Prologue
異世界。吸血鬼。学園もの。シリアス。この辺りで興味を持たれたらぜひご一読を。※猟奇的描写・性描写を含みます。苦手な方はご注意を。
くだらねえ。全てがくだらねえ。愛だの、平和だの、夢だのよ。そんなもんはくだらねえよ。
…なぁ、お前も今ならそう思うだろ?その飢えに。飢え、あるいは欲望、渇望といってもいい。それと比べりゃ、生きていく為のお題目達なんか全くくだらねえもんだってよ。
——最も深い飢えは、いつだって死と供にある。
頭が沸騰するくらい望んでるんだろ。心が焼き付くくらいに求めてるんだろ。視界が真っ白に染まる程、その思いに支配されている筈だ。
——生きたい、と。
だが、それは叶えられねえ。何故か?俺がこう望んでるからだ。
——殺したい、と。
二つの望みが相反すりゃ、後はどっちが強いか、それで決まる。物事はいつだってそうだ。”どちらがより強いか"、それで全てが決まる。何も命のやり取りだけじゃねえ。物理も、思想も、あらゆる摂理にこの前提が横たわっていやがるんだ。
だから結果は見えている。お前にも分かるだろ?
俺は強い。お前よりも。
だからお前は死ぬ。
まぁ、それを認めねえなら足掻いてみろよ。…くくく、さぁ足掻け、生き足掻け。見苦しい程に。心の底から渇望しろ。生きたい、と。そうすれば見えてくるさ。生の一番傍にあるのは——いつだって、死だ。
さぁ、始めよう。
「memento mori《死を、想え》」
Sweet Bloood
-Prologue-
じゃらり、と重々しい音が響いた。
その音に振り返る。小さな十字架。鎖でつながれたそれを掲げる者がいる。
ブラムは目を細めた。辟易とした感情を隠さない。舌打ちをして目の前の男を睨みつける。
足下までを覆う特殊な外套。カソックと呼ばれるそれと、掲げる十字架。そう、男は聖職者であった。
しかし、男が聖職者であるということを表すのは、その格好が唯一のものである。190cmに迫る長身に、隅々まで鍛え抜かれた体躯。鋭過ぎる眼光に、冷血さすら感じさせる無表情。そして目視すらできそうなほどに溢れ出す魔力。
男は本当に聖職者であるのか。カソックを剥げば見える筈だ。胸部に仕舞われた拳銃。腰部に刺された短剣。背部に背負われた魔装具。他にも、ブラムにすら判別ができぬ程に隠された暗器がその身の至る所にあるだろう。
その男はいったい何者か。
「いよう、処刑人。何のようだよ。」
そう、男は処刑人と呼ばれるものだった。呼ばれた男が表情を欠片も崩さず応える。
「血の匂いだ。吐き気がするほどに、濃密に漂っている。それを辿ってきたら、貴様がいたのだ」
「そうかよ。ご苦労なこって。」
処刑人。代行者と呼ばれるそれは、教会の暗部であり、切り札であった。世に溢れる様々な怪異たち——その中でもとりわけ凶悪な力の持ち主である、吸血鬼を狩る者達の呼称である。限界まで身体を鍛え、常人が比肩しえぬほどに戦闘技術を高め、教会では禁忌とされている魔力すら帯びる。
——Love your neighbor《汝の隣人を愛せよ》
教会の教えの根本すらをも裏切り、吸血鬼を狩り続ける彼ら。
その第3位、アーサー=セワード。
それが男の名前であった。
「その血の匂いはあれだ。そのまま俺を通り過ぎて、30m程歩いた先にある路地に行きゃわかる。」
「何人だ?」
「一人だ。ただ、2〜30くらいに分解してあっからな。ペンキをぶちまけたみたいになってるぜ。」
「…殺した理由は?」
「おいおい、俺がやったことは既に確定してんのかよ」
「二度は言わん」
「…チッ。はいはい、俺だよ。JJで飲んでたらよ、絡まれてな。俺のことを知らないなんて、とんだ"新入り"だ」
「新入り——尾を飲み込む蛇か?」
「どうやらな。最近やたらに威勢がいい。とうとうこの界隈まで手を出してきやがった。」
唇の端を歪めながら言うブラムの口調は軽い。不快さを表す言葉とは対照的だ。喜びさえ感じさせるその表情に何を感じたのか。アーサーは数秒瞼を閉じていた。
「…確かに奴らの勢いはおかしい。敵対勢力を瞬く間に制圧している。その方法も残虐で、容赦もない。まず間違いなく、何らかの怪異を利用しているだろう」
「だろ?だからよ、奴らをちょっとつついてみたんだよ。これで何らかのアクションはあるだろ?」
「考えがあったかのように言うな。貴様はただ、気分で殺しただけだろう。」
「おい、ちょっとそれはひでえんじゃねえか。俺が考えなしのように——ぐっ」
言い終わる前に胸に鈍痛が走った。いつの間にかアーサーが彼の至近にいた。そしてその手がブラムの胸に伸びている。彼が感じた鈍痛は、胸に押し付けられた十字架によってもたらされたものだった。
「てめぇ…」
「勘違いをするな。貴様は"生かされている"だけだ。余計な真似ばかりするのであれば、滅することに躊躇などない。」
「クソが…!」
「"半吸血鬼"である貴様が何故束の間の許しを得ているのか。それを忘却しているようなら、二度と忘れぬように刻み付けてやろうか。今、私が、この場で、な。」
「わかった!わかってる!」
がぁ、と苦痛の声をあげながらブラムは十字架から逃れた。アーサーから距離を開け、胸を抑える。荒い呼吸を沈めるのには少々の時間が必要だった。その様子を見ながらも、やはりアーサーは無表情のままである。
「尾を飲み込む蛇は確かに警戒対象に入っている。だが、ブラム=アーヴィング。貴様はその担当ではないはずだ。」
「……」
「余計なことはするな。貴様はただ教会の命令に従っていれば良い。」
「…あぁ…んなことはわかってる。けどよ、その命令とやらがここ何ヶ月も降りてこねえじゃねえか。」
だから苛ついているんだ、と憎々しげにアーサーを睨む。だが彼はやはりいつも通りの無表情のまま。故に、次の言葉もいつもの小言であろう、と予測していたのだが——
「今日はそのためにここへ来たのだ。私は元々貴様に会いにきた。」
「あ?…ってことは久々のお仕事かよ」
「そうだ。貴様には、ナランの王立学院に行ってもらう。」
「ナラン…?他国じゃねえか。」
「そうだ。そして貴様には、そこで学生となってもらう」
「…はぁ!?」