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てんらく

 彼こと、山下礼司は人生から転落した。

 線の細い全身に、前髪が少し長め、口は開けると拳骨が入る位大きい。その中に覗く顔はよく言えば気さくな、悪く言えば冗談めいた、そんな顔をしている。

 AI学者の息子として生まれるも、物心着かないころに父がAI犯罪に携わり死亡。母も巻き込まれ行方不明。生まれた頃から両親の顔を実際に見たことがない。

 祖父の家に預けられ、学者の子ゆえか性格は人より少しだけ屁理屈だった。

 そんな山下礼司の少年時代は、あまりいいものではなかった。

 犯罪者の息子と言う汚名が尾を引き、近隣住民からはのけ者にされていた。あからさまではないが、山下礼司は嫌われていた。

 そんな感情は、子供たちにも伝わる。執拗なまでのいじめも数多くあった。もともと屁理屈などという、子供には通用のしないことばかりを口にする彼が気に入らなかったのもあるだろう。

 家にいた祖父も、いじめを助けるどころか、いじめられている彼の弱さを嘆くばかり。

 山下礼司の人生は、言ってしまえば栄光とは程遠いスタートだ。

 でも、そんな彼の人生の中にも、一つだけ輝くものがあった。


「博士」


 博士。

 山下礼司をそう呼ぶ、たったひとつの友がいたのだ。

 彼女の名はレイ。

 博士がいじめられて落ち込んだとき。

 博士がこの世界を嫌になってしまいそうなとき。

 何度も背中を押して、生きる勇気をくれた。

 博士を励ましてくれた存在。


「博士はすごいよ、いつかきっと、立派なAI学者さんになれるよ!」


 レイがいつも、口癖のように博士に言っていた言葉。

 だから博士は、推薦はおろか、入学の見込みすらなかったAI学科であろうと、死に物狂いの勉強をすることで、入学を勝ち取った。

 たとえ親の事情が付いて回るAI学問であっても、誰にもいい顔をされなくとも、博士はレイのために頑張れた。

 そして頑張って学問を学んで、栄光を手に入れて、レイを――



「山下礼司。あなたには現在、AI犯罪に関わった疑いが持たれています」


 壁にあるカメラから声が出る。

 その声は、博士の意識を現実に引き戻した。


「本来ならば重要参考人として日本の警察に引き渡されますが。事情が事情のため、警察による連行が不可能の状態にあります」


 そこは狭い取調室の中だった。立方体の概観に窓のない六面の壁。いたるところにカメラが設置され、中心の椅子に座る博士を、正面のレンズで睨んでいる。


「私たちは日本に送られた情報と統合し、現在アラスカ州にいるあなたに今の状況を連絡させていただきます」

「国際電話で冗談なんて、えらく金がかかりそうなことしますね」


 博士が、生気のない声で冗談を言う。

 数日前から着替えていないAI学科の制服を着て、博士は椅子に猫背になりながら座っていた。


「数日前まで日本でAI学科を講習していたあなたが、何故アラスカ州の最前線に囚われていたのかはわかっておりません。私達としては、まだ検討の余地があると、考えております」


 カメラの向こうから聞こえる声は、冗談に反応することなく説明を続ける。


「未確認金属生命体チェストの動向は未だに解りかね、その彼等に直接関わったあなたは、罪状が後手に回るほど危険な存在です。今後、追ってあなたの処分を決定させていただきます」


 未確認金属生命体チェスト。それは今の時代には知らぬものがいないほど有名な生き物だ。


 AIの研究が一定の水量まで確立し、人が石油に変わる新しいエネルギーを見つけた、二十一世紀後半の、今の時代。

 何の前触れもなくチェストは現れた。どこから来たのかも解らない。宇宙から、深海からとも言われ、どの動物にも分類できないその生命体は、人類に十分な衝撃を与えた。生物学に無関心だった誰もが、無視せざるを得なかった。

 チェストは、人間を襲うのだ。

 食物連鎖の関係もない、ただ無意味に人の数を減らす、金属で出来た生命体。種類も多種多様で、空を飛ぶものもいれば海に潜むものもいる。そのどれもが、人を殺すためだけに活動をしているのだ。

 絶対数は、把握しているだけでも人間の三倍はいるという。

 この圧倒的な数の人類の敵は、発見からおよそ四十年足らずで、人類の総数を三十億人まで減らしてしまった。


「つい先日まで、あなたはチェストに捕虜として囚われていました。そう言った意味では、あなたはチェストに殺された死体よりずっと不可解で、危険です」

「どういうことだよ、俺が危険? まだ道端に落ちたバナナのほうがあんたに危害を加えると思うね」


 博士が、引きつった笑顔を見せて言う。

 カメラは博士の声が聞こえていないみたいに、まったく反応をしない。


「俺がAI学科の入学式に参加中、そこにチェストが侵略してきたのは知ってる。俺は何も出来なかった。気づいたときにはアラスカ州だかなんだかわからない場所に軟禁されて、助けられて、今だって状況が掴みきれていない。そんな俺が、危険だって?」

「山下礼司、あなたの胸部をご覧ください」

「……自分の胸を眺めても楽しくないんだけど」


 博士はそう言いながら、上着を脱いで左胸を見た。

 左胸を突き破り、人間ではありえない銀色の金属が飛び出していた。


「まれに、あなたのようにチェストに囚われても、死体にならず生きて帰る人間います。そのすべてに例外なく、心臓表面と繋がった爆弾が埋め込まれています」

「爆弾……」


 博士が胸にある円形の爆弾に触れた。


「……冷たい」

「その爆弾の発動条件は、囚われていたチェストの軍勢から一定の距離をとってしまうこと。今のあなたは、戦場にいないと死にます」


 事務的に事実を告げるカメラの声が、段々と博士の耳に届いていく。

 博士はそれを聞きながら、苛立ちを募らせ、右手を少しずつ握り締めていた。


「ですので、現状は待機を取らざるを得ません。あなたがもし生き残ることがあれば、今いるアラスカ州から日本に送還し、この罪状に目を向けることとなります」


 機械的なカメラの声は、ただ事実を告げる。

 その内容はほぼ、死の危機に瀕した博士を放置するものだった。


「……ふざけるなよ」


 博士は初めて明確な苛立ちを篭めて、口を開いた。


「AI犯罪って何だよ、俺は何もしていない」

「報告書によればAIを誤認識させたサイバーテロ。日本にある株情報を不正に利用」

「俺はやってない! 大体何だお前らは。俺がせっかく手に入れた学歴も、命からがら帰ってきたことも祝わずに、俺を頭ごなしに犯罪者と決め付けやがって。終いには何だ、爆弾が埋められている? なんだよそれ! 俺はこれからAIを学んで、夢を叶えるんだよ!」


 博士は吐き出すように叫んだ。

 カメラは数秒の沈黙を守ったあとに、ゆっくりと告げた。


「たとえ、あなたの罪が無実のものであっても、その爆弾が奇跡的に取り除かれたとしても、あなたが理想する学園生活を送るのは不可能だと思われます」

「……どういうことだ?」

「AI学は三日前、完成した知能を主張し、人権を求めるAI自身によって、AI学そのものを廃止することとなりました」


 博士はその言葉にめまいを覚える。頭を金槌で打たれたような衝撃から、椅子からフラフラと床へ落ちていった。



 博士が次に気を取り戻したのは、取調室の扉が開かれて、カメラから音が聞こえなくなった時だった。

 あれからカメラは、博士が返事をしないことをいいことに、そのまますべての報告を伝えきり通信をおわりにした。

 博士は今、先程以上に項垂れ、うつむくように椅子に座り込んでいた。


「こんにちは~」


 そんな中、扉の近くから女の子の声がした。

 声は更に足音を作り、下を向いていた博士の視界に、すらりとした足元を写した。

 博士が、顔を上げる。


「……あんたは?」

「むっ、礼儀がなってないよ。名乗りを上げるなら、まず年下から……って、それどころじゃないよね。私の名前は矢神一子。一子隊長って呼んでね」

「一子……隊長?」

「うん、よろしい」


 一子隊長と名乗る人物が、嬉しそうに頷く。博士と目が合うと、優しくにこりと笑った。

 黒髪の鮮やかなストレートヘアーを首の後ろでまとめ、大きな瞳はくりくりで、見ていると吸い込まれそうなほど。すらりとした細身の体系なのに、微塵も脆弱さを感じない。むしろ暖かく、子供の持つ太陽のような活力を人に印象づけていた。

 黒を基調とした軍指定の服に、ふちに紫色の縦線が入れられた制服を身に纏っている。


「年は君よりも上、譲歩するのは隊長の勤めです」

「……年上には、見えませんね」

「褒めなくても結構! 私は隊長でお姉さんです」


 博士のひねくれた言葉に、一子隊長は真っ向から受け止める。


「ははっ……」


 博士が力なく笑う。

 すると一子は、その笑顔を倍返しするように笑い返す。今の博士には、太陽のように眩しい笑顔だった。


「元気はないけど、健康でよろしい」


 一子はそう言うと、細く滑らかな親指をぐっと立てた。


「なんですか、それ?」

「サムズアップ、知らない? 元気が出るポーズ」

「サムズアップは知っていますが……」

「うんうん、博士といっても、やっぱりまだまだだね」

「……博士?」


 博士が、怪訝な顔をする。

 一子の言う博士とは、山下礼司のことだ。

 ただそのあだ名は、レイとの間だけで使われた呼び名なのだ。

 一子は博士の疑問に気づいた。一度目をぱちくりさせてから、納得したように桜色の唇に指を当てた。


「あ、ごめんね。山下礼司君の身元がわかるまで、私達が勝手につけていたあだ名なの。囚われたあなたを最初に助けた子が、そう呼んでいたんだよ」

「……そんなに、知的に見えましたかね」


 博士の表情が、少しだけ和らぐ。

 一子の笑顔に釣られるように、博士の顔に生気が戻ってきた。


「すみません。自己紹介が遅れました。俺は山下礼司といいます。子供の頃に博士って呼ばれていて、ちょっとだけ懐かしい気分になりました。今は無実の罪で色々とややこしくなっていますが、よろしく」

「無実かどうかは私にはわからないけど、よろしく」


 博士と一子が握手を交わす。

 一子は繋いだ手を何度も振り回した。


「で、その隊長が何のご用ですか?」


 博士が聞く。


「あ、そうだった。じゃあ、案内しながら話そうね」


 一子は取調室入口の横に立ち、博士を外へ促す。

 博士は重い腰を上げて、取調室を出た。


「軍基地を散歩……めったにない機会ですね」

「冗談が好きだねぇ博士」


 一子が、柔らかい口調で言った。


「皮肉に気づいていたんですか」

「その程度の言葉、隊長なら流すのも当然です」


 一子は胸を張って、得意げな表情になる。

 ドアを出た先には、先の見えない廊下に、右方向に時々どんな部屋なのかわからないドアがいくつも並んでいる。左の窓からは、太陽の光と、視界を遮るほど大きな木々の生い茂った森が見える。

 軍基地の内装というよりむしろ、学校のような場所だった。


「アラスカ州の前線基地。市街地が近くにありながらも人工森に囲まれ、高低差も大きく、外敵から身を守るのには最適。建設からまだ四年ほどですが、一度もチェストからの進入を許したことがありません」


 一子は歩きながら、博士にこの場所について説明をする。


「それだけじゃありません。ここにしかない、この基地特有の軍務体制があります」

「軍務なんていわれても、俺は軍なんてほとんど知りませんよ」

「うん、でも博士でも珍しがれる体制なの。なんと、この基地の軍人はみんな女性です」


 一子が自慢げに言うと、その言葉に博士が眉をひそめる。


「……なぜ?」

「軍管理AIが、女性兵の効率的な育成を求めた形態の完成型って言うけど、実態を私達はよく解ってないかな。男子禁制というわけでもないし、色々な国の子がいるのも特徴」

「よく解らないって……というより、ここにAIがあるんですか!」

「あれ、知らない? 今の軍隊はほとんどAIで管理されているよ」

「聞いたことはありますが、気になります」

「ふふっ、なら今度、博士がAIと会えないか聞いてみるね」


 一子が鈴を転がすように笑い、先へ進む。


「あ、でもちょっと前にAIの大きな不具合があって、今はちょっと無理かも」

「不具合? AIが?」


 博士が首をかしげる。先程完成された知能と唄っておきながら、こんな事態に発展するAIに対して。


「初めてだったかな、AIが機械なんだなぁって思ったの。一世紀前のポンコツラジオみたいなことになってたんだよ」


 一子が言うが、博士にはポンコツラジオが何なのか良く解らなかった。

 それ以前に、会話をしていても博士の目は落ち着きが無かった。

 よくよく見れば、すれ違う人は皆女性ばかりだったのだ。すれ違うたび、一子が立ち止まり挨拶等をしているが、博士には何を言っているのかわからなかった。

 話し声は、英語だったのだ。

 女性は時折博士を見て笑い、内容にもハカセやボムという単語が何度か出てくる。一子は済ました顔で対応しているが、博士は落ち着かなかった。

 知らない国に来て、知らない単語で話しかける彼女たちが、博士には別の生物に見えて仕方なかった。


「お待たせ。博士、行きましょ」

「あの、隊長」

「なにかな?」

「さっきの人たちは、何の話を?」

「博士には言わないほうがいいと思うよ」

「じゃあ、聞きません」

「よろしい」


 そしてまた、一子は知らない場所へすたすたと歩いていく。

 言わない方がいい。犯罪者である博士の話など、ろくなものでない。


「うん、到着っ」


 ひとつのドアの前で一子は立ち止まった。


「どこに着いたんですか?」

「訓練場。さっき自己紹介したけれど、私は軍の小隊長をやっていて、これから博士のお世話をする部隊の隊長」


 一子が身を翻し、博士に向き直る。


「お世話?」

「うん。これから、博士はこの軍基地に在留することとなります。そうすると、食費をどうやって稼ぐでしょう?」

「えっと、金取るんですか。ルームサービスでもすればいいんですかね」


 博士の言葉に、一子は首を振る。一子の長い髪が揺れて、花の香りが博士の鼻腔をくすぐった。


「残念だけど、ここは女性専用の基地なの。部屋の雑用なんてされたら軍隊の指揮に関わるかもね。軍隊なら、戦闘で稼がないといけないんだよ」

「……もしかして、戦えと?」


 突拍子もない言い分に、博士が眉をひそめる。


「あたり。普通はね、ちゃんとした訓練を半年やってから、実践テストを合格しないと入れないの。博士は特例。あなたは、数日のトレーニングをして、すぐ働いてもらいます」

「無理です。俺、戦いなんてじゃんけん位しかルール知りません」

「じゃあ、ここで食べずに暮らしていく?」

「基地を出れないんですか?」

「んー普通なら可能かもしれないけど、博士は犯罪者だから。それに、博士は胸に爆弾があるでしょ、ここから離れたら死んじゃうよ」


 一子が綺麗な人差し指を顎に当てながら言う。

 博士は、何度も考え込んでから、小さな声で答えた。


「選択の余地は……ないんですか?」

「博士がお金をもっているか、その爆弾が解析できれば可能かな。チェストの作った爆弾は一度も解除された記録がないの。方法も、博士自身がチェストに接触して見つけるしかないよ」

「ふざけてる」


 博士が吐き捨てるように言う。


「ふざけてはいるけど、それくらいしか方法がないのは解った」


 そして、自分で言ったことを修正する。

 チェストに接触して、爆弾を解除する。

 荒唐無稽なことに聞こえるが、それしかないのだと博士は納得してしまう。チェストの研究すらまともにできない現代に、博士が生き残る可能性があるとしたら、接触にかけるしかないのだ。


「その爆弾は時限式じゃないけれど、博士を捕らえたチェストがいなくなるかもしれない、どこか別の場所に離れてしまうかもしれない」

「タイムリミットそのものは、あるってことですか」

「ただ、爆弾のおかげといっていいのか解らないけど、規則で戦闘参加はいつでも可能なの」


 一子の言葉に、博士は気づく。

 結局のところ、この決まりを作った人間は爆弾を持った博士が助かるとは思っていない。どうせなら、敵の中心で爆発して死ねばいいというくらいにしか考えていないのだ。


「犯罪者の、都合のいい片付け方ですね」

「それは博士の考え方によるかも」

「……それもそうですね」


 博士は言った。そして選択の余地がまったくないことを、悟った。


「わかりました。せめて数日間の特訓だけでも、させていただきます」

「うん、ごめんね」


 一子が申し訳なさそうに、首をかしげた。

 理屈で物を考える博士ならではの、即決だった。


「私はもう少し、反対されると思った」

「そうですか?」

「前にも、博士みたいに爆弾を抱えた人が来たことがあるの。その人はお金をもっていたから戦闘しろとまでは言われなかったけど、取り乱してこの基地から逃げて、死んじゃった。チェストの近くにいてられないって」


 一子は、博士に背中を見せ訓練場のドアに向き直った。

 博士は一子の背中を見ながら、会話を続けた。


「そりゃ、相当怖い思いをしたんでしょうね」

「博士はどうなの?」

「戦闘をやりたくない気持ちはあります。でもやっぱり、反対してもどうしようもない気がしますから。それに、不幸はさっき取調室で全部吐き出して、もう胃の中には何も残っちゃいませんよ」


 博士の淡々とした物言いは、まるで他人の話をしているようだった。

 肩をすくめて博士は笑う。理屈では仕方ないから、納得するしかない。


「私が言うのも失礼だけど……それでいいのかな」


 一子は振り返らずに言った。神妙な顔を、博士に見せたくなかったようだ。


「嫌いですか?」

「ううん、いいと思うけど、なんだろうね……うん! 博士が前向きなら、それなりに段取りを組んだトレーニングができるね! 今はそれくらいでいいかな」


 一子は瞼を強く綴じ、すぐ笑顔に戻る。


「隊長たるもの、切り替えは早くないとね」

「逆に聞きますけど、俺が一子隊長の部隊に入っても、邪魔になりませんか?」

「ううん、大丈夫。私達は、そういう気遣いとかしないから」

「……それって、俺に構わず戦うって意味ですか?」

「そうだね」


 一子の笑顔が、博士の中で突き刺さる棘に変わった。


「残酷なようだけれど、生き残ることだけは自分でやって。頼られても困るの」

「はは、好感度下がった気がします」


 博士の顔に、苦笑いが浮かぶ。


「なんとなく、さっき話した人が逃げたがるのも解ります」

「私もわかるよ……でも、それでも、私達は戦わないといけない」


 一子が言った。

 戦わなければ、人類は生き残れない。誰かがやらねばならないのだ。


「私はそのために、何からも逃げないためにここにいる。他国との共同戦線を確立するために、私達はここに連れて来られたから」

「俺には……そこまで出来ません」


 博士には理屈から、一子の考えは理解できなかった。

 少なくとも、博士は自身とレイ以外のために動くことなど、ありえない。


「うん、それでいいと思うよ。でも、今回は仕方ないから、特訓ね」

「あんまり痛くしないでください。注射で気絶できるくらいか弱いんです」


 一子が、訓練場のドアを開く。

 博士にとって訓練場の扉は、棺桶の蓋にも見えた。

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