三匹の鬼 20 ・ 終
3色目 『三匹の鬼 20・終』
公覆兄さんの納骨をする際、久しぶりに訪れた両親の墓。
だけど、墓石を見ても名前を呼んでも、俺には全く記憶が無かった。
お父さん・・・お母さん・・・あなたたちは一体、どんな人でしたっけ。
「割愛―!」
私が名前を呼ぶと、その子は薪を割る手を止めてこちらに振り向いた。
彼女が顔を動かす度に今日も綺麗な黒髪のポニーテールが揺れる。
割愛 徐晃、私の友達でたった一人の薪割部部員。
いつも放課後になったら学校裏で薪を割っている少し不思議な女の子だ。
「あ、妙才。今、帰るところ?」
「うん、教室にノート忘れちゃってさ。面倒くさいとは思ったんだけど
宿題があるからね、仕方なく来たんだ」
「そう・・・。私は今日も薪が割りたくてここに来たの」
「ふーん」
家で薪を割ればいいのに、そう言いたいところだけどわざわざ休校中の学校に
来てまでこんなことをしているってことは、何かしら理由があるのだろう。
そう思い、私は特に理由も聞かずに話を進めることにした。
「私もう帰るんだけど、割愛はまだここで割っているの?」
「うーん・・・どうしようかな」
「折角なら商店街まで一緒に行かない?私、今日一日暇でさ」
私の提案に彼女は手を止めて数秒悩み、その結果、いい返事が返ってくる。
「じゃあ、一緒に行こうかな」
「そうこなくっちゃ!」
よかった、これで店の手伝いを逃れることが出来る。やったねー!
「それじゃあ早速・・・」
「あ、ちょっと待って」
「なに?」
「斧、倉庫に片付けてくるね」
「あ、あぁ」
・・・そっか、いけない、いけない。気付いてなかった。
「うん。どうぞ、どうぞ」
「ごめんね。すぐ戻るから」
「全然急がなくていいからね!」
「分かった」
割愛は手を振りながら倉庫に向かって走り出した。
遠くに見える彼女の姿、その手には似つかわしくない大きな斧。それなのに、
どうしてだろう。
あの子が斧を持っていても不思議とその姿を自然体なものとして受け入れてしまうことが
良くある。
普通、女子が斧を持ちながら歩いていたら何か不思議な気持ちになるし、何だコイツって
感じにその姿に疑問を抱いてしまうと思う。
だけどどうしてか分からないけれど、割愛が斧を持って歩いていても全く微塵も
『不思議』に思えないのだ。
寧ろしっくりき過ぎて、まるで斧という物自体が割愛の付属品・・・そんな風にすら
思えてしまうくらい。
「・・・」
なんでこんな風に思ってしまうのだろうか、あの子と付き合い始めてからもうすぐ
3年が経つけれど、私はやはり割愛 徐晃という存在の実態を未だに掴めずにいた。
「・・・・・・ん?」
それにしても遅くないか?倉庫はすぐそこなのに、あの子は全く帰ってくる気配がない。
まさか、帰っちゃった?いやいや、割愛に限ってそれはないはず。
「どうしたんだろう」
こんな気分になるのはあの日以来だ。あの日・・・そう、お姉ちゃんが・・・元姉があの
人喰い女に襲われた日と同じような胸騒ぎがして、だから私は倉庫に向かって走り出す。
走って、5分もしないところに倉庫はあって、
そしてそこには斧を持った割愛の姿と・・・。
「・・・あいつ・・・」
その目の前には、人喰い女・君ヶ主 玄徳の率いるグループのメンバー・
無像 子龍が彼女を睨み付けながら立っていた。
「割あっ・・・」
私がその名前を呼んで間に割り込もうとした時、彼女の一部が私の方へ向かって
飛ばされてくる。
「ひっ!」
足を止め立ち止まると爪先の丁度目の前に斧は突き刺さった。
「・・・あっ・・・うあっ・・・」
何でこんなことをするの。何でよ・・・ねえ、割愛・・・なんで・・・。
「・・・ごめんなさい、妙才。あなたはそこに居て」
「・・・え・・・」
「すぐ終わるから」
私にそう言い放つと割愛は改めて無像と向き合い、そしてゆっくりと口を開く。
「久しぶりね、無像さん」
・・・え?
「あぁ・・・一応お久しぶりとでも言っておきましょうか、割愛」
「相変わらず口の利き方がなってないわね、あなた」
「てめえも相変わらず頭がイカれてやがるな」
「・・・それはあなたでしょ」
「どうだか」
「・・・」
「・・・」
どういうこと、割愛・・・。二人は一体・・・。
「脇夏妹さん」
「・・・えっ?」
「脇夏妹さん、あなたよ。あなた」
茫然と立ち尽くす私に声を掛けてきたのは無像だった。
「・・・な・・・何よ」
「完璧な私があなたに完璧な助言をしてあげる」
「は?」
「・・・」
「あなた、この女に殺されないように気を付けた方がいいわ」
「・・・・・・は?」
どういうことよ、それ。
「・・・あんたに・・・あんたに言われる筋合いは無い!」
「っ」
無像の言葉に割愛が吼える。初めて見た、こんなにも・・・こんなにも感情を
露わにする割愛の姿を。
でも、それはつまりさっき無像が言っていたことに何かしら思うことがあるから?
それってやっぱり割愛は―・・・
「あんたこそ、前みたいに一人で突っ走って、大事な人を追い込ませなて
自殺させないようにする事ね!!」
暴言を吐き捨て、そのまま彼女はどこかに向かって走り去ってしまった。
私はただ何か言葉を掛けてあげることも出来ず、ただその場に立ち尽くすことしか
出来なくて、
それが悔しくて
「あら、泣いているんですか?脇夏妹さん」
「・・・」
私はどうしてこんなに弱いんだ。どうしていつもいつもいつもいつも・・・!!
「うわああああああああああああああああああああああああああああああああ」
「・・・」
元姉・・・
割愛・・・、
・・・私は
・・・私も
・・・私にも、・・・力が欲しい・・・。
全てを吹き飛ばせるくらいの力が・・・意思が・・・覚悟が欲しいよ
「・・あっ・・・うあっ・・・あぁ・・・」
顔を上げればそこには学校に行っている筈の息子が居て、腰を抜かし泣いていた。
「・・・」
どうしたもんか・・・。
息子といえど、見られたからには口封じでもしておくか?
いやいや、そんなことをしてはいけないだろう。俺は一応、こう見えても
父親なのだからな。
「っ・・・とっ・・・父さん・・・お父さん・・・・・・なんでっ・・・」
震えた声を出し怯えながらも息子の幼い下半身は興奮しているのか、
激しい動きを見せている。
―・・・なるほど、この子はこんな異常性癖を持っていたのか。気付かなかったな。
「・・・子考・・・」
俺は父親だ。父親としてやるべき最優先事項はなんだろうか。
「お父さん・・・お父さんはっ・・・お父さんがお母さんを殺したの?」
ん?なんか質問してきたな。よし、とりあえず答えておくか。
「そうだよ」
「ひっ・・・!!!」
こんなに怯えているのに、下半身は全くブレることなく暴れ続けているなんて。
面白い子だ、こんな状況を目撃しながらもお前は今とても興奮しているんだな。
「・・・ふふふ・・・ふはははははは」
「・・・何・・・笑ってるんだよ・・・あんた・・・」
「ははははははは。下半身をそんな風にしているお前が言えることなのかなーって、
思ってさ」
「えっ・・・?え・・・なんで・・・え、何で?」
今頃自分の下半身が凄いことになっていることに気が付くなんて、本当に鈍感だな。
本当に俺たちの息子か?まあ、そんなことはどうでもいいか。
「子考、お前はな人の死を目撃する度に興奮を覚える変態さんなんだよ?」
「・・・っ・・・なんだよ・・・なんだよそれ・・・!」
「我が息子ながらとんでもない性癖を持っているようだな。まあでも、
お母さんがいるのに玄徳に手を出していた俺が言うのも、アレだよな。ははははは」
「何言い出してんだよ・・・?父さん・・・おかしいよ・・・」
どこまで純情で鈍感なんだ、子考。他の兄弟たちは皆気が付いていたぞ?
俺と玄徳のことをな。
「・・・父さんは・・・父さんは母さんのこと嫌いなの・・・?」
「うん。あんまり好きじゃないね」
「なっ・・・っ・・・!!」
「でも、お前たちを産んでくれたことだけは感謝しているよ」
「・・・何だよ・・・それ・・・」
そうだ、それだけは感謝しているんだ。心の奥底から。
「家族を持ったことが無い俺が、初めて家族という物を作り、
その形態を知ることが出来た。
それだけは立派な功績だと思うよ」
「功績って・・・そんな・・・そんな言い方するなよ・・・」
「いつも真面目で優しいお父さんがこんなことを真顔で言うのは嫌か?」
「・・・うっ・・・」
「ごめんな。こっちがお父さんの本性だからさ」
「・・・・・・・!!!」
「だけど皆の記憶の中でだけはお父さん、・・・いい人のままで居たいんだよね」
「・・・え・・・?」
そう、もうこれ以上俺の本当の気持ちを話す機会は無いし、聞く相手も居ないし。
「だから子考。お前と取引をしてあげるよ」
「取引・・・?!」
「そう。お前のその異常性癖を一時的に抑え込む代わりに」
「・・・」
「お前の中にある俺やあいつ・・・、父さんとお母さんの記憶を全て消させてもらう」
「・・・へ?」
声を出される前に急所を突く。
武術を学んだことが無い素人の子考にとっては激しすぎる一撃だったみたいで、
直ぐに意識を飛ばしてその場に倒れ込んだ。
「じゃあな、可愛い俺たちの息子・・・」
そして永遠にさよならだ、可愛い3人の息子たちよ。
倒れた子考を縁台の方へ連れて行きその場所へ置くと、さっきまでやりかけていたことを
する。自分の手で殺した妻に、僅かながら洋服を着させる作業。帰ってきた子供たちが
真っ裸の両親が死んでいるのを目の当たりするのは、ちょっとだけ親として気まずいしな。
行為の最中に刺し合いました、何ていうのは元殺し屋の身としてはナンセンスすぎる。
もっとこう、ドラマ仕立てなほうがいいんだ、人間の最後って言うのは。
「・・・よし」
上っ面だけでも妻に服を着させることが出来た。
「ふう」
俺はハンカチで額の汗を拭うと、布団の下に用意していたもう一本のナイフを取り出し、
軽く腹部に当てる。
「・・・」
これを押し込めれば俺の命も確実に尽きるだろう。
「・・・玄徳・・・」
お前のことを俺は本当に心から愛していたんだぞ?
お前は・・・気が付いてくれたのかな。
「・・・」
だけど、悔しいけどお前には雲長の方が似合いそうだ。
とても悔しいが、お前のことを俺の息子に託そう。
だからどうか・・・どうか二人、幸せに・・・。
「っ」
渾身の力を込めて己の腹の中へナイフを刺し込む。
奥へ、奥の奥まで、意識が無くなるまで刺し続け、そして遂に痛みに耐えかねて
布団の上に倒れ込んだ。
横で眠る妻はもう目を開けることは無い。
黙っていれば美人なのに・・・残念な子だよ・・・お前。だけど、
嫌いじゃなかったよ。
「・・・あ・・・愛して・・・・・・ぅ・・・・」
言い終える前に俺の身体構造が動きを止めてしまい、その言葉を最後まで言うことは
出来ない。
残念だな・・・、気持ちだけではそう思っているのに、意識がだんだんと薄れていき、
何時か気が付くことも無いまま俺の全てが消去されていた。
三色パン 3色目 『三匹の鬼』 完
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