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とれいん


 そこは、言ってみれば大きな体育館ホールだろう。天井と向こう側はかすむほど遠く、広い。その中にちらほらと、人影も見えた。


「ここが室内訓練場。基本的に外でのトレーニングが多いけど、今日の私と博士は室内で特訓ね、ご感想は?」


 一子は入口の前で両手を広げてみせる。


「感想ですか、女の子があちこちに見えます」

「正直でよろしい。さっきも言ったけれど、ここは女性専用の駐屯基地です。本来なら男性はいませんが、男子禁制というほどでもありません。ここの管轄AIが指示した効率のよい女性兵の育成方法らしいけど、詳しくは解りません」


 博士は説明を聞き流しながら、手近な女の子を眺め続ける。

 軍の駐屯基地にしては、ほとんど人のいない訓練場だった。


「ほとんどの人は外で訓練するの。特別な行事や、小規模の兵器でもないとここでの使用を認められていません。博士は小規模が当てはまって、今日は室内ね」

「なんか、周り中で光ってますね」


 訓練する女性の幾人かが、火薬か何かでバチバチと室内に光を灯している。


「うん、あれはトレインの――」

「隊長」


 後ろから突然、声がかかった。透き通った女性の声だった。

 隊長の一子が振り返り、声の主を見るととたんに優しい笑顔になった。


「あ、ふたばちゃん。どうしたの?」

「ふたばちゃん?」

「そうだよ、高坂ふたばちゃん。私の部隊のメンバー」


 一子は両手を広げて、落ち着いた笑顔でふたばちゃんを紹介する。

 身長は博士より少し下くらいだろうか。両目の輝きは薄く表情も据わっているせいか、得体の知れない故の魅力がある。セミロングの髪は飾り一つ無く、純粋に髪の持つ美しさそのものが引き出されている。そして頭からつま先まで体のラインが、軍服の上からも見て取れるほど、大きすぎず小さすぎない、すばらしいバランスを保った体格だ。

 精錬された宝石。彼女から浮かび上がるのはそんな印象だった。


「……博士?」

「うん、彼が博士だよ」

「初めまして、ふたば……さん?」


 博士はふたばどう呼べばいいのか悩み、口ごもった。


「ふたばでいい」


 ふたばは端的な声でそれだけ言った。

 ふたばは博士の次に、じっと一子を見つめている。すると一子はふたばの意図を汲み取ったのか、説明を始めた。


「あ、私は博士にトレインの指導。ふたばちゃんは?」

「同じ、トレーニング。あと隊長もふたばでいい」

「うん、頑張ってねふたばちゃん」

「みぃとぅ」


 ふたばはそれだけ言って、すぐに訓練場の奥へと消えてしまった。


「みぃとぅ?」

「あなたもってことね。あの子はね、素っ気無いけどすごく可愛いんだよ」


 一子が言う。

 博士は聞きながら、去っていくふたばの後姿を眺めた。


「可愛いというか、抜群スタイルで格好いいという印象がありますが」

「はいはい、私は抜群じゃありませんけど。とりあえず! あの子は人懐っこさだけは人一倍あるんだよ。仲良くなると子犬みたいで可愛いんだから」

「あれでですか?」

「あれがそうなの」


 博士には想像ができなかった。

 一子はホクホク顔で、どうやらふたばの子犬状態を想像しているのだろう。


「というか、隊長はでかさだけなら一級品な気も」

「あ、ちょっと待って! ふたばちゃんがいるってことは……」


 博士の言葉を留めて、一子が何かを探すように訓練場を見渡した。

 一子が大きな目をぱちくりさせて、目的のものを見つけたのか、両手を振って誰かを呼んでいる。


「おーい! ミツホちゃ~ん」

「ミツホちゃん?」

「私の小隊はね、私、ふたばちゃん、ミツホちゃんと、あなた、この四人で全員なの。せっかくだから、彼女も紹介しちゃうね」


 どうやら、一子は人を探していたようだ。そのミツホという名を訓練場に響かせて、それに反応する人影が一人。


「でも、博士はもう知ってるかな?」

「そりゃ不思議だ。俺の友人に、女の子はいませ……」


 人影がひとつ、こちらに歩いてきた。

 その子を博士は、知っている。

 赤いストレートヘアーに、ルビーのような朱色の目。整いすぎて鋭いほどの美貌。真紅の髪が風に吹かれ、揺らめく炎のように明るく、触ればやけどしそうなその姿。

 軍服を着ていてもミツホという女の子が誰なのか、博士にはわかった。


「俺を、助けてくれた人?」

 小さな声で、博士は呟く。

 あの、博士がチェストに捕らわれた場所から、命からがら逃がしてくれた女の子だった。

 博士が見間違えるはずが無い。あれだけ赤く、鋭い女の子はそうそういない。


「彼女、綺麗でしょ?」

「あの目、アルビノですか?」

「違う、変異種。ミツホ、小町美津穂ちゃんは日本人なんだよ」


 変異種。それはここ数年間に急増した、親の遺伝子と関係なく髪の色や身体能力が極端に違う人間のことを言う。

 ただ、そんな事実よりずっと、博士の思考を埋め尽くす感情があった。

 ミツホが、一子と博士の存在に気づく。

 彼女。ミツホが、博士をあの地獄から救ってくれたのだ。

 少しずつ、ミツホが博士に近づいてくる。

 今、博士の状況はお世辞にも良いとはいえない。だけど、それでも命がある。命があれば、博士にとって最悪じゃない。

 ミツホが、博士の前で止まる。


「こ、こんにちは」


 博士はそう言って、震える手をミツホの前に出す。

 そうして差し伸べられた手を、ミツホは眺めて、眺めて、眺めて、


「なんで、あんたが生き残ったの?」

「……はい?」


 ミツホは、博士に言葉を突き刺した。

 博士は何を言われたのかわからなくて、固まった。


「み、ミツホちゃん……」


 一子が、ミツホをなだめるように声をかけた。


「ふん」


 しかし、ミツホはぷいっとそっぽを向いて、元いた場所に帰ってしまった。

 揺らめく炎のような髪の毛が、博士の頬を少しあぶった。


「お、俺に文句を言っただけ?」

「うん、仕方ないかもね」

「そんなもんでしょうか」


 一子の呟きに、博士は解りもしないのに相槌を打つ。

 博士は、つむじ風のように去っていくミツホを見ながら、言った。


「俺、ミツホさんに嫌われてるの?」



 一子からの明確な返事もないままに、博士は訓練場の端に案内される。そこには大きなドアが一つあり、人の出入りも激しい。


「さて、気を取り直すね。ここが更衣室。男性更衣室はどこにも無いので、ちょっとだけ隊長特権を使用します」

「更衣室って、着替えるんですか?」

「うん、兵器はトレインを使うの」


 一子は一度更衣室に入り、すぐに大きな鞄を持って出てきた。

 鞄を開けると、カーテンか何かだろうか、やけに大きな布がしまってある。


「えっと、博士はトレインを知ってる?」

「名前だけなら」

「なら、最初から説明だね」


 傘のように閉じていた布が、はじける音を立てて広がった。一子はその布を手で押さえながら支柱を立て、丸いカーテンを壁の一角に作る。

 出来上がったのは、服屋の試着室をカーテンだけ持ってきたような小さな個室だった。


「はい、簡易更衣室の完成。見たことある? バラエティの撮影でたまに野外で着替えるときに使うらしいけど」

「この中で着替えろと」

「うん、はいこれ」


 一子はそう言って、ぺらぺらな全身タイツみたいな黒い服を博士に差し出した。


「この全身タイツが、トレインですか?」

「うん、隊長がこんなときにうそは言わないよ」


 トレイン。この全身タイツはそう呼ばれている。人類が編み出した、最新鋭にしてチェストとの戦いを支えている武器。

 博士は半信半疑でその人類最強兵器を受け取り、表裏を眺める。


「どうやって着るんですか?」

「首のところだけ開いているでしょ。裸になって、そこから無理矢理脚を通して、めったな衝撃じゃ破けないから。用途や使い方は着たあとに教えるね」


 一子が簡易更衣室へ博士を促す。

 博士はしぶしぶ中に入り、服を全部脱いだ。


「下着もですか?」

「下着もです」


 博士がトレインの首周りを引っ張ると、ゴムのように簡単に伸びた。予想以上に抵抗なく、博士はトレインの装備に成功した。


「なんか、きっついな」


 博士がぼやく。

 全身にピッタリと張り付いたトレインはほぼ黒だが、よく見ると間接の節々に蛍光色のラインが入っている。

 博士がためしに体を捻ると、まるで服など着ていないように抵抗なく体が動いた。


「と、とりあえず終わりました」

「じゃ、カーテン開けるね。しつれ……うぅ、ちょっと待ってね、たしか短パンがどこかにあった気がするから」


 一子は何か褒めようとして博士の全身を見た。そしてどうやら、股間に目が言ってしまったようだ。トレインは体のラインをほぼ確実に映し出す。


「シャイなんですね」

「隊長を馬鹿にしたら、あとが怖いんだよ!」


 一子が叫ぶ、博士はちょっと和んだ。

 その後、更衣室から戻ってきた一子は支給用の短パンを取り出し、博士に着るよう進めた。


「本当はトレインに服を重ねるのもいけないんだけど、それくらいの布地ならまだギリギリ大丈夫」

「肌から直接着て、その上にあまり被せちゃいけないですか」


 博士は言いながら、ためしに何度も全身を動かす。抵抗なく動く体に違和感を覚えながらも、段々と慣れていく。


「では、私も着替えます」

「じゃあ俺、待ってますよ」

「大丈夫。私は既に、服の下に着用っ」

「海水浴に行く小学生みたいな準備の良さですね」


 脱ぎ捨てるように一子は着ていた軍服を投げ、トレインに包まれた体をあらわにする。


「わぁ」


 博士はその姿に思わず、呻いてしまった。

 体のラインをなぞるように、ピッタリと張り付いているトレイン。それを着用する一子の姿は、黒いことを除けば裸も同然だった。

 予想以上にたわわな一子の胸はくっきりと造形が見え、腰はホットパンツで隠してはいるものの、健康的かつ余分な脂肪も無い彼女を編み出すラインはとても美しいものだった。


「ふふん、どうだ」

「死ぬ前にトレイン知ってよかった」

「そっちじゃないでしょ……んっと、博士、それは?」


 一子が聞いた。博士が一子の姿に見とれているうちに、博士の胸に付いたあるものをじっと見つめている。

 そこには、子供の手ほどの小さな首飾りが付いていた。博士は自分の胸から首飾りを持ち上げ、一子の目の前に差し出す。


「これ、外した方がいいですか?」

「ううん、それくらいなら大丈夫だよ。ただ、ちょっとだけ気になったの」

「まあ、お守りみたいなものです。ガキの頃からずっと付けていて」

「へぇ……博士って、結構占いとか信じるの?」

「都合のいいことだけ信じます」


 一子が少しだけ微笑んだ。


「じゃあ、博士の視線も元に戻ったことだし、移動ね」


 一子が両手を叩いて、行動を切り替える。

 二人はまた訓練場を歩き、今度は出来るだけ人のいない奥のほうまで進んでいく。

 到着したとたん、ぴょんと、前を歩いていた一子が飛ぶように振り返り、説明を始めた。


「はい、ではトレインの基本的な知識から。元は新しいエネルギーを探していた研究員が、人の感情に目をつけたことから始まります。昔から火事場の馬鹿力や、本能的なリミッターを解除する脳の機能に、物理的な力の補助が加わっていると判明しました」


 一子は目をつむり、風鈴のようにゆらゆらと揺れながら言う。覚えている知識を頭から引っ張り出そうとしているようだ。


「俺も聞いたことはあります。感情がエネルギーになるんでしたっけ?」

「そう、これは新エネルギーとしては人個人に依存しすぎるため、採用は見送られました。でも、アメリカの軍営施設にいた一人が、感情から銃弾を強化する機能をつけることに成功したの。でも銃弾じゃ限界があって、感情の高ぶりで暴発するなんて問題も起きたの。その問題を解決するために生まれたのが、トレインスーツ」


 一子は両手を広げ、その場でくるりと一回転してみせる。トレインを見せるためだろうが、髪がなびき、全身のラインが丸見えの姿の回転は、色っぽかった。


「このスーツは物体の威力を上げるだけじゃなく、頭でイメージした物体を具現化することも出来るの。基本的には鎧、剣、拳銃、必須なのはパワードスーツ。設計図さえ頭に入っていれば、何でも作れます」

「何でも?」

「実際に、お見せするね」


 そう言うと一子は、むむむと唸る。イメージしているというよりも、悩める少女のよう。


「ゲットレイン」


 掛声と共に、一子の右手が薄く光った。

 トレインに刻まれた蛍光色がスーツの枠を出て、一子隊長の右手周りに緑色の線を引く。緑の線は右手を包むようにして、篭手の輪郭を作り出す。

 篭手の骨組みが出来上がり、隙間には紫色の鋼鉄が埋め込まれていく。

 次に鈍く光った後には、一子の右手に金属の鎧が装着されていた。


「ふぅ、これでおわり」

「すごい、初めてみました」

「本来なら全身を作るのだけれど、今回は訓練だから、これだけ」


 一子はその右手で、軽く空気にパンチをした。

 すると、まるで空気が拳で吹き飛ぶように、突風が舞った。


「どう?」


 笑顔で一子は振り返るが、博士はただただ苦笑い。


「じゃあ、次は博士。博士は、道具無しじゃまだイメージができないだろうから、この腕輪を使って」

「これは?」

「あらかじめイメージされた設計図を人の頭に伝える機械。これを使ってパワードスーツの基本を頭に叩き込むの」


 一子はテキパキと博士に腕輪を取り付ける。そして幸運を祈りなのか、ぐっとサムズアップ。


「トレインは、その人の戦いたいという気持ちに素直に反応するの。ゲットレインは一般的に使われている、気持ちの入れ替え言葉。とにかく、戦うぞって思いをぶつけてみて」

「と、とりあえずやってみます」


 博士は先程の一子の真似をした。唸りながら戦うと何度も心の中で繰り返し、数えるのが億劫になるほどイメージして、


「ゲットレイン!」


 そう、言葉にした。

 すると、右手につけた腕輪から電撃が伝わり、博士の頭の中で複雑な設計図が駆け巡った。トレインをつけた肌の全身が、少しだけ熱を帯びる。

 博士が目を開くと、博士の体すべてを緑色の軌跡が囲い込み、何かの輪郭を形作っている。驚きに体を仰け反らせるが、緑の輪郭も博士にあわせて下がる。そうしてすぐに輪郭が黒い金属で埋まり、首以外の全身を覆った。

 博士の姿は、まるでロボットのような角ばった鎧を装着していた。


「うん、成功だね」

「これが、トレイン?」

「そう、それは基本型といって、パワードスーツの平均的な機能だけを取り付けた形なの。あとは剣を追加したり、羽を付けた飛行型、銃を扱う銃弾型、要所特化の要塞型、可変機構をつけた変形型。他にもたくさん型があって、実戦で自分にあった理想の武装を考えるの」


 一子が覚えている知識を、一生懸命説明する。

 ただ、博士は自分のトレインを見るのに夢中で、ほとんど聞いていなかった。

 初めて使ったトレインに、博士は若干はしゃいでいた。


「って博士、聞いてる?」

「すごい……すごいですよこれ、体が軽い」


 博士は走り出した。高揚感から、ひたすらに訓練場を駆け抜ける。

 可笑しいほどの速度だった。車よりも速く、博士は風で目も開けていられない。訓練場の壁が見えたら両足を横に、地を削って急停止する。すぐにターンをして、また反対側へ走り出す。

 そのまま、また訓練場の壁が見え――


「調子に乗ったらぁ……成敗っ!」


 一子の声が聞こえるのと同時、博士は胸に大きな衝撃を受けた。


「ぐあっ!」


 一子の武装された右腕が、博士の胸に拳を振るった。

 博士はバランスを崩し転ぶ。つんのめった体が弾かれて、背中から床にたたきつけられる。


「指示もないのに走っちゃ駄目、一応は兵器なんだから。今度はやらないようにね。隊長の言うことは、聞くものだよ」

「はい、わかりました……」


 一子はできの悪い弟をなだめるように言い、転んだ博士に手を差し伸べる。

 博士が立ち上がると、トレインの姿に変化が見えた。

 胸の辺りにあった装甲が、破壊されている。更にトレインの胸の部分が、服を無理矢理引っ張って破いたようなぼろになっていた。


「あれ、トレインが破けた?」

「そう、トレインで作られた装甲を壊せば、その場所に対応したトレインが破けちゃうの。もちろん、直接トレインに衝撃を与えれば、もっと簡単に破けちゃうよ」


 博士の露出した胸には銀色の爆弾と肌色の胸が見える。トレインがすべての衝撃を吸収してくれるため、爆弾に傷はない。

 そしてすぐさま、また胸の辺りで緑色の枠線が輝き、先程よりも小さい胸の装甲が体を包んだ。


「自動的に、他の装甲を削って、壊れた部分を修復してくれます。もちろん、その分は防御力が下がっているから、気をつけてね」

「鎧をコーディネイトしてくれるなんて、気が利いてますねこれ」

「ふふっ、そうでしょ。とりあえず、これくらいかな。他の型の手順を学ぶとなると、もう少し時間がかかるかも。でも最初だから、それで頑張ってね」

「教えてくれた一子先生のために、頑張りますよ」

「隊長です」


 一子は形がまる解りの大きな胸を張って、誇らしげに隊長を誇示する。


「後は練習あるのみ、私と模擬戦ね。ハンデとして、私の武装は今の腕だけでいいから」

「やっぱり、実践訓練ですか」

「それが一番だからね」

「でも、隊長の装備は右腕だけでいいんですか?」

「もちろん、ちょっと博士は生意気だから、私が上だって事を見せてあげるんだから」


 一子は悪戯をする子供のみたいに、ふふんと笑う。

 だが、博士が聞いたのは、上やら下やらの問題ではない。

 腕にしか装甲をしていない一子は、下手をすると全身を装甲した博士が体当たりをするだけで、トレインが破けるかもしれないのだ。腰にはホットパンツを着用してはいるが、胸にはトレイン一枚だけ。

 勝てば、相手を裸にも出来る。


「じゃあ、はじめますか」


 博士は言わない。野暮だと思っている。


「俄然勝ちたくなりました」

「うん、やる気があるのは――」


 一子が言い終わるより先に、博士が動いた。予備動作をできる限り隠し、右の拳で不意打ちをかます。

 はずだった。


「やる気があるのはいいけど、痛いのは覚悟してね」


 一子は目が笑っていなかった。一子はいつの間にか、博士の拳に右手を置いて、逆立ちをしている。

 博士が拳を放つ瞬間、一子は拳の横に右手を置いて、鉄棒で体操をするように半回転して衝撃を殺したのだ。


「あの、手加減はしません? 俺理系なんですよ」

「必要なし」


 ぐっと、一子が左手でサムズアップをする。逆立ちをしているので、博士にはサムズダウンに見える。

 博士はすかさず拳を引き、一子が宙に浮いたところへ今度こそと構える。

 が、すでに一子は右手のバネを生かし跳躍。博士は真上にいる一子を一瞬見失った。そして、博士が反応しようと上を向いたところで。


「私、これでも武闘派で、体育会系なの」

「そりゃないっすよ」


 一子の鋼鉄に包まれた手刀が、博士の右肩を引き裂いた。

 博士の姿は、一子の輝く瞳の中で、それはとても情けなく映っていた。


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