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魔法の能力は伊達じゃない

 久しぶりの投稿が多いです。

 宜しくお願い致します。

 この世界では、生まれた子供は何らかの能力を幼い頃に発現する。

 それをいつの頃からか魔法と呼んでいた。


 リューチェの能力はありふれた、世間でよく聞く能力で、さして役に立つともとらえられていないようなものだった。

 それでも能力が発現した日は、ささやかなお祝いを家族にしてもらい、この世界の大抵の平凡な家庭がそうであるように、リューチェの家族も幼い娘の能力の発現をとても喜んでくれた。


 数年後、十代になったリューチェは、水がなみなみと入ったブリキの大きなバケツを両手でこぼさないように、しかも出来るだけ早く、足早に作業中の部屋まで運んでいた。

 各部屋を掃除していく。それは、気の遠くなるような作業だった。

 しかし、リューチェのやることは、むしろ世の中全体から見れば仕事としてはごく簡単で楽なもので、基本的に既にいつも綺麗な御屋敷をそのまま綺麗に保つために、まだ汚れているとも見えないうちからせっせと毎日掃除することだった。要するに泥にまみれるわけでも、きつく叱られるわけでも、重たい荷物を永遠と運ぶわけでもない。文句を言おうものなら贅沢だととらえられかねない恵まれた仕事に就けていると言えるのだ。

 それでも親元を離れ本格的に働くのは初めてのリューチェは、どこか御屋敷に勤め始めた初日の緊張感を引きずりながら、やっと初日から数えて半年が経とうとしており、文句が内心たまってきているところだった。

 働き初めて早々に、既に掃除係の先輩から、節々が痛むと聞かされていたが、リューチェは今のところどこも痛んではいないものの、確かにこのままだといつか自分もどこかしら痛めてしまうかもしれない、と思う程度には毎日疲れる日々だった。


 綺麗に整った部屋に、季節外れの花が生けられている。

「またリューチェですか」

 掃除係長のマイシー係長が、制服のエプロンを外して所定の壁のフックに掛けながら、休憩に入るため部屋に戻ってきて呟いた。

 掃除係用の休憩室では、昼休み直前に続々と掃除係たちが戻ってきているところだった。

 戻ってくると、扉の横の造り付けの天井まである棚状の独特の家具に、掃除のために出入りしていた部屋や掃除用具倉庫の鍵が返され、掛けられていく。

 どんどん棚が埋まっていくのはいつもの光景だ。

 マイシー係長はそれを横目で確認しながら、鍵の管理の当番であるため、その棚の近くに陣取って、見張らないといけないわけではないものの、いつも最後に棚の扉を閉めている故か、時計の針が昼休みの時間を指すのをそこで待っていた。

 そんな、慣れた業務の最中に、マイシー係長は休憩室の机の花瓶に活けられた花をなんとはなしに眺める。

 御屋敷の主人である貴族のご一家が利用する庭がある位置とは反対の、使用人部屋から見える庭がこじんまりした窓の外に広がっており、初夏を迎えようとしている爽やかな晴れた空が植え込みや花壇の隙間から覗いていた。

 花瓶に活けられた花は冬に咲く花で、どこからか採(と)ってきたのではなく、新人のリューチェが魔法で出したものだった。

「よく続きますね」

 机に別の花瓶を用意し、まだ咲かないはずの秋の花を出していたリューチェは、肩身が狭そうに、ガラスの花瓶の向こうからマイシー係長の方を見た。

「魔法を使いにくいと仰られていましたが」

 言いにくそうに報告する。

「そうでしょうね。旦那様はお坊ちゃまに魔法の研究を卒業してほしいわけですから。妨害でしょう」

「そうなんですか」

「あなたも巻き込まれて、災難ですね」

 リューチェは、秋の花を活けた花瓶を机から台車に乗せ換え、おずおずと係長のそばを通り過ぎながら、ぺこりと頭をさげた。

「はい……。分からないなりに、旦那様の仰られたことは、決まり通り守ろうと思います」

「そうですね。私からもそうあなたに言いました。覚えていて偉いですよ。御屋敷のご一家の指示を最優先に。働く以上最低限の決まりです。しかし、何かあったら早く誰かに言いなさい。私でなくとも近くにいた者でいいですので。掃除係が花を活ける係りになるなど、これまであったことがないのですから。旦那様には考えがおありなのでしょうけれど」

「はい、頑張ります。それと、ありがとうございます」

「いいえ、こちらこそ。頑張りなさい」


 花を出す魔法はありふれているが、それをお坊ちゃまの部屋に飾るために行うというのは、どうやら前例があるわけではないらしい。

 少なくともマイシー係長の知る限りではそうなのだろう。言葉から推測するならだが。

 戸惑いながら、リューチェは使用人通路を通り、一旦、台車だけ荷物用の昇降機に入れ、自分は階段を上がって御屋敷のご主人ご一家の利用される空間に出て、昇降機を動かし、台車ごと生け花を緋毛氈を引いた繊細な廊下に引き出した。

 台車を押すのさえはばかられるような、生活感のない綺麗な廊下を、粛々と進み、ご子息の部屋の前まで来る。

 ノックをすると、扉を開けたのは中にいた貴族の青年だった。

 なぜか、ご子息の部屋の前室によくいる。

「子猫ちゃん、やっほー。今日も可愛いネッ」

 キラッと音がしそうな、見事なウインクを見せ、台車が通れるように広めに扉を開けてくれる。

 もちろん意思を持って口を利いていい身分なはずはなく、勤め始めてから習っている教育の通りに、敬語で答える。

「はい、ありがとうございます。旦那様」

「いいなー、私もお仕えしてほしーい」

 ふざけて明るく振る舞う貴族の青年の邪魔にならない位置に、スッと台車を置き、花瓶をさっそく部屋の中へ運ぶ。前室から部屋へは何時ものように扉が閉まっていなかったので、おそらくまた前室の青年とご子息様が扉を明け放してやりとりしていたのだろう。

 気さくな間柄というものなのだろうか。

 休憩室の噂では、御学友と言うものらしい。貴族の子弟同士の交流など雲の上の話で、想像すらつかないが、一般人の友達関係と何か違うのだろうか。なかなか理解できない世界なことは察せられる。それに一生縁のないことに、興味はなかった。

 貴族社会についての噂話に花を咲かせる同僚もいるが、関わらないとはいえ貴族のために働き、仕事で貴族の前まで行く手前、噂とはいえ気になるようなことを知ってしまうのは気が散るだけだと思ってしまう。

 しかしどうやらご子息様も御学友も、揃って魔法を研究しているらしいことは、何度も花を持ってきているうちに、おそらくそうだろうと知っているようになってしまった。

 リューチェの知っている世間一般では、魔法の研究など一部の特殊な仕事としか聞いたことがなく、王室に仕えて世の中の役に立つことをやっている有名な魔法使いは、そういうことをやっているらしいが、常識で言うと、生まれつきの魔法など研究するものではない。高度な魔法が使えるなら、生まれつき最初から凄い人物とされ、使えないならよくいる平凡な人物に生まれた、特に歴史に残ったりはしない人の、当たり前な人生と言うだけのことなのではないかと思ってきた。

 だからわざわざ研究するようなお方が、身分がずいぶんと上とはいえ、同じ領内にいるということに内心リューチェは驚いていたのだった。しかし対象が、貴族と言う実態の分からない、何やら身分が上だということしか知らない存在であったことから、何となくそれもそんなものかと思うだけで終わっていた。

「お父上め、諦めて下さらないのか」

 花瓶を整えていると、部屋の中の書斎になっている方から、ご子息の低い声がして来た。

 机からばさばさと紙の束が落ちるような音も聴こえてきた。そうとう苛立っているのだろうか。

「あまり見ない花だ。どこからでも取ってこれるものしか出せない魔法なんて、生まれつきの授かりものと言っても、庶民の魔法は詰まらないものだな。それともお前が特別低級なのか? ん?」

 つまらなさそうに独り言を言いながら、天井を見上げている。

 花瓶の仕上げに前の花瓶に入っていた花で、まだ元気そうなものを差し足しながら、リューチェは早く引っ込もうとつとめてゆっくり冷静に見えるように、作業を進めながら、無駄がない動きを心掛けて手早くなっていた。それもこれも毎度のことながら、ご子息の雰囲気が棘々しいからなのだが、もちろん一介の使用人に何か言えるわけもない。

 前に飾った花瓶を花ごとさげ、台車を押して退室する。なぜか花瓶を置くことでご子息は魔法を研究しづらくなり、御屋敷の旦那様の思惑では研究を辞めるようになるのではないかと言うことだ。

 どうやら魔法の研究は失敗することが多く、その際に部屋に被害が出るらしい。

 その時に花や花瓶に何かあってはいけない、と言うことで、研究自体をしづらくなるのだとか。

 マイシー係長を交えての休憩室での雑談で、掃除係や他の使用人の証言を集めた結果、そう推測されている。

 リューチェもそう間違ってはいない気がしている。

 どうしてか飾っている何かに対して真面目な気持ちをご子息様は持っているらしい。

 そもそも部屋を研究で荒れさせること自体がおそらく頂けないことのはずではあるが。

 ここまで読んでくださりありがとうございます。

 続きます。

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