つの棍でつながれる。双頭の斧が完成し、変形の完了した一子が、手にとってすぐ、敵をなぎ払う。

 金属で出来たチェストを紙切れの如く振り払い。一子の周りだけ地面が大きく削れた。

 紫の鎧は上半身に比重が置かれ、右足は支柱、左足がキャタピラ。歩行は通常の人間よりも遅く、旋回と防御だけに下半身が武装される。重戦士のようなトレインになった。

 近くにいたチェスト達は大きく球体が抉れ、ポリゴンの曖昧な輪郭へ変わり、空中へ霧散した。


『博士、これが私のトレイン、可変型』


 一子が無線から声を伝える。戦場の喧騒は大きくなり、目に見える距離でも肉声が届かなくなった。

 少しでも博士の緊張をほぐそうと、日常会話をする感覚で一子は説明を続ける。


『可変型はトレインのオンオフをしなくても、別のものに変わることが出来るのが利点だよ。欠点はギミックの複雑さで、理想の形を作るのが困難なの』


 両腕の装甲が唸り、一子のトレインは軽々と斧を振るう。斧は見た目通りの重量から、その余波としてとてつもない爆風と、風を切る音でこの場を振るわせる。


『可変ギミックを搭載すると、理想の形からすぐにかけ離れちゃうの。だからほとんどの人は使わないけど、上手くすればすごく汎用性が高いの』

『隊長』


 ふたばが、通信で声をかける。

 博士の目の前にいたチェストが、遠くにいるふたばのレーザーによって消し飛ぶ。


『到着しました、援護いたします』


 後方から、知らない誰かの声。他の部隊も遅れてたどり着く。一子とふたばがかき回した前線をさらに押し倒す。


『私のトレインは、理想のために可変ギミックのバイクに戻る機能がオミットされているの。一方通行なら、水を循環させるのじゃなくて流すのと一緒で、すこしだけ複雑な構造が省略――』

『隊長』


 もういちど、ふたばが声をかけた。

 一子の攻撃はまるで竜巻だった。大きな斧で敵を巻き込み半径数メートルのチェストが次々と吹き飛んでいく。一子はしばし無言のまま竜巻を維持していたが、やがて口を開く。


『わかりました……博士はもう、守らなくて良いです』


 一子が、諦めるように言った。

 博士は震え、その場で固まっていた。

 掴まったときの恐怖が、博士の中でフラッシュバックしていた。

 恐怖に打ちひしがれて、その場から動けなくなっていたのだ。戦場で初めて死ぬことを実感し、足が竦んでいた。


『博士、死ぬことが怖いのは解るよ。でも、昨日あんなに頑張ったのに、これで終りなんて、悲しいかな』


 一子の声も、博士の耳にはほとんど通らない。両手両足は震え、歯がかみ合わなくて口も閉じない。眼前に迫るチェストの群れに、ただ恐怖する。


『了解、隊長』


 ふたばは、それが最後と言わんばかりに、博士の前を守るように砲撃した。

 そしてすぐに、蜘蛛チェストの一体が、博士の目の前にまでたどり着く。前足を二本持ち上げ、先端の針を博士に向ける。先端に陽光が滑り、その表面に博士が移る。


「う、うわぁああああああ!」


 博士は我を忘れ、転ぶようにして踵を返し、逃げた。

 そして孤立した博士を、チェストは見逃さなかった。

 赤いぶつぶつが一斉に博士を睨み、数体が移動方向を変える。一子たちの場所から離れれば、それだけ無事なチェストが何体も集まる。突破が困難な部隊を後回しにして、博士を狙う。

 一子やふたばはもちろん、逃げる隙を狙って部隊は大量のチェストを仕留めるが、博士が遠くへ逃げるたびに、博士の手助けにはならなくなる。

 博士は逃げた。逃げ場の無い戦場でただ、走り続けた。


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