おん
ちょっと文章少な目
博士とミツホ、二人の声が重なる。三枚の羽が音を割り、青空を貫く。
ただこれでも、すべての敵を吹き飛ばして、レイのもとには辿り着けない。貫く力が足りない。
敵は眼前、もう後戻りは出来ない。
その時だった。
目の前を、白い光が差し込んだ。
熱を帯び、集まっていたチェストを蒸発させる。
「ふたば!」
博士が反射的に、光指す方へ叫ぶ。
見えなくとも、通信が届かなくとも、この場所、この状況で熱線を二人のためにはなってくれる人間は一人だ。
「博士! 熱くても我慢しろ!」
ミツホはそのまま、スピードを緩めず、むしろ意気揚々と空を貫く。
熱線が、今度は自分を巻き込む形で放たれる。
「おい、もしかして……!」
直撃した。
ミツホは三枚目の羽を射出方向へ向けて盾にし、直撃だけを避ける。余波が体を焼き、汗が蒸発する。
「ミツホ! おい大丈夫か!」
博士はヘルメット越しに、ミツホに声を掛けた。
だが、防風障壁しかないミツホは、目をきつく閉じ、口も開けられない。
ただそれでも、前に進む意思を頼りに、止まることが無い。
「……ミツホ、このままでいい! 方向を変えずに突っ飛べ!」
その意思を尊重するように、博士は言った。
少しでも和らげようと、武装した二の腕でミツホの顔に抱きつく。
溶けかけたチェストが、ミツホと博士の装甲に張り付く。
いつ終わるとも知れない溶解の海に、まるで何時間も使ったような錯覚を覚える。負けまいと、必死になって意識をつなぎとめていた。
灼熱の世界を、二人が抜けた。
「よし!」
博士が声を張る。
あれだけ大量にいたチェストを、通り抜けたのだ。
「……あちぃ」
ミツホが、渇いた声で反応した。
熱線を抜けたと単に、ミツホのチェストは糸が切れたように全身くまなく破けていく。装甲はほぼ全壊、飛行機能だけ残して、三枚目の羽も溶解して砕けた。
残るは、大二十三棟に張り付いた少しのチェスト群だけだ。
薄いチェストの層を切り開けば、到着できる。
だが――
「いくぞ! 博士!」
ミツホは、残り少ない装甲をぶつけながら、チェストをなぎ倒していく。
博士も、持てる機能のすべてを尽くして、ミツホを守りながらチェストに殴りかかる。
だが、足りない。
元々チェストに対抗できる戦闘力の無い博士に、装甲と羽だけ残ったミツホでは、あと少しの壁を突破できない。
「あと、あと少しなんだ! 早くしないと敵が集まっちまう!」
博士はもがき、慟哭する。
「畜生!」
ミツホが、血を吐くように喉から悪態を放つ。
二人では、足りない。
その瞬間、背後から、何かが竜巻となって飛び込んできた。
「な、なんだ!」
博士が呻く。
それはチェストごと第二十二棟の壁に刺さり、鈍く渇いた波紋を広げる。
「これは……隊長の」
それは一子が主に使用していた、あの大斧だった。柄が半分に割れている。
「でも、どこから……」
博士は、向かってきた空を見返す。
地上から一子が助けに来ることは不可能だ。なら、何故この大斧だけここに飛んで来られたのか。
「もしかして、投げてきたってことか」
博士が言うと、
「関係ねぇよ」
ミツホが、行動にでる。
「あたしもいいかげん、隊長に恩つけっぱなしだ」
ミツホは、壁に刺さった大斧を、両手で引き抜いた。
まだ大斧は分解されない、主の下を離れても、まだ戦い続けている。
「うらぁああああっ!」
ミツホは全身ごと、その大斧を振り回した。
動きに気付いた博士は、とっさに空中へ飛び退く。
竜巻とまではいかずとも、一撃は辺り一体を吹き飛ばすだけの渦を作った。
「お、俺じゃなかったら巻き込まれてたぞ!」
「博士だから巻き込まれない!」
ミツホが更に追撃をかける。その姿はもう、大斧を振り回すというよりも、振り回されている。
「み、ミツホ、それじゃあお前も危ないぞ!」
「敵に当りゃあでかい!」
ミツホが、確信めいた声をあげる。
ただ確信は少なくとも、この現状を突破できる力を誇示している。
隙を突いたチェストが、チャンスを掴んで突撃してくる。
「……しょうがないか」
博士が、そのチェストを撃墜して、チェストの学習を妨げる。
「じゃあ、息が続くまで暴れろ! 俺が息切れしてでもお前を引っ張ってやる! お前についていく!」
「あたしだって、息切れなんかじゃ止まらない!」
ミツホが世界を広げ、博士が道を開く。
「うぉりゃぁあああっ!」
ミツホの大斧が、とうとう第二十三棟の窓ガラスに亀裂を入れる。
伝わった振動が体を抜けて辺りに広がり、起点からガラスが割れていく。
「いける!」
ミツホが、我が意を得たと笑う。
しかし、危機を察したチェストが、最後の雄叫びを上げた。
別方向から襲来するチェストが、集結しつつあった。チェストは二人の無力化を後回しに、玉砕覚悟で雨となって降り注いだ。
その姿は、壁となって二人を押しつぶす銀色の空に成り代わる。
「み、ミツホ! とにかく逃げるぞ!」
博士が、状況の打開策を模索するが、何も思いつかない。
と、ふいに博士の体がふわりと浮き上がった。
「え」
落ちてくる敵と、浮遊感。極限にまで集中した博士の感覚は、時間を何倍にも延ばした。
上に気を取られた隙に、ミツホが博士を落としたことに気付く。
ミツホの強化武装された足が、博士を蹴飛ばした。
博士は、その拍子に第二十三棟の窓にぶち込まれる。
窓の外で、銀色の土砂降りがおきた。
「み、ミツホ!」
『うるせぇ』
通信機に返事があった。
滝のような唸りが木霊する中で、その声は博士の耳に届いた。
「い、生きてるのか!」
『当たり前だろ、それより早く行け』
窓へ入るチェストはいない。津波が大群過ぎたのか、誰も流れに逆らって入れないのだろう。
だがそのせいで、窓の外からミツホを確認できない。
「大丈夫なのか!」
『そんなこともわかんねぇのか、おまえ馬鹿だな』
ミツホの言葉はどこかか細い。
博士は、拳を強く握り締めて、飛び出すように走り出した。
『とりあえず、ムカつくからAI殴ってこい、馬鹿博士が』
「……まだ死ぬなよ! すぐ終わらせる!」
『お前が生き残ったんだ、絶対に勝てよ』
ミツホの渇いた笑い声が、何度も通信機に響いた。