Story-1 「Wolves stalked the flock」-2
「…さて、本日は新入生が来ています。どうぞ、入ってきてください」
「あぁ」
ドアをくぐる。数m四方の小さな部屋には、10名程が机を前に座っていた。この光景の描写をこれだけに収めたならば、母国の学校とそう変わらない。しかし……ぐるりと見回したブラムの目に映るのは、獣人、森人、山人、海人といった、様々な種族の亜人達だった。それぞれ2名、1名、1名、1名の割合で——後は人間が6名。それがこの一室に集められていたのだった。
亜人が特別珍しいわけではない。彼らは絶滅危惧種などではないからだ。しかし、被差別種族である彼らと人間が、机を並べる姿。その光景はブラムもこれまでに見たことがないものだった。
(話には聞いていたが、すげえなこりゃ……)
内心で感嘆しながら、存在に頭を下げる。その様子を見て、疎らな拍手が起こる。スラムで生まれ育ったブラムは、学校というものに通ったことがなかったが、これが一種の通過儀礼であることは理解した。6名の人間のうちの1人、白雪姫——エリーという名だということは昨日意識を取り戻した時に聞いた——も笑みを浮かべながら皆に倣っている。その姿に含むものがないことはないが、昨日の今日である。我慢だ我慢。
「さて、ブラムさん。」
「あん?」
教員に声をかけられる。名で呼ぶことは既に許している。基本的にこの学院で名字を呼ぶことは御法度に値すると聞いたからだ。その理由を聞いてもっともだと納得したというのもある。この学院の生徒の中には、貴族の子弟すらいるらしいが、彼らも一般の学生——いや、ここでは学士と呼ぶらしい——と同じように扱う方針だということだ。その為、生まれが分かる名字を呼ぶことは控えている、ということだった。
「ここは戦闘科専門コースの1クラスです。当クラスは、研究と実践によって戦闘の極意を追求していくことを目的としています。その為全員が何らかの戦闘術を習熟しており——当然、推薦学士である貴方とはいえ、この戦闘科に入ることができたのですから何らかの戦闘術を習熟していらっしゃるはずです。お互いに切磋琢磨していく為にも、貴方の最も得意な戦闘術を皆に伝えてあげてください」
「そうだな…得意なのは肉弾戦、だな。我流だけどよ」
「武器は使われないのですね?」
「強いていうなら、この身体自体がそれだ。何せ俺は……半吸血鬼だからなぁ」
これは明かしていいと、既にアーサーに言い含められていた。この学院は、半吸血鬼の入学も許可しているということだった。流石に純粋な吸血鬼は駄目らしいが。
しかし許可されているとはいえ半吸血鬼が珍しい存在であることに代わりはないようで、エリー以外の生徒達の表情が僅かに変わった。
「私も半吸血鬼の学士を担当するのは初めてですね。楽しみです。」
「そうかい」
それで紹介は終わったようだ。俺は席に案内された。最悪だ。悪夢だ。隣がこいつだと?
「宜しくお願いしますね、ブラムさん」
「……あぁ」
やっとの思いで返答する。隣の席で微笑んでいるのは白雪姫エリーだった。別に真面目に学生やるつもりはないが、何も隣の席がこいつでなくたっていいだろう?…と、愚痴に近い思考をし出した所で、はたと気付いた。
——保険だ。
こいつが処刑人であることは皆に知られている。つまりは俺が万一暴走した時にすぐに対処できるようにされているということだろう。よく勘違いされている。半吸血鬼が唐突に吸血鬼に覚醒することなどないというのに。
「さて、折角半吸血鬼のブラムさんが加わったのですから、今日は初めに吸血鬼の戦闘特性について話しましょう。戦闘を極めようとする我々にとって、"最強"とされる種族の吸血鬼は避けて通れません。…エリーさんにとっては、聞き飽きた話かもしれませんが、少し我慢してくださいね」
複雑な思いで隣席のことを考えていたブラムも、興味を引かれた。ブラム自身、吸血鬼の知識はそう多くない。誰も教えてくれなかったからだ。唯一、教えてくれそうな相手と言えばアーサーだったが、奴は余計なことはしない男だ。
「吸血鬼の種族特性もまた特徴的ですが、全てを語ると時間がかかってしまいます。そのため、とりあえず戦闘特性に限って話していきます。吸血鬼の戦闘特性で特筆すべきことは大きくわけて3つ。
自己再生、魔力浸透、固有能力の3点です。
自己再生については言うに及びませんね?彼らの強力な再生能力は、すさまじいの一言です。出鱈目と言っても良いでしょう。通常兵器で付けられた傷痍なら、例え頭髪一本からでも完全な再生を果たします。勿論時間はかかりますが。対処法としては、銀で作られた武器を使って傷を与えるか、教会の洗礼術を用いて浄化するか、同じく教会が保有している再生阻害の術式を武器に組み込むか。この辺りです。教会の処刑人のみが吸血鬼を妥当し得ると言われる所以ですね。全て銀で造られ、かつ鋭さをもたせた武器などまず手に入りません。後の二つは教会の秘匿技術ですから。つまり吸血鬼を相手にする時には、まずこの3つのうちのどれかを保有していることが絶対条件です。この前提がない場合は逃走以外の選択肢はありません。
次に魔力浸透。魔力というのは人間にも扱うことのできる力です。ただし、それはあくまで外界に満ちる魔力をエネルギーとして使う、という手段においてです。魔術師以外には馴染みのない力でしかありません。ですが、吸血鬼にとっては違います。その体内に莫大な魔力を保有する彼らは、魔力を己の動力源として、また補助として扱うことが出来ます。どう見ても平均程度の筋力しかなさそうな細腕で、石壁を粉砕したり……音速を超える動きをしてみせたりするのはこれが理由ですね。もちろん力だけではありません。知覚能力の加速などもできます。こういったことは基本的にその他の種族にはできません。基本的に、と申し上げました。何事にも例外はあるということです。度々言及して申し訳ありませんが、そう、エリーさんのような処刑人達です。種族としては人間でしかない彼女達が、吸血鬼達と渡り合えるのはこの為です。……例によってこれも教会の秘匿技術ですので、どのような方法でそれを可能としているかは分かりません。もちろん、この学院にもその方法を独自に研究している者もいますが……未だ解明には至っていません。あ、だからと言ってエリーさんに聞いては駄目ですよ、困らせてしまうだけですから。
最後に、固有能力。これは吸血鬼が持つ、個体それぞれで異なる特殊能力です。多くの者が一つ、強力な者で二つの能力を持ちます。唯一、始祖だけは全ての固有能力を扱うことが出来ると言われていますが…これは詳細は不明です。他の吸血鬼はともかく、始祖の戦闘記録だけは公開されていませんからね。さて、今迄確認、いや公開された固有能力の例ですが……自身の姿形を変える擬態化、瞬時の移動を可能にする空間転移》、無機物の状態を自在に変化させる相転移…後は公開されている中で最も強力だった吸血鬼、オルロックの固有能力、時空間一時操作などが有名ですね。どれも聞くと笑いたくなるほど強力な能力です。吸血鬼との戦闘時には、まずその吸血鬼の固有能力を把握しておかないとなりません。処刑人が彼らと戦う時にも、まずは充分な下調べが行われると聞きます。相手の能力が分からなければ、対処法も用意できませんからね。
あっ、一つ忘れていました。始祖の固有能力のうち、一つだけは公開されています。そう、"転生"です。自身が殲滅されると、自動的に生まれ変わる。しかも、知識や記憶をそのまま受け継いで、という最早何と言っていいかも分からないくらい反則的な能力です。この能力の為に、教会は何度も始祖を撃退しながら、未だにその存在を滅ぼすことができていません。」
半分くらいは知らない話だった。おい、アーサー。吸血鬼とやる時は下調べが必須だって?聞いてねーぞ、いつも遭遇戦やらせやがって。
今は離れた"飼い主"に殺意が沸く中、興味深い話はその後も続いた。
説明のターン。手抜き過ぎだなぁ。とりあえず今後も2〜3日ごとに更新しようとは思いますが、このまま感想がないと心が折れそうです。需要がないかな…一章が終わる迄は更新しますが、そこまでで反応が薄ければ他サイトに移るかもです。