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眠らせて・・・

作者: ゆきあき

「生花は嫌い。造花も嫌い。だけどプリザーブドフラワーは好き」

「人形が嫌い。模型も嫌い。だけど剥製や標本は好き」

 三年の岡山こおり先輩は一風変わった女性だ。

 美人なので人目を引く存在ではあったが、基本無表情で愛想がなかったし、時折顔を覗かせる言いしれぬ冷たさに恐怖して、付き合おうとする男子は皆無だった。

 一部には「絶対零度の女」と呼ばれていた。

「時田くん、わたしの家今日は両親がいないんだけど、あなた遊びに来ない?」

 だから化学部の活動の終わり際に(先輩は化学部の部長だ)そう誘われた時も、なんかこう高校生男子らしいチョメチョメミッドナイトな熱い展開を想像するよりも、人知れず殺されて冷たいホルマリン漬けされてしまうのではないかという考えが先にきて、背筋がブルッときた。

 しかしながら、僕は先輩のことを秘かに好いており、熱かろうが冷たかろうがどんとこいという思いだったので、少々ビビりながらもその申し出を受け入れた。


 先輩の家はかなりの豪邸だった。

 玄関に入るとまず大きな熊の剥製が置いてあり、廊下の壁には種類別された昆虫の標本が歩く者を囲むように飾られていた。

 通されたリビングも似たようなもので、ソファーに座ると鹿やらウサギやらの剥製の他に、壁には蝶やカブトムシなどの標本がぎっちりで、多くの視線に晒されているような妙な感覚を覚えた。

「生きているのか死んでいるのか分からないな」

 僕は呟いた。剥製や標本は一からの造りものではない。生きていたものを、その姿がいつまでも長持ちするように加工されたものだ。それは死者であって死者らしくないもの。時を奪われ、二度と目覚めることのない眠りについた、生きていない「何か」だ。

 そんなことを考えていると先輩が紅茶をいれてきてくれた。置かれたカップは一人分で、先輩の分はなかった。僕はそれには手をつけずに聞いてみた。

「どうして今日は誘ってくれたんですか?」

「どうしてだと思う?」

 質問を質問で返され少々戸惑った。

 僕は少し考えた後、愛想笑いを浮かべながら、冗談ぽく言ってみた。

「先輩との熱い夜を期待していたんですけれど、今はなんというか、このまま殺されて先輩の家のコレクションに加えられるんじゃないかという気がしてます、ハハハ…」

「ふむ、大枠では間違っていない」

「間違ってないんですか!」

「だけど、真実はもうちょっとSFだ。少し不思議で、少し複雑な理由がある」

「S(少し)F(不思議)ですか…」藤子先生だなと僕は思った。

「口で説明するより見てもらった方が分かりやすい」

 先輩はそう言うと、低い棚の上に飾られていたウサギの剥製を持ってきて、僕に手渡した。

 膝の上にのせて触ってみた。妙な堅さと、生きているような重さがあり、一瞬戸惑ったが、その造形物は剥製以外に考えられなかった。

「…どんな保存液使ってるんですか?重さも再現されているし、普通の剥製とは違いますね」

 先輩の意図が読めなかったので、化学部らしい質問してみた。

「まあ、見ていてくれ」

 そう言うと先輩はウサギの剥製に手をかざした。次の瞬間、ウサギは温かさを取り戻し、その場でもぞもぞと動き始めた。

「うわあ!」

 僕はびっくりして口をパクパクさせた。膝から離れたウサギはソファーの上に着地して、なにが起こったのか分からない様子で体を震わせていた。

 先輩はそんな僕の反応を見て少し笑い、その後ウサギに視線を移した。するとウサギはまるで神話のゴーゴンに睨まれて石化したかのように、そのままの姿勢で固まってしまった。

 僕はその固まったウサギに触れてみた。先ほど感じた温かさは消え失せ、それは生きていない「何か」に変わっていた。

「先輩は…時を止められる超能力者か何かですか?」

 僕はおそるおそる聞いてみた。

「まさか、そんな非科学的な事あるわけないだろう」

「そうですよね、手品か何かですよね」

「わたしは宇宙人に作られたアンドロイドだ」

「ええっ!?」

「わたしは特殊な成分の薬品を体から出すことができる。それは空気と反応して固まる特質を持ち、一緒に固めたものを外部の刺激から守ることに際して非常に優れた性質を持っている。ちなみにわたしの体は別の次元と繋がっているから出せる薬品の量に制限はない。その効力は空気のある範囲、即ちこの地球全部だ。何故そんな機能が付いているかというと、実は地球は凄い力を持った宇宙人の「文明の誕生」という夏休みの自由研究なんだ。提出期限が来たので、ここまで成長したのは惜しいが、サンプルとして固めてしまうことに決定した。わたしはそのための装置ということだ」

「あのう先輩…、それってまだ「時を止める」とか「生物を概念的に凍らせる」という超能力とかの方が説得力がある気がするんですが…」

「事実だからしょうがないだろう。さてここからが本題だ。装置としてのわたしの役目、それは地球時間でいうなら明日の朝だ。だから君を呼んだ」

 先輩は僕の肩に腕を回し、お互いの息がかかるほどの距離で僕を真正面から見つめた。はっきり言って分けが分からず頭が混乱していたが、先輩が何かに対して真剣なことだけは伝わってきた。

「先輩は、それで僕にどうして欲しいんですか?」

「君の最初の予想通りさ。熱く燃え上がって、そして冷たく固めたい」

 そう言うと先輩は僕の唇に自分の唇を押し付けてきた。熱い舌が僕の口の中で絡まった。

「世界の終わりに好きな人と愛し合いたいというのは自然な欲求だろう」

「そして、自分の手で殺してしまいたい、ですか?この家の無数のコレクションのように」

「そうさ。わたしは生きているものも最初からの造りものも駄目なんだ。朽ちず、変わらず、しかし生きた熱の余韻を残したものしか好きになれない。そういう性質、プログラムなんだ」

「僕はまだ生きていますよ」

「だからこそまだ全部が好きじゃない。でもきっと、これが終わった時にはもっと好きになれる。60億の人間を、何百兆という動植物を、大自然をすべての時を凍らせて、固めてわたしが所有するその前に、わたしは君を所有したい」

 先輩は服を脱ぎ、僕の服も脱がせた。

 僕はさしたる抵抗もせず先輩に身を任せ、肌を重ね合わせた。肉体の欲求に正しく従った。

「逆にわたしを殺してもいいだぞ。それで装置としてのわたしが止まるかは分からないけど。それともこんな話、信じていないかな?」

 ふと、僕の上に乗った先輩が行為を中断して聞いてきた。

「そんなことないです。それに僕は先輩に熱くされるのも冷たくされるのも最初からどんとこいでしたから大丈夫です」

 僕は答えた。それはずっと前からある、今日先輩に誘われる前からずっと持っている、嘘偽りのない本心だった。

「君なら、そう言ってくれると思ったよ」

 先輩は口の両端をあげ、笑みを浮かべた。そしてボソッと呟いた。

「…薬を使わなくて本当に良かった」 

「えっ、やぱりあのお茶には…あっ…」

 先輩が動いて僕の言葉を遮った。

 それから僕たちはお互い話すこともなく、お互いの体力が尽きるまで愛し合う行為を続けた。

 ただ、すべての終わり頃、一言だけお互い会話にもなっていない言葉を呟いた。

「こおり先輩の手で眠らせて…」

「わたしの手で眠らせて…」


 それから少しして僕の意識は完全に途絶えてなくなった。


                                (了)



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