三匹の鬼 10-2
3色目 『三匹の鬼 10―2』
見上げた空は赤く、あの日、あの子を襲った日に見た鮮血によく似ていて、
少しだけ興奮した。
結婚式当日、
君ヶ主家の庭で、
俺は一人、
生死を狭間を彷徨う。
来る時が来てしまったんだ。私は覚悟を決めて、彼女の方を見た。
「・・・そう」
不快そうな表情を浮かべる彼女とその横で茫然と立ち尽くす妹。
今にも泣きそうな妹を前にして、それでも私は本当のことを彼女に
伝える。
「・・・知ってたよ」
「え?」
「・・・」
「私は公覆があなたの妹を暴行して殺したことを知っている。
知っていて、それでも私はあの人と結婚するの」
「・・・なっ・・・」
「・・・!!!」
耐え切れず妹が部屋から飛び出していった。
うん、あなたは優しい子なんだから、それでいいんだ。
「・・・なんて人なの・・・あなたも・・・あなたの男も!!!」
公覆が殺した少女の姉、私の目の前に立つ彼女・寵愛 本初は声を
荒げながら私の顔目掛けて通学鞄を叩きつける。
衝撃に耐え切れず椅子から転げ落ち、その衝撃でお気に入りのカチューシャは
部屋の隅っこに飛んで行ってしまう。
そんなことを思っていたら不意をつかれて髪の毛を鷲掴みにされ、
乱暴に顔を上げさせられた。寵愛さんの顔はとても引き攣っていた、
当たり前の事だけど。
「・・・『公』って書かれた勉強机の・・・一番上の・・・引き出し」
「っ」
「あったでしょ?決定的証拠品」
「・・・」
その言葉に反応して、表情が更に引き攣りだす。
「・・・妹さんの髪の毛・・・本当に綺麗な色をしているのね」
「ぐっ・・・!!」
掴まれた頭は上から下へ。床に数十回思い切り叩きつけられてから再び
吊し上げられる。
口の中に広がる鉄の味。とても気持ち悪いけど、今はどうでもいいこと。
「ぐっ・・・うっ・・・うぅっ・・・うぅぅっ」
「・・・何で分かったの・・・?公覆が犯人だ・・・って・・・」
「うっ・・・っ・・・友・・・達・・・が」
「・・・友達?」
「公路の・・・友達が・・・公路のこと・・・好きだった子が・・・
あの子のために・・・自分の人生を棒に振って・・・あの子の・・・
ために・・・っ・・・」
「・・・」
寵愛さんは泣いていた。私は反撃をするでもなく、頭を掴み上げられたまま、
その子の泣き顔を見続ける。
この子はどれだけ苦しい思いをして生きてきたのだろ、妹さんが死んで、
公覆に殺されてからこの子の家族はどうなってしまったんだろう、この子の中で、
何が壊れたんだろう。そんなことを図々しく頭の中で思い描いていたら、
一番この場所に来てはいけない人が来てしまった。
「・・・公・・・さ・・・ん」
私が彼の名前を言うと寵愛さんの表情が曇り、徐々に私の頭を掴んでいた手が
震えはじめる。
「・・・寵愛さん」
公覆の声に全身を震わせ怯えた表情を浮かべながら、それでも逃げずに寵愛さんは
公覆の立つ方に顔を向けた。
とても凛々しくて頼もしい、お姉さんの顔を。
「・・・弟塚・・・公覆・・・」
「はい」
「妹を・・・おっ・・・犯して・・・っ・・・こ・・・こっ・・・殺し・・・」
「はい。嫌がる妹さんの身体を犯して、口封じのために首を両手で絞めつけて
殺したあと、全裸の妹さんをそのまま道路に放置して逃げ出した殺人犯は俺です」
「・・・っ・・・っ・・・・・・ぐっ・・・くぅっ・・・うぅぅぅっっ・・・!!」
真実を改めて突き付けられ思いが込み上げてきたのか、掴んでいた手をゆっくりと
降ろすと床に蹲り唇を噛みしめ両手で口を塞ぎ、声を漏らさないようにしながら
彼女は一人、大切な妹さんのために涙を流していた。
「・・・本当に・・・申し訳ありませんでした」
膝を付き土下座をする公覆。買ったばかりのタキシードが床に擦れて汚れが付いて
しまう。
折角弟さんたちがお金を出しあって買った物なのに・・・。
でもよく見れば私のドレスにも赤い斑点が付いている。
妹たちが作ってくれたドレスが・・・私のせいで汚れてしまった・・・。
「・・・うっ・・・ぅぅ・・・」
寵愛さんは顔を上げようとしなかった。当然と言えば当然だ。土下座をして、
何が許されるというのだろう。何も許されないなんてこと、私と彼が一番
知っていることじゃないか。
「そして、文さん」
「・・・え?」
「君が俺のことに気付いていたことは何となく気づいていたんだ。
それでも誰にも何も言わずに俺と付き合ってくれたこと、とてもうれしかった」
「・・・公・・・さん?」
「文台、さよならだ」
「・・・っ」
そう言うと、公さんは私が付けていたネックレスの『幸せ』の印鑑だけもぎ取ると、
それを握りしまたまま窓際に向かって走り出す。
「公覆!!!」
「・・・」
私の声に振り返ることもせず、公覆はそのまま窓に体当たりして2階にある
私の部屋から落下していく。
窓ガラスが割れた音と、彼が落ちた音。大きな物音が家の中に響き渡る。
「・・・いやっ・・・」
気が付けば寵愛さんは顔を上げていて、破かれた窓の方を見ながらガクガクと震えだし、
そして悲鳴を上げた。
「いやああああああああああああああああああああああああ!!!!!!」
よかった。
彼女が声を出してくれたおかげできっとみんな異変に気が付くだろう。
安堵した瞬間、私の意識はどこかへ飛んで行ってしまった。




