三匹の鬼 10-5
3色目 『三匹の鬼 10―5』
あれから1年経った。
2番目の母は先日退院してきたが相変わらず情緒不安定状態が続いているため
病院から睡眠薬と精神安定剤を、父からは私と使用人たち全員にスタンガンが
配られる。
『万が一あの時の様な行動を起こした場合は、迷わずこれを使って
自己防衛をするように』と
涙ながらに事情を説明しながら一人一人に手渡す父の姿はとても寂しく、
どこか惨めだった。
だがそんな父を非難する者は誰一人としていない。
みんな、あの時のことを未だに引き摺っているからだ。
あの時、2階の自室へ何とか逃げ切った私を2番目の母は使用人たちを
押しのけて追い掛けてきた。
部屋に鍵が付いていないためクローゼットの中に骨壺を隠して全身でドアを
押さえて侵入を拒んだが、自我を失った人間の力というのは普段の姿からは
想像が出来ないぐらい強大で抵抗も空しく
部屋のドアは蹴破られてしまう。2番目の母が入ってきて部屋の中を漁り始めたので
私から意識が外れている間に骨壺を持って逃げ出そうと思い、吹き飛ばされた身体を
何とか奮い立たせてクローゼットの方へ向かい扉を開いたところで運悪く見つかった
私は骨壺を彼女より先に掴み取るとお腹に抱え込みその場で座り込んだ。
そのままひたすら耐えた。
髪を引っ張られ、両脇、頭、腰、様々な場所を蹴られたり殴られたりしたけど骨壺を
奪われまいと私は必死に2番目の母の攻撃を受け続ける。
それから数分後、1階にいた父や使用人たちが部屋に来てくれたおかげで私は難を
逃れたが暴れ続ける彼女を押さえ込む最中、使用人二人が重傷を負ってしまい、
後日そのうちの一人が死亡した。
今うちにいる使用人はみんな古株の人たちだ。
他の使用人たちは『こんな場所では働けない』と言って辞めて行った。
まあ、当然のことだ。だから父も何も言わず普段の給料より倍の額を
それぞれの口座に振り込んでいた。
そんな感じであの日の出来事に終止符を打った日から今日で1年が経ち、
私は高校生になる。
生きていたなら公路は今日から中学1年生だ。
私が着ていた制服を見ていつも『早く着てみたい』と言っていた公路の夢は結局
叶うことは無かった。
それぐらいの夢なら叶えてくれてもいいと思うのだが、どうもこの世界はそんな
小さな願いすら聞き入れてくれることは無いらしい。
今、私はとても虚しい。
母を亡くし、新しい母を迎え、大切な妹が出来たのに、妹はどこかの誰かに殺されて、
新しい母は壊れ、家はただ広くて大きいだけの空っぽな中身のない箱へと変わっていった。
私は何もしていないのに。罪など犯していないのに、
誰かを陥れようとしたことなど無いのに、
ただ真面目に生きて来ただけの私に突きつけられた現実というのは、
とても辛くて虚しくて・・・。
「・・・はぁ・・・。この町の住人・・・みんな一気に死なないかな・・・」
そんな願いを胸に秘めながら、私は今日も生きていた。
生きて、どうやったらそれが実現できるのか毎日頭で空想を巡らせながら、
この町の終焉を心から願い続ける。




