表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
17/33

三匹の鬼 10-4

3色目        『三匹の鬼 10―4』


私が嘔吐3連発をしてから3日経ち、妹が殺されてから3日目のこと、


2番目の母は確実に壊れていた。


みんなで食事をするテーブルの上、今は亡き妹の席には朝食が置かれ椅子の


上にはあの白い壺がぽつりと置かれている。


一応確認として父を見ると、私と目が合った父の顔は全てを諦めているような


表情を浮かべていて、首を横に振るとそのまま俯いてしまう。


どうやら父はこの状況に少なからず疑問を抱けているようだ。よかった、


まだそこまで壊れてきてはいないのだろう。



・・・しかし、そうなると・・・。


「・・・おはようございます」


「・・・・・・え?あ、おはよう本初ちゃん。ほら公路も、ちゃんとお姉ちゃんに


おはようございますって言いなさい」


「・・・」


「はい、よくできました」


「・・・」


「さ、みんなで朝食を食べましょうか」


「・・・」


「公路はいつもパンケーキに蜂蜜掛けてたよね。いっぱい掛けてあげるから、


いっぱい食べて元気いっぱいに」




「ねぇ」


耐え切れず声を出してしまった。


父は俯いたまま何も言わず、2番目の母は手に蜂蜜の容器を握りながら不思議そうに


こちらを見ている。


「・・・?どうしたの、本初ちゃん。ご飯いらないの?」


「・・・あのさ・・・」


「ダメよ。朝ご飯はしっかり食べなきゃ!朝抜いちゃったらお昼まで


持たないもんねー」


「・・・誰と話しているの・・・」


「え?」


「・・・あんたは誰と話をしているのよ」


「・・・え?え?え?・・・本初ちゃんどうしたの?何か私、悪いこと言った?


私、何を間違えたのかな。ねぇ、ねぇどう思う公路?」


「公路?どうしたの。パンケーキ、全然口にしてな・・・」


「・・・・・・よ・・・」


「何、何か言った?本初ちゃん」


「・・・いい加減に・・・しろよ・・・」




「・・・本初ちゃん?」




気安く呼ぶなよ。



一人だけ妄想の世界に逃げ込むなよ。



現実見ろよ。




目を覚ませよ。





「いい加減にしてよ」


「・・・」


「いつまで下らない茶番を続ける気なのよ」


2番目の母の顔が引き攣っていく。



だけど言う、




私は言ってやる。




「あんたがどう言おうが、公路はもう死んだんだよ」



「・・・・・・だから?」


「は?」


だからって、なんだよ・・・それ。


「だからどうだって言うの?私が居るって言っているのよ。だから居るのよ


公路は。ここに、この場所に、私の隣りに」


屁理屈のようなことを真顔で言いながら2番目の母は大きな音を立てながら


公路の座っていた席を何度も叩く。


その振動で机の上に置いてあった蜂蜜たっぷりのパンケーキは上下に激しく


揺れていた。


「はぁ・・・でも、そうよね。あなたたちには公路が見えないか・・・」


「どういうことよ」


「・・・そうよ・・・。だってこの中で公路と血が繋がっているのは、


私しかいないものね。


だから私にしか姿を見せてくれないのね?公路」


「・・・ちょっと・・・何よそれ」


「・・・」


こいつ・・・腹の中ではいつもそんな風に思っていたの・・・?


「ねぇ・・・ちょっと何よその言い方。私や父さんがいつ、あんたや公路のことを


余所者扱いをした?何か嫌がらせでもした?してないよね。父さんはあんんたに


連れ子が居ることを知ってて、それでも何も文句を言わずに受け入れたじゃない!


私だって・・・私だって最初は戸惑ったけど、だけど公路が私のことを


本当のお姉さんみたいに言ってくれたから・・・だから私も本当の妹の様に


公路のこと好きだったのに・・・愛していたのに・・・。


そんな言い方するの・・・」


自然と涙が流れてきた。そして改めて実感する。


私にとって公路は本当に大切な妹だったんだ・・・


「でもそのせいで、公路は殺された」


「・・・・・・え」


「私がここに来なければ、娘を連れてこんな訳のわからない町に嫁いでこなければ、


娘は・・・公路は殺されなかった・・・。死なずに・・・ずっと・・・ずっと


生きていてくれたのに」


「・・・そんな・・・」


そんなこと言われても・・・もう・・・。


「でも公路は・・・もう・・・」


そうだ、公路は殺されてしまった。どこかの誰かに。この町の住人か、


外から来た人間か、どちらかに殺され・・・それで・・・。


「もぅっっっっ!!!!」


突如、2番目の母の形相が変わる。


今までに見たことが無い彼女の表情に驚き私は声が出せず、ただじっと


様子を窺うことしか出来ない。


まるでこの世には存在しないものの様に音も立てずユラリと立ち上がると、


2番目の母は徐に公路が座っていた椅子に置いてあった白い壺を上に持ち上げた。


そしてそれをゆっくり、じっくりと回転させる。その壺が自分にとってどれ程


大切なものなのかを再認識していかのように、言葉を発することも無く壺を


回し続ける。


そして一周し終えたところで2番目の母は微笑む。


いつも公路に向けていた優しい笑顔で、公路が私にいつも向けてくる顔と同じ


微笑みを浮かべながら、壺を頭上に持ち上げた。


顔の血が一気に引いていく。



この人・・・、



壺を床に叩きつける気だ。


「・・・やめっ・・・」


制止の言葉を言い終える前に、父が先に動く。


「やめなさい!!」


叫びながら彼女の方へ走り出し、持ち上げられていた壺を奪い取ると奪還を試みる


2番目の母は父に襲いかかる。


だが胸に壺を抱え込まれたそれを奪い返すことが出来ずにいた2番目の母は咆哮し、


椅子やホーク、皿を父に向けて投げつけていく。そんな彼女を近くにいた


使用人たちが抑え込む。


「奥様、お止めください!!」


「誰か・・・誰か援護を呼んで!!」


押さえられても尚、2番目の母は叫び続けた。


「離せえええええええええええええええ!!!!離せええええええええ!!!


いいかぁ・・・!!!そんなもの・・・そんなものは私の娘なんかじゃない!!!


そんなものは要らない!!!・・・・・・捨てろっ・・・・・・誰か!!!


誰かこれを捨てろ!!!!!捨てろおおおおおおおおおおおおおお



おおおおおお!!!!!!!!!!!!うわあああああああああああああああ


ああああああああああっっっっ!!!!あああああああああああああああああああ


あああああああああああああああああああああああああああああああああああああ


あああああああ!!!!!!」


発狂。



まさにその言葉を今、初めて目の当たりにした気がした。


使用人たちの腕を振り払うと、自慢の長い髪の毛を両手で掻き乱しながら


声を枯らしてまで叫ぶその姿は、もはや人間と呼べるものでは無く・・・


狂った獣のようで・・・何か声を掛けることも出来ずにいた私は、


ただ身体を震わせながらその場に立ち尽くすしかなかった。


そして同時に悔やむ。さっきまでの態度を、吐いてきた暴言の全てを。



・・・私はなんて無知で愚かだったのだろう。


あんな風になっていても、それでもまだこの人は何とか自我を保てていたんだ。


なのに・・・それなのに私が強がったから・・・現実に無理やり目を


向けさせようとしたから、そんなことを言ってしまったから、だから・・・


溜めていたものが溢れ出てしまって、


それで・・・。


「・・・あっ・・・うあっ・・・あぁぁっ・・・」


身体が震えだし、恐怖のあまりに尿が足を伝って漏れ出して来る。


立つことも出来ず、その場に座り込むと壺を抱いたまま父が駆けつけてきた。


「あっ・・・あぁっ・・・父・・・さん・・・。私・・・私が・・・私が・・・」


「本初、これを持って部屋に戻ってなさい」


「で・・・でも・・・でも、私が悪い・・・からっ・・・だからっっ・・・」


「・・・お前だけが悪いんじゃない・・・」


「・・・父・・・さん・・・」


「行きなさい!!」


「・・・あっ・・・うっ・・・」


父に言われるまま、壺を受け取った私は自室へ戻ろうと思い立ち上がろうとする。


だが両足が震えて上手く立ち上がることが出来ず、一歩歩き出したところで足が


滑り床に倒れ込む。


「あぅっ!!」


転んだ弾みで壺の蓋が開いて、中から放り出される破片。


誰かに拾うのを手伝ってもらおうかと思ったが、父も使用人たちもこの家に居る人間


全てが2番目の母を宥めることに必死でとても助けを求める状態ではなかった。


「・・・あぁ・・・うあぁぁぁ・・・」


涙と鼻水で顔を汚したまま、震える指で散らばった破片を拾い上げて器へ戻すと、


私は壺を片手でしっかり持ち2階にある自室へ向かうため使い物にならない両足を


引き摺り、私の姿を見つけ更に吠えだす彼女の声に怯えながらひたすら床を這い続ける。


「はっ・・・はぁっ・・・、公っ・・・路っ・・・、公っっ・・・路ぉぉ・・・」


這いながらあの子のことを思い浮かべた。



大切な私の妹は、失禁して、顔は涙と鼻水で汚し、口からだらしなく涎を垂らしながら


家の中を這い続ける自分の姉のことを、



どんな思いで見下ろしているのだろう・・・。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ