三匹の鬼 12
3色目 『三匹の鬼 12』
今日の朝食。
缶詰と保存食用のご飯。
公覆への挨拶もしないで私は道場の下で彼を待つ。
「あ」
私が立ち尽くしていると道場から降りてきた憎き女と目が合う。
女は私の顔を見るなり軽く会釈をしたが、無視。
「・・・おばさん?」
誰がおばさんだ、この餓鬼。さっさと死ね、化け物。そう思いながら無視。
「・・・・・・さようなら」
俯きながら私の横を通る女。
一発腹に拳でも捻じ込んでやりたかったが触るだけで手が腐敗しそうだったので、
無視。
女が自分の家へ帰るところを確認してから階段を登る。
頂上へ着き門を潜ると彼はまだ道場の中に居た。私の胸が高鳴る。
「おはよう」
挨拶すると、彼も私に挨拶してくれた。
「おはよう」
「ごはん、出来たよ」
「うん、もうすぐ行くよ」
「じゃあ待ってる」
「うん」
道場の床に腰を掛けて座る。私の後ろで彼は身支度をしていた。
整えなければいけないほど、あなたの身なりは乱れているの?とは聞かなかったけど、
この時間だけは本当に苦痛。それでも今日は少しだけ楽。
だってあの女はさっさ彼を置いて出て行ってしまったのだから、ざまあないわ。
「さ、帰ろうか」
彼がそう言うから私も同じことを言う。
「うん、帰ろうか」
立ち上がり、出てきた彼の真横に並んで歩き出す。
門を潜り、さあ階段を降りようか・・・としたところで、私は彼を呼び止める。
「待って」
彼は立ち止まり私の方を見た。
「なんだい?」
「ねえ、ここで抱いて」
「・・・」
彼は顔色一つ変えず、しかし確実に私に対して不信感のようなものを感じ取ったの
だろう。
目を泳がせながら、頭を掻き、えーっと、えーっとなどと言って私に掛ける最適な
言葉を探していた。
「抱いて」
「・・・えっ・・・」
「抱いてよ。セックスして」
「な・・・何で」
遂に怪訝そうな顔になる彼の顔。冗談で言っているとでも思っているのだろう。
どこまで馬鹿なのだ、私の夫は。
「夫婦でしょ?私はあなたの女でしょ?だからよ」
「いや・・・いや、ちょっと待っ」
「待ちたくない」
痺れを切らした私は彼の手首を掴むと、そのまま私の股間まで引き寄せた。
そしてジーンズの生地越しに彼の指先を局部へと触れさせて、彼へ私の気持ちを
アピールする。
「ね、私、今凄く興奮しているでしょ?濡れちゃっ」
「やめなさい!」
怒鳴られても何とも思えないから、今度はその手を両股で挟み込んで
ゆっくりと左右に揺す。
「ほら、あなたの指が私のアソコを刺激するから身体が敏感になっちゃって
感じているよぉ・・・?」
「・・・・」
「もっと・・・もっと奥に欲しいな・・・。奥に指・・・欲しいなぁ・・・」
「・・・いい加減にしなさい・・・。いくら僕だって我慢できることと
出来ないことがありますよ?」
「我慢できないの?だったら指じゃなくて・・・」
「っ」
調子に乗り過ぎたのか、耐え切れなかったのか、私の頬に強烈な平手打ちが入る。
久しぶりに彼が本職時と同じ力を使ったせいか私の身体は軽く吹っ飛び、
地面に叩きつけられた。
頬は真っ赤に腫れ上がり、耳を損傷したのか息を吐く度に奥で音がこもり鬱陶しい。
立ち上がることも出来たが、あえてここでは立ち上がらずに地面に倒れたまま
悲鳴を上げて彼に罪悪感を抱かせようとした。
「痛っ・・・痛い・・・痛いよぉ・・・」
「・・・っ・・・」
「酷い・・・何でこんなことするの・・・うぅっ・・・」
「・・・・・・ご・・・ごめ」
「何で・・・!何でこんなことをしてまで私を拒否するの!酷いよ、酷過ぎるよ!
私はもうあなたの女じゃなくなったの?!奥さんとして失格なの?!」
泣き叫ぶ。声を擦れながら泣き叫べば、優しい彼の心が音を立てて折れた。
「そんなことは思っていないから!」
「うっ・・・ひぅっ・・・うぅ・・・」
「君のことを拒否なんかしない。君は僕にとって大切な奥さんだ」
「うぅぅっ・・・うっ・・・うううう・・・」
「だから・・・だから泣くのは・・・やめて」
「うわあああああああああっっっ!!!!んああああああああああっっっ!!」
「・・・・・・抱く・・・・・・から・・・」
「あっ・・・うわあっ・・・ひっく・・・ひっ・・・ひくぅ・・・」
「君のことを抱いてあげるから、もう泣かないで」
「・・・うっ・・・あなたぁぁ・・・っ・・・・」
「君を愛している」
「・・・うん・・・」
「でもそういうことを、こんな場所でしてはいけない」
「・・・・・・」
「だから家で・・・。息子たちが学校へ行った後、必ず君を抱いてあげるから」
「・・・・・・本当・・・?」
「あぁ、本当だ」
「・・・っ・・・」
勝利を確信した私はぐしょぐしょに汚れたままの顔を上げると、
彼にキスをせがんだ。
彼は何も言わず私の顔を両手で包み込みながら望み通りの深いキスを交わしてくれた。
数年ぶりのキスはどこまでも熱く、深く、私の口内を犯していき悦びで全身が
震え上がる。
「んっ・・・ふんっ・・・んんっ・・・」
絡まる舌を離さないよ、何度も唇に吸い付く自分の姿はどこか滑稽で虚しいものだった。
だがそれでいい。
私は寄生虫だ、どこまでもしがみ付いていき、あなたの身体を侵食する。
骨までしゃぶりつくだけじゃ物足りないから、肉体が無くなってもあなたの意識の中で
存在し続けよう。
お前はそれぐらいに私を愚弄したのだからな、当然の報いだ。
唇を離して、再び彼と見つめ合う。優しい彼の胸の中にはまだあの女が居座っているに
違いない。さっさと排除しなくちゃ。
そう思い微笑みながら、私は彼に人生最後の大嘘をつく。
「あなた・・・愛しているわ・・・」




