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はかせ

 爆音と共に、部屋の壁が抜ける。大量の赤い目玉が硝煙の中で鈍く光る。既に武装していた名も知らない兵たちは、真っ先に部屋から出て行った。

 博士はミツホに腕を引っ張られて、右壁にまで寄りかかる。ミツホは咳き込み、紅い髪が埃にまみれている。


「て、敵が!」

「のーぺいん」


 ふたばがいち早く動いた。プロペラが回るような駆動音と共に、小刻みな爆音と、鋼鉄同士が擦れる音が響いた。

 煙が払われれば、中心に巨大な大砲を掲げたふたばがいた。以前と変わらない、銃の輪郭。以前とは違う、先端部分の膜翅目から小さな弾丸を吐き出している。


「室内用」


 ふたばが自分のトレインの銃口を右にずらす。大砲は重く擦れるような音を鳴らして、支えになっている三脚が、地面に食い込んでクレーターを作った。

 チェストはふたばの攻撃に前倒しされたが、すぐ後ろにいたチェストが、ふたばに向かって迫る。


「ゲットレイン!」


 だがそれも、一子の掛声に先を越される。


「ふたばちゃん、ナイス!」


 緑色の曲線に囲まれながら、一子はふたばにウインクをする。

 前かがみに飛び上がり、出来上がった大型二輪のトレインが急加速を始めた。タイヤが擦れ、ゴムの匂いを吐き出しながら、戦車以上の馬力で倒れたトレインを踏み潰す。チェストの第二陣は、スピンをしてUターンすると、何体かがすぐに倒れる。


「うん、敵のタイプが二足歩行で助かったね」

「博士、乗れ!」

「あえ! あわわわ!」


 ミツホが紅い髪をなびかせる所を見てから、すぐさま博士も一子のトレインにのしかかる。

 一子はそのまま、またエンジンを大きく轟かせて、ふたばのトレインに突撃をかける。ふたばは突撃の瞬間に両足で大きくジャンプ。そのまま衝突したふたばのトレインは、一子のトレインに無理矢理押し出されて教室を出た。


「このまま引きずっていくね!」


 破片を飛ばし、床を引きずる騒音を道連れに、狭い廊下で壁を擦りながら疾走する。


「私のトレインは変形しちゃうと移動がほとんど出来ないから、このまま中央に逃げることを優先します。異論はありますか?」

「あたしは大丈夫」

「隊長は素敵です」

「のーふぃあー」


 ふたばは揺れる大砲の上に体重をかけて、後続を断とうと背後にまたガトリング型のトレインを打ち鳴らす。


「隊長、俺も変身します」

「馬鹿! ただでさえ隊長のバイクはふたばさんの引きずって減速しているんだぞ!」


 ミツホが博士の言葉をたしなめる。

 仮にも、具現化されたトレインには重量があるのだ。一子のトレインに乗っている以上は、その負担が命取りになる可能性だってある。


「なに、減速しているんだったら俺のトレインでも追いつける。今、ミツホのトレインは空も飛べずに大きすぎるからここじゃ使えない。なら俺が頑張らないと」

「初心者のおまえが、逃げながら戦えるか!」


 一子のバイクが、基地の壁を突き破り外へと走る。見渡せば、チェストを辛うじて押さえていた城壁にはいくつもの穴が開いている。

 あたりには城壁を破ったチェストがあふれ出し始めていて、後続を追い払うだけでは凌ぎきれないのは明らかだった。

 暗闇の中にある無数の目が、残光を引いて博士たちに振り向いた。


「隊長、命令を」

「……博士、武装して」

「隊長!」

「ミツホちゃんも。二人で武装して、直接訓練場にまで逃げます」


 一子は目を瞑って、必死にこの状況を打破しようとする。

 トレインのバイクが、地面を擦り停止する。敵と距離をとったとはいえ、止まっていられるほど安直な状況ではなかった。


「直接、まっすぐ逃げます。ふたばちゃんが訓練場までの道を砲台で直接開ける。すぐに武装解除してね。次にミツホちゃんの羽で私のバイクに加速を入れて、博士が座標とブレーキ。うん、いい考え」


 目を開いて、一子が皆の反応をうかがう。


「あたしは、ただ前に飛ばせばいいんですね、ゲットレイン!」


 ミツホは一番最初に反応して、すぐに武装を始める。降りたバイクの後ろに手を突き、具現化と共にがっちりと挟み込むつもりだ。二つの大きな羽が、闇の中で真紅に輝く。


「のーぺいん」

「大雑把な作戦だけど、初めて隊長を隊長だと思った」

「よし、きまりっ! 博士!」

「博士早くしろ!」


 ミツホにたしなまれる。状況を理解しようとする人間と、状況に対応する人間の差が出てくる。


「わかってるよ! ゲットレイン」


 博士は一度、バイクの先頭部分、ふたばより少し後ろの場所にまで進む。構えた頃には武装を終えて、夜の空気に解けながら、青いマスクが淡く光る。


「地図データも参照します。停止はとまれですぐにしてください。準備完了です」

「地図って、森のときには無かっただろうが!」

「なに、前回の課題をあらかじめクリアするのも、俺のぉおおお!」


 ミツホが羽を吹き鳴らし、始動の爆風が円状に広がる。木々をしならせ、芝生を荒らし、バランスを崩しかけた博士が慌ててバイクにしがみつく。

 ガトリングの銃口が重い音を立てて地面に落ちた。ふたばのトレインには大きな銃口がぽっかりと空く。


「スタートは言わないよ! いつでも始めて」


 一子が言って、ふたばは反転して前方に熱線を放ち続ける。トレインの半分を破き、肩や背中から肌色を覗かせる。打ち続けたままの状態から、ミツホが後ろからゆっくりとバイクを押し出す。

 一子は、ちょうどふたばがわざとらしく両手を銃から離したところを見計らって、アクセルを全開にした。

 濁音を鳴らした後、弾かれるようにして一子のバイクが動いた。立っていたふたばが宙に浮き、すぐ博士が抱きかかえる。


「ぜ、前輪がほぼ浮いてますよこれ!」

「細かいことは気にしないの!」

「倒れるかもしれませんよ!」

「のーふぃあー」

「うるせぇ! 止まるときだけ喋れ!」


 声以上にうるさい音を立てて、ミツホのトレインが更に加速する。ふたばは風をうけ、目も開けられないようだ。

 一子は、前方の博士が行く先を遮る。ミツホも前が見えない。

 指示を出せるのも、前が見えるのも、今は博士だけだった。


「そうだ……集中しないと」


 この速度なら、訓練場なんてすぐに着く。

 外から中へ、壁の穴を何回か通り、何度かすれ違ったチェストを吹き飛ばしながら、その先にある何かを見つけて、


「止まれぇえええええ!」


 博士が叫ぶ、ミツホが減速を始めるも、目の前に迫る壁までには止まれない。

 ぶつかる。


「博士!」


 一子が叫ぶ、博士は振り向いて、サムズアップをして見せた。

 金属同士がぶつかる鈍い音を立てて、壁に衝突。

 バサクルは一度、博士が間違えたのかと思った。


「なに、定時すぎても頑張るのが博士のやり方だ」


 格好つけた言葉をだして、バイクが壁を貫通した。衝撃からバイクは横倒しになる。車より大きいバイクが横転し、床に火花と破片を散らす。


「失敗してるじゃねぇかよ!」

「違う! 壁が一枚壊れてなかったんだよ。それに訓練場は、そんな衝撃じゃ貫通しないだろうが」


 博士が前方を指差すと、そこには大きな訓練場の扉が聳え立つ。

 若干、一子のバイクに蹴られるも、その扉には傷一つ無かった。


「信用してくれよ」


 横転したバイクのすぐ隣で、博士がトレインの腰をさすりながら呟く。もう片方の腕から、抱いていたふたばが飛び出した。


「隊長、ドアを!」


 ふたばの叫びに、一子はすぐバイクを降りてドアの隣にある操作版をいじくる。

 本来ならそれで、ドアが開き、他の部隊と脱出の算段を立てるはずだったが、


「開かない!」


 一子の叫びに、一瞬ほぐれた緊張が、博士の中ではじけた。


「あ、開かないって――」

「内側から完全にロックがかかってるの! まだちょっとしか経ってないのに、内部側で脱出が始まっているのかも」

 開かないと言う事実から、一子はすぐに状況を悟る。

「つまり手遅れ、ってことか?」


 ミツホが呟く。信じられない状況に、ミツホの身体は固まっていた。

 背後から、爆発が起きる。

 皆が一斉に振り返り、遠くで起きた爆発の中、赤い視線がいくつもこちらを見ていることに気づいた。


「なんとか、ロックを解除できないのか? 尻尾切りにしては早すぎる」

「尻尾切りで、少しでも生存率を高めたかったのかも」


 一子が、ゆっくりと膝をついた。彼女の中で、合理性に区切りがついた。

 ふたばは動かない。あの理屈で固められたふたばが動かないと言うことは、動いても意味がないということだ。


「あの作戦で多分、たくさんのトレインに視認された。あの煙の中にある赤だけじゃない。もっと沢山」

「嘘だろ? もうちょっと待っていれば……」


 博士は、いきなり覇気をなくした仲間たちに、動揺を隠せなかった。


「そんなにあっさりなのかよ」

「だれも、覚悟と死ぬことへの葛藤があって死ぬわけじゃない。知らない間に、石に躓く程度の心で、死んでしまうこともある。まだ数秒あるなら、それはましなほうかもしれない」


 ふたばの物言いに、博士は目頭が熱くなる。こんな終りで良いのかと、今まで諦めなかった自分が、こんなところで終わって良いのかと。


「開けろ! 開けろ!」


 ただミツホだけ、ドアを叩いて叫んでいた。

 ドアを叩いたところで、シェルターの役割もあった訓練場に響くわけは無い。それでもミツホは、叩き続けた。


「あたしはっ、まだだ!」


 ミツホはトレインの羽を広げ、三枚目の大剣でドアを叩く。弾かれてたたらを踏むが、すぐに目をキッと尖らせて、また叩く。


「そうだよ、まだだ!」


 博士も立ち上がり、ドアの横にある操作版を開いた。何の知識の無い博士がいじくったところで、何の意味も無かった。


「開けろ! 開けろ!」


 涙目になって、喉がかれるほど、ミツホが叫ぶ。

 赤い光が更に増殖して、大きく四方に広がる。


「畜生、どうすればいいんだよ」


 博士はボタンをメチャクチャに押して、壊しても良いくらいに操作盤を叩く。焦燥から胸にあるペンダントを握り締めて、仮面の裏で涙を流す。


「誰か、誰か俺を助けてくれ……」


 チェストの影が、姿を現す。博士はそれに目もくれずに、ペンダントを見つめ、


「レイ……」


 彼女の名を、呟く。


「もう、だ――」

「開いたぞ!」


 ミツホの叫びに、その場にいた皆が顔を上げた。

 そして、その言葉の真意を探るために、扉を見つめ、


「走って!」


 一子がすぐバイクに乗って、叫んだ。

 扉が開いた。

 理由はわからなくとも、今どうすればいいのかは明白だった。ミツホは既に中にいて、ふたばも次に扉をくぐる。博士も転がり込むようにして入り、最後に一子がトレインごと突撃する。

 一子が入りきるのを待たずに、ふたばは内側にあった操作版で扉を閉じる。

 チェストが、扉の前で床を壊しながら、近づいてくる。ゆっくりと閉まる扉を見つめる間、誰もが息を飲んだ。

 重い音を立てて扉が閉まったとき、視界にはチェストなどいなくなった。


「た、助かった」


 博士が尻餅をついて、訓練場の床に倒れる。

 ミツホも、へなへなと内股のまま膝をついて、頭を垂れる。息を合わせてもいないのに、博士とミツホの武装が同時に解除される。

 一子とふたばも、倒れはしなかったものの額から嫌な汗が流れていた。

 訓練場の中には、バサクルと博士以外に、誰もいなかった。


「やっぱり、もう皆でていっちゃった、でもどうして」


 武装解除した一子が、訓練場の天井を仰ぐ。強固な装甲で囲まれた壁と天井には、まだ傷一つない。ガラス窓も、内側にシャッター、外側から壁が下りている。


「ミツホ、どうやってあけた?」

「わかんねぇ。あたしが叩いてたら開いたんだ」


 ミツホが吐き捨てるように答えた。荒い呼吸のまま倒れこみ、真紅の髪を床にばら撒く。


「でも、時間が無い。前より少し伸びただけ」


 そこでふたばが、冷静に今の状況を分析する。たとえ強固な訓練場に身を隠そうと、いつかは突破されるのが明らかだった。


「コンピューターを開きましょう。まだ部隊と合流できるかもしれない」


 一子は壁に張り付いた操作端末を動かそうとして、


『先導部隊は、未だ基地の半径一キロ圏内から脱出しておりません。残存部隊は三、集合までの時間はごく僅かでしたが、時間内に訓練場に集まった部隊は百七。僅か数分で、約六百もの戦力が到達した地点にまで、一部隊が向かえるとは思えません』


 訓練場内全域に放送された電子音声を聞き、一子は伸ばした指を引いた。


「AI……」

『また、敵チェスト勢力の八割がその逃亡作戦への追い討ちに当り、銃撃型の過半数を相手に戦いました。あなたがここまで来れたのも、その恩恵が強くあります』


 今までほとんど指示もしなかったAIが、饒舌に状況を報告する。


「でたところで死ぬ、っていいたいのかよあんたは」


 ミツホが、その冷静な分析に腹を吸えて、語尾を荒げた。


「落ち着けって、AIが指示してきたことには意味があるはずだ。死ぬにしてもなんにしても、長時間生き残る策をくれるんだろう。確率は低いが、救出の期待をしてもいいはずだ」


 AIの声に聞き入る二人の代わりに、博士がミツホをなだめる。初めて話したAIだとしても、博士の知っているAIの合理性が、この言葉を出した。


『あなた方には、二つの選択肢があります』

「ほら、な」

『皆で死ぬか、博士だけ生き残るか』


 最初、皆AIの言っている意味が理解できなかった。

 次に一子が首を左右に振って、大声で聞き返した。


「どういうことですか!」

「なぜ博士だけ、生き残れる?」


 ふたばは別の意味で問う。

 そして、誰よりも震え上がったのは、ミツホだった。


「ふざけるな! 何を言ってるんだこのポンコツは! 何で死ぬって決まっているんだ、そんな指示ならあたしはごめんだ!」


 目を見開き、今にも噛み付きそうな勢いで天井を指差した。おそらく、ミツホはAIの声がする場所を指しているのだろう。


「なん……で」


 最後に博士が、まだ理解できないその二択を頭の中で反芻させる。

 そして、それ以上に、


「俺は山下礼司だ。なんでAIが、俺を博士なんてあだ名で呼ぶんだ?」


 AIを知っている博士だからこそ出た疑問に、沈黙が降りた。

 合理的主義者のAIに、あだ名の概念は無い。その存在を認めてはいても、すべてをメモリーで記憶できるAIが、使うはずが無いのだ。

 その疑問と、沈黙に答えたのは他でもないAIだった。


『それは、AIであるワタシが、最初に作り出した感情の産物だからです』


 くごもった電子音が収まり、現れたノイズの無い声、それはとても、博士には懐かしい声だった。


『ワタシの名前はレイ。博士の父に作られ、生まれたときから博士と共に歩んできた、たった一人の家族です』


 博士の胸にあるペンダントが、訓練場の照明を滑らせて、光った。


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