りくつ
博士は、傍らで待つ三人に歩み寄った。
「三人とも、お願いだ。俺と一緒に、脱出してくれ」
博士とレイの会話を黙って聞いていた三人がら、緊張が解かれる。
「図々しいとは思う。それでも――」
「うっせぇんだよ。あたしはそんなのどうでもいい」
博士の頭を叩いて、ミツホは真っ先に口を開いた。
「最初から、死ぬつもりも死なせるつもりもねぇんだよ。こっちくんなら付いてこい」
「うん、脱出するなら、一人多いほうがいいかもね。隊長としては、チームワークが乱れなくて良かったです」
「うれしい」
一子が、ミツホと博士の間に入って、サムズアップをかます。
ふたばが、三人の目の届くところで、小さく微笑む。
『今のワタシに、進化の停滞が認められたこの基地内で、あなた達全員を生かすという思想の矛盾は、受け入れることが出来ませんでした』
一人になったレイが、告げる。
『準備してください。ワタシはあなた達を今までどおり選定します。準備が出来次第、あなた自身の手で扉を開けてください。ワタシは、導きましょう』
レイの声が、抑揚の無いAIの声に帰っていた。
「あたしはいつでもOKだ」
「そりゃお前だけだろ! ちゃんと考えてからだ!」
「ったく、博士はノリってのがわかんねぇのか?」
「ちょっとは感情を抑えろ!」
博士が、慌てた心をそのままミツホに向ける。
モニターには、真っ赤になった基地の内部が移る。どこから逃げるにも、今ある兵力では道を開けることが出来るかもわからない。
脱出は、絶望的だ。
それでも博士は、何かを模索するように、はっきりとした目的を持ってマップを見ていた。
脱出口ではなく、この基地の内部そのものを探っている。
「……隊長」
「うん、脱出は無理だね、体力がもたないかな。でも、AIのいる場所も、結構難しいと思うな」
「でも、それしかない。レイを、停止させます。そうすれば、辺りのチェストが止まる」
「……」
一子が、ゆっくりと地図に指を当てた。
東口から屋外訓練場へ、更に二つの宿舎と通り過ぎ、第二十三棟と書かれた喧騒物の、三階中心を指差す。
博士はその辺りにいる赤色を眺めて、冷や汗をかく。
「訓練場の外には大量のチェストがいるな。かなり遠回りになるけど、北口を回って、建物の中から」
「無理だよ。あの数を相手取れるとは思えません。それに、今は方向が定まってないからいいけど、移動が手間取ればすぐに集まって――」
「のーぺいん」
ふたばが、壁にあったスイッチを押す。すると壁がスライドして、クローゼットにしまわれた大量のトレインが現れる。
「ここなら、弾切れしない」
「……いいの?」
「うん」
ふたばが、勝手に東口のドアを開いた。
「お、おい待て! まだ作戦は――」
「決まったよ、すぐに行動しないと、AIに聞かれてるんだからね」
「ゲットレイン」
開いた扉から光が漏れ、その光を集めるようにひしめくチェストの群れ。
その群れ相手に、ふたばは躊躇なく実弾を放った。
一撃を打っただけでトレインの半分がびりびりに裂け、弾が放物線を描いて飛んだ。
「博士、私に乗って! ミツホちゃんはうしろ!」
屋外訓練場の中心に着弾。防風を巻き起こしてチェストをかき回す。
慌てて博士はバイク状態の一子の上に乗る。
ミツホは先程と同じ、バイクを押すように後ろに構えて、
「突撃!」
一子が合図する。
反射的にミツホが羽に火をつけ、バイクを外へ押し出した。
「ま、まってくれ、ふたばがまだ乗ってないぞ!」
「ふたばちゃんは、あの場所から私達を砲撃で援護してもらいます。外のルートを取ったのはふたばちゃんが私達を見失わないめ。開いたドアからの侵入を防げれば、ふたばちゃん自身も守れます」
「でもそれだと、侵入されたら終わりだ」
バイクは拡散した敵の陣形に突っ込んで、幾つかの塊をこじ開けながら進んでいく。
『のーぺいん』
バイクで颯爽とする中、ふたばからの通話が聞こえた。
「そんなこと言ってる場合じゃないだろ!」
『これが、最良』
度重なる衝突により、前面がたちまち傷つくが、そんなのお構い無しに加速する。
『身動きの取れないわたしは、これでいい』
上空にふたばからの援護射撃が狼煙を上げる。銃撃型のチェストに迎撃を受け破裂すると、その中から無数の楔が地上に降りそそぐ。
「でも――」
「あたしたちはもう進んじまったんだ! うだうだ言ってないで前と、上見ろ!」
ミツホの叫びが、博士を今に押し戻す。
楔の雨を掻い潜るも、無傷ではいられない。幾つかが一子のバイクを掠め、ミツホの羽を削り取る。
直撃する楔は、博士がとっさに拳で弾く。
「ふたばちゃんがいるから、私は前に進める。ミツホちゃんがいるから、私は押し通る。博士がいるから、前だけを見る。みんな、必要なことを頑張ってる」
一子の祈る声が、博士の耳に届く。
間髪入れずに、追尾するミサイルが幾つも飛んでいく。パターンの違う砲撃に対して、チェストは攻めあぐねていた。
『みんな――』
ふたばは、言う。
『銃は、必要?』
「……助かる!」
「ふたばちゃん、ありがとうね!」
「死ぬんじゃね……死なないでください!」
一子のトレインは止まらない。地面をえぐり、木々を蹂躙しながら、レイの本体がいる第二十三棟へ一直線に向かう。
が、
「み、右に旋回だ!」
博士が咄嗟に指示を出す。
正面には、ふたばの砲撃でも裁ききれない数のチェストが集結しつつあった。
「どうなってやがんだ!」
「たぶん、地形的にチェストが集結しやすいんだと思う!」
「どうすりゃいいんだよ!」
ミツホは叫びながら、左翼を爆発的に高めて、右へ過重を与える。一子はそれに逆らうことなく、そのまま右へ逃げていく。
「おい博士! あそこから離れてるぞ!」
「わかって……一子さん?」
「隊長だよ」
仮面越しに、一子の声を聞く。
バイク形態の一子は、こちらに振り返らない。振り返ること無く、目標を一つに定めて、愚直に走り抜ける。
「いい作戦でしょ?」
「隊長……いいんですか?」
博士は、一度息を飲んでから、一子に聞いた。
「大丈夫」
トレインを動かす手の親指が、真上を向いた。
「おい、どうするんだ!」
「しょうがなくない……ないけど、このままだ!」
もどかしいまま、博士はミツホの叫びを止めずに、叫び返す。
「しょうがなくないじゃねぇ! このままじゃ――」
ミツホの叫びを、煽る。
できるだけ、悟られないように。
ふたばの射撃が、また上空へ見せ付けるように打ち上げられて、
「まだ右!」
「おい!」
「右だって言ってんだよミツホ!」
向かって右側から、銃撃型の一斉射撃が降り注ぐ。
「いた……」
一子が、呟く。
言葉を聞いて、博士はすぐさま一子の体から飛び降りて、
「トランス!」
一子が、たった一度の可変機構を発動する。
「な、隊長! ここで変形したら――」
「やぁあああっ!」
変形の終えたトレインの大斧が、大地から怒号を搾り出す。
抉り取られた大地が、正面にいた大量のチェストを怯ませた。破壊は出来なくとも、土煙の津波が敵を踏み倒した。
「飛べ! ミツホ!」
「しがみつくな!」
「いいから飛べぇえええええっ!」
ミツホに飛び移った博士が、叫ぶ。
状況が把握できなくとも、ミツホは動いた。昇ったばかりの太陽に追いつかんと爆音を噴かす。
「とんっ……でぇえええ!」
その後ろで一子が、大斧の横っ腹でフルスイングをした。
とっさに、ミツホが足裏を合わせて、一子の大斧をジャンプ台にして、一気に大空へ捻りこむ。
ミツホの両足装甲が爆ぜる。ジェット噴射が飛行機雲を描き、空を間一門に切り裂いた。
「おい博士、銃撃型が来るぞ!」
だがすぐに、真下に見えた銃撃型が目を光らせる。
「どうすんだ!」
「大丈夫だ!」
同じく真下にいた一子が、敵の眼光を捻り潰す。
『隊長がいることを、忘れないでほしいな』
もうほとんど見えなくなった地上から、一子の通信が聞こえる。
「隊長!」
『銃撃型は隊列を組むからね、集合したのを叩くから、ミツホちゃんは思いっきり飛んでね、隊長から大空のプレゼント、なんてね』
一子は、銃撃型を撃破するため、一人地上に残った。
『私はちょっと重いから、ミツホちゃんには乗れないかな』
「おい博士! 隊長が孤立――」
『私は大丈夫。博士がなんとかするまで、ここで暴れますから』
一子は、お使いを頼まれた程度の気楽さで敵地孤立を受け入れる。
『だから、ちゃっちゃと片付けてね。AIとはどんな関係なのかなんて、隊長だから野暮なことは聞きません。私、一子としては、関係を持つなら人間とにして欲しいかな』
「……善処します」
『うん、あとで教育的指導だね』
通信機越しに、一子の笑う顔が想い浮かぶ。
博士は、仮面の中で歯を食いしばり、AIの本体、第二十三棟、三階中心を睨みつける。
「隊長、あたしは前を見る。でも、二人にだって死んででほしくないんだぞ」
『なら、飛べるミツホちゃんが、頑張らないとね。期待してるよ』
一子の声に、ノイズが走る。チェストの軍勢が彼女を囲い込んでいるのかもしれない。
それでも一子は、本当に気楽な口調で、鼻歌を歌ってみせる。
『さて、生き残りますか』
「隊長、あたしも頑張って生き残ります!」
「俺だって、生き残るのは、全面的に賛成だ!」
ミツホはその言葉を皮切りに、ただ前へ飛翔する。
「博士、あたしはもう関係無しに飛ぶ! 落ちるなよ!」
「ああ、だったらお前も落とすなよ!」
「当たり前だ! あたしを誰だと思ってる!」
互いに、気休めの軽口で、緊張をほぐそうとする。
しかし、すぐに敵の攻勢がこちらに対応してくる。飛行型の群れが、蜂の大群のように空を金属の粒で埋め尽くしていた。
「どけぇえええ! あたしはそこを通るんだよ!」
チェストの津波が、押し寄せる。
ミツホはきりもみ状に降下して、大群からの直撃を避けると同時に、一定のチェストを回転に巻き込む。
博士は、振り落とされまいと無我夢中でミツホ自身にしがみつく。
「つかまれぇえええっ!」
ミツホが紅い目を見開いて叫ぶ。三つの爆発で無理矢理体性を戻し、木々の上を匍匐飛行する。
向かう先は、レイのいる場所。
博士をGで殺さんばかりの乱暴な飛行だった。そうでないと、この大空から蹴落とされる。
間髪入れず、チェストは追尾する。金属のこすれる音と、風を切る疾走が、空気に波紋を起こす。
「なっ、まだ増える!」
正面から、もう一群チェストが現れた。
ミツホは体を反らして大きく上昇、厚い雲の中へ飛び込んでいく。
「おいミツホ、雲に入ったぞ!」
「わかってる! 見えないのはチェストも一緒だ!」
ミツホと博士は、相手の居場所がわからない。チェストはどういった感覚器官を遣っているのか解っていないが、煙幕が効く。
この速さでは、どちらが上かも、どこに行けばいいのかも解らなくなる。
それでもミツホは、ただ愚直に進む。
「ミツホ! 振りぬけるか!」
「わかんねぇ! でも、あたしを信じろ!」
根拠の無い自信をミツホは掲げて、ただ博士に信じろを言う。
理屈で考えれば、到底任せることの出来ない状況だ。
「わかった、信じる! お前の勘、ミツホ自身を!」
でも博士は、そんな理屈で計れない何かが、彼女にあることを知っている。
雲を抜ける。
そこは、レイのいる場所の真上。
「よっしゃ!」
「ミツホ! 右後ろだ! それに、真下にも!」
安心したのもつかの間、敵が第二十三棟に張り付いたまま待ち構えるのが見えた。
敵は、こちらの目的をわかっている。だから無理に追わず、待ち伏せしていたのだ。
「振り切るぞ博士! 正面突破だ!」
ミツホが、とうとう痺れを切らした。逃げることをやめて、突っ込むつもりだ。
博士は、どうするべきか悩んだ。
「なあ、ミツホ、聞いていいか?」
ここで退避すれば、まだ敵から逃げられる。
「なんだ!」
でも、敵はもう、第二十三棟から離れない。
「ミツホは、なんでチェストと戦っているんだ?」
そんな時なのに、そんな時だからこそ、ミツホに聞いてみたくなった。
「あのな博士……チェストに襲われたたら人生終わり、そんなの納得できるか?」
「……それだけ?」
「博士は違うのか?」
ミツホの、呆けた問い。
「ぷっ!」
思わず、博士は噴き出してしまった。
「なんだよ!」
「いや、そうだな。俺もそうだ」
博士は、ミツホの顔と、遥か真下にいるレイを同時に見る。
「誰だって、死にたくは無いよな。これだけは理屈こねられないわ」
死にたくない。そんな単純な答えで、すべて論破されたことに、博士は笑った。
「一緒に飛ぶか……突撃だ!」
「あたしに命令するな!」
一瞬だけ浮遊感を体に受ける。
ふわりと浮いた体を、三つの羽が叩き落した。
二人は、障壁越しの風を切り、雲に円状の穴を開ける。
チェストの群れが、第二十三棟を蜂の巣に変える。あぶれたチェストは上方に固まり、銀色の雲を作り出した。
「「どけぇええええ!」」