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 曇っているがやけに暑い日だった。散々釘を刺されたのもあって、ちょっとサボろうかと思っていた通院に向かうことにした。

 送迎できないと言った遠城は保険をちゃんと用意していて、バス停まで歩く俺の隣にはプリントTシャツにデニムのショートパンツ姿の楓ちゃんがいた。

「楓ちゃん……部活ないん?」

「今日行けへん言うた」

「いや、俺よりも部活動のが大事やん……?」

「んー、部活動より兄貴のが大事? みたいな?」

 それならもう何も言えない。大事な兄貴に頼まれたからよれよれのシャツにかなり伸びているジーパンの男に付き添っていると、俺も自分を納得させる。

 バス停に辿り着くと、ちょうどバスがやって来た。バスの中は抜群に冷えていて気持ち良く、病院近くにはその一本で辿り着く。そして病院の中もめちゃくちゃに涼しい、サボる気だったのに来て良かったと心底思う。

「神近さん、私ここの待合室で待ってるから」

「あ、うん」

「今日ギプス取れるんやろ? 兄貴が言うてた、ちょっと嬉しそうやったで」

 つい黙る。楓ちゃんは舌打ちして、ドリブルアタック! と意味不明な技名を発しながら俺の背中を叩いた。わりと痛かった。

「なんで付き合ってくれへんの!」

「楓ちゃん、ごめん楓ちゃん、主語ないとめっちゃ未成年略取っぽいから止めて」

「神近さんが悪いんやん、私は本気やねんで」

「ごめん、ごめんて、わかったから後にしよ、もう呼ばれるし待っててや」

 納得していない顔で楓ちゃんは黙った。動かなくもなってしまったので、なんとか促して空いたソファに座らせる。

 周りの視線に冷や汗をかきながら、呼び出された瞬間に診察室へと滑り込んだ。俺の必死な様子に担当医は、なんやねんコイツ、という笑顔を浮かべていた。


 診察は手早く済まされ、ギプスも外してもらえた。他の人間よりも骨が治りにくかったらしく、ギプスの期間がちょっと延びていたのだと説明された。電動のカッターで切り込みを入れられ半分に割れたギプスにはちょっとした哀愁があったが、持って帰りたいか聞かれて断った。

「えー、神近さん、ギプスは取れましたけど完治はしてません。安静にしろという話ではなく、まったく思い通りに動かんやろうから絶対にリハビリをしなさいという意味です。それから動かすにしても無茶苦茶な動かし方は逆効果やから絶対にしないでください、いいですね?」

 俺の雑さをすでに把握している先生は強めの口調でそう話した。渋々頷くと、遠城の家から通いやすい位置にあるリハビリ用の接骨院や整形外科クリニックのリストを渡された。

 実際に、右腕は握ってみようとしてもあまり上手く動かなかった。先生が教えてくれたリハビリ動作を何度か処置室で行って、なんとか拳を作れるようになったレベルだ。休職している冷凍倉庫への完全復帰は遠そうだ。

「先生、リハビリ通う金ないんですけど」

「ご家族……ちゃうかったな、……先方が完治までの治療費はすべて払うんでしょう。神近さんは被害者側やし話し合いも済んでるなら、金は気にするところやないでしょ」

「いや……うーん……」

「他に何かあるんです?」

 先生に言うか迷ってから、

「自分に金使われるん苦手で……」

 結局口に出した。先生は一瞬止まった。

「……神近さん、それはなんというか、僕が口出す領分の話やないですね」

「え、あ、そうなん……ですか?」

「心理的な話やね。……メンタルクリニックも紹介しましょうか?」

「いや、だから、金ないて」

「リストアップして受付に渡しときます」

 先生はカルテの中にざかざかとなにかを書き込んで、痛み止めと湿布はひとまず一週間分ね、と言った。

 診察室を出て、待合室に戻る。ぱっと顔を上げた楓ちゃんは、ギプスの取れた俺の腕を見て笑顔になり、触ろうとしたが慌てて避けた。

「なんでお触り禁止するん」

「だってこれ、二ヶ月洗てへんで……」

 うわ! と叫んで楓ちゃんは手を引っ込めた。遠城と顔や雰囲気はよく似ているのに、性格が全然違うなあ、と改めて思った。

 受付で診察費その他諸々を支払う時、受付のスタッフからメンクリのリストも貰ったが、楓ちゃんにバレないよう四つ折りにしてポケットへと押し込んだ。

 病院横にも薬局はあったが、まあいいかと寄らなかった。楓ちゃんは処方箋をちらっと見たけど、よくわからなかったのか何も言わず、はよなんか食べよー、と明るく言った。出発したのは朝だったけどもう昼過ぎだ。コンビニに寄るか、ファミレスに寄るか、考えながらバス停に向かって歩いていると楓ちゃんにシャツの裾を引っ張られた。

「ん、どしたん」

「あっちに安い服屋さんあんねん」

「ああ……なんか買いたいん……?」

「ちゃうちゃう、神近さんに買うてあげる!」

 よく意味がわからず聞き返すと、

「だって兄貴と付き合わへんの、自分に自信ないからなんやろ? せやけど確かに、そんな雑魚丸出しの伸びたシャツとか着てたら自信もクソもないやん。せやから服買うてあげる。私の友達でもかわいい服買ってオシャレし始めてからなんや明るくなった子いてるし、とりあえず見た目から変えよ!」

 そう話しながら有無を言わさず俺を引っ張っていく。女子高生に本気で抵抗して怪我をさせるわけには……とおろおろしている間にバス停からはどんどんと遠ざかる。

「楓ちゃん、あのさ楓ちゃん、別に服欲しないし、オシャレメンズになっても遠城とは付き合わんというか……いやまあ付き合うとるようなことは、その、してもうたけど、えっと……」

「うわ、もしかしてただの体目当て? 最悪やで、責任とってや!」

「道の真ん中で主語なし罵倒ほんまやめて」

「ほんまのことやん!」

 楓ちゃんはちょっと怒っている。もう余計なことは言わないほうが良さそうだ。

 引っ張られるまま道を進みながら、せやけどこのままとりあえず行ってあんま好きな服ないわとかなんとか話して何も買わずに出ることは可能、と後手後手な方針に定める。

 定めるが、まあ余裕で駄目だった。新しいシャツに新しいジーンズに着たことのない柄のポロシャツにモデルしか無理やろと思うようなシュッとしたスキニーを独断で勝手に迷いなく購入された。

 兄貴喜ぶとええな! と弾ける笑顔までついてきて、黙って頷くしかなかった。

 俺は本当に気が弱い。


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