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エピローグ

 いつの間にか咲いた桜が公園の中で揺れていた。満開だった。堂々とした咲き方に惹かれ、立ち止まって見上げたが、時間はあまりなかった。

 昼飯を食いながら神近とやり取りしている間に、思いのほか経っていた。

「元気そうで何よりやけどな……」

 家を出て行ってから一度だけ外で会ったが、妙に疲れた顔をしていた。どうしたのか聞いてもまあ答えない。また何か、自分を省みない時間と肉体の使い方をしているんだろうなと溜め息を吐きたくなった。

 神近三春はそういう奴だ。オレの想定を尽く無視する。でもそうしないと納得できないと言い張るのだから始末に負えない。

 押していたバイクに跨りエンジンをかけた。昼からは天宮さんが連れて来る新しい事務員の面談予定がある。信頼しているため任せ切りになっていたが、天宮さんにしては人員選択に迷っていたようだった。本決まりにするのも悩んでいたらしい。

「能力はなんとかなったんやけど、事務経験がゼロなんよ」

 と、顧客リストを整理しながらぼやいていた。

「事務経験ゼロなんやったら、雇わん方がええんちゃいます」

「うーん、そこはそうなんやけど、引き継ぎしながら現場で教え込んでもええかなあと」

「……まあ、天宮さんが見込んではるなら、判断は任せます。仕事さえちゃんとするんやったら、そんでええですよ。あと顧客受け良さそうな愛想もあったら完璧ですけど」

「あー、それはいけると思うわ。なんや付き合うてると、変に憎めへん感じの子やから」

 天宮さんはそのように曖昧に話して、結局そいつに決めた。

 でも最終判断はオレに任せると言い、今日がその面談だ。

 だからまあ、当然怒った。

 似合わないスーツを着た神近が、

「面談予定の神近三春でーす……」

 とかアホほど気まずそうに言いながら顔を出したから、後少しでスパナをぶん投げるところだった。

 斜め上のことすんなボケカスがとは詰り、茶色に染め直してきた髪を掴んで、事務室まで引っ張っていった。

 黙っててごめんなあと、まずは天宮さんに謝られた。知識が皆無の神近がパソコン業務を覚え切れるかどうかわからず言えなかったらしく、それは納得した。

 ボケカスと机を挟んで向き合い、何故黙っていたのか聞けば、視線を彷徨わせてからオレを見た。

「何言うても絶対怒るやん……」

「もう怒っとる、はよ吐け」

「……えーと……つまり……」

「何やねん、不採用にすんぞ」

 神近は慌てた顔になり、

「遠城に甘えてまうから言わんかった!」

 工場に響き渡る声で言った。離れたところで備品整理をしていた天宮さんが噴き出して笑った。

 オレは溜め息を吐きながら脱力した。

「……、採用にするとして、どうすんねん。他の仕事は?」

「あ、冷凍倉庫もこの前退職して……今は無職やねん……お金は大丈夫やで、兄ちゃんも返してくれたし、俺趣味とかないから使わんし……」

「住居は? 倉庫近くにアパート借りてたやろ」

「それは、えーと、暫くはそこから、通いたいんやけど……」

 神近は一瞬天宮さんを見たが、すぐにオレへと戻した。

「……楓ちゃんが大学に進んで家から離れるまでには、一緒に住みたい。俺、遠城のこと一人にしたない」

 何回目かわからない溜め息が出た。ヘタレで弱気で頼りがいも身寄りもなくて、結婚詐欺に尽く失敗したような意気地なしがいつの間にか言うようになったやんけと、呆れ半分の溜め息だった。

 もう半分は、腹の立つことに安堵だった。無意識に落とした舌打ちに神近は不安そうにして、肝が据わったんか据わってないんかどっちやねんと思うものの、オレのために絶対に戻るという約束が守られたことは確かで、なら答えは決まっていた。

「……明日から来れるな?」

 聞くと、神近はわかりやすく表情を明るくした。癪に触ったので机の下で足を蹴ったが、神近は嬉しそうなままだった。


 オレだって、喜んではいた。居なくなった奴しかいない中で、自分が擦り減っていくような時間といつまでも進められない時間の中で、むこうがわにいってしまった人ばかりの中で、あっさりと帰ってきた恋人の姿が嬉しくないわけはなかった。

 神近はやっとおなじところに来たと心底安堵したように話し、こっちに向けて右腕を伸ばした。

 空中で掴んで留めた。次に出て行ったら今度こそ轢き殺す、だから二度と出て行くな。そう告げながら引き寄せた。物騒にしか好きだと伝えられない、そんなオレに対して神近は何度も頷いた。

 その様子が妙に必死でおかしくてつい笑ってしまった。不本意ながら、清々しいくらいに春だった。


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