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第45話 白銀を背負う者

 ――継ぐ者へ。


 私の願いがどうあれ。

 選ぶのは、今を生きる君だ。


 私は選べなかった。

 失わないために、自分が終わる道を。


 約束してしまったことを、後悔してる。

 


「もし、私が私でなくなる時がきたら」


 残りの命では果たせない。

 私に授けられた理では、叶わない。


「そのときは……私を嫌って」


 青玻璃の瞳は、困惑の色を浮かべていた。


 こんなことを頼めるのは、彼だけだった。

 私に、躊躇わずに剣を抜くことができる人。

 だから、授けた。


『私が再び道を誤るなら、迷わず切り捨てろ』


 ――加護を。



「愛されていたら……私は止まれない。あの力は、私自身の"願い"で動くから」


「そんなこと……できるわけがない」


「……私が誰を護りたがるか、知ってるでしょ?」


 君と、あの人。

 私が消えても、二人が生きていく世界を。


 彼は、ずっと黙っていた。


「私が壊れたら……あの人を頼む。あの人は、誰よりも未来を望んでいるから」


 彼はようやく、頷いてくれた。

 

 あの人には、言えない。

 別の方法で、私を救おうとしてしまうから。

 きっと、それができてしまうから。


「次はひとりで歩けるように、見守ってくれる?」


 迷わず歩ける自信がなかった。


「……ひとりで、行くな」


 ようやく返してくれた言葉は、それだった。


「愛して、愛されてしまったら、選べなくなる。心を殺さないと、躊躇う」


 それがどれほど重いかを知りながら、それでも言葉にしてしまった。


「だから、ひとりでなければならないの」



 ――けれど、その約束の後。


 彼は、私のせいで翼を失った。

 これ以上、彼から奪ってはならない。


 伝えられなかった。

 伝える力が、残っていなかった。


 こんな約束など、忘れてくれ。

 自由に生きてほしい、と。





 ――記憶を見ても、答えは変わらなかった。


 閉ざされ、求められ、傷つけられる。

 それだけが繰り返される日々。


 そこから解放してくれた人がいた。

 躊躇いもなく、手を汚したその人に。

 罪を背負わせたくなかった。


 だから癒しを使った。

 それだけ。


 その人には、目的があった。

 それを教えた瞳が、どこか哀しかった。


 終わりにできるなら、それでよかった。


 自分が消えれば、護れる。

 すべてを。


 消える理由をくれただけ。

 その人が背負うべきじゃない。


 過去も、今も。 

 失わせてしまったなら、尚更。


 誰かを大切に想えば、誰かを壊すだけ。


 独りで在るべき理由を理解した。


 ただ、それだけだ。


 終わりを願うことが、唯一の希望だった。




 ――灰になれ。




 その瞬間。

 記憶を見せた遺跡全体に、白銀の光が走った。


 鍵が回る音も、封印が砕ける光もない。

 ただ、閉ざされていた"奥"が、最初からそこにあったかのように開いた。

 壁に刻まれていた無数の残響が静まる。


 イシルは、立っていた。前を見据えて。


「……進もう」


 その声は、とても静かに響いた。

 イシルの後を、ナギ、そしてアゼル、最後尾をウィルが歩く。

 遺跡の最奥へ続く回廊は、 これまでの記憶の空間とは明らかに違っていた。

 構造物そのものが、もっと素朴なものでできている。

 石を切り出して積まれたような、古い造り。


「遺跡の中に、別の遺跡?」


 その不可思議な造形に、ウィルが声を上げた。


「ここを隠すためか、何か別の目的があったのか」


 アゼルは言葉をそこで切った。言葉にできなかった。


(外側。何だ、この感覚。……畏怖に、近い)


 ほどなくして、扉に突き当たる。

 そこには、見覚えのある文字が刻まれていた。

 イシルが触れても、それは開かなかった。


 そっと横にナギが立ち、囁く。


「アマ・ル=エル ルクス・ア=セラ」


 何かが触れ合うような音がした。

 押すと、扉が簡単に開いた。


「ナギ。それは?」


「読み方、教わったんだよ。姫様に」


 古書室に籠もっていたイシルは知らなかった。

 ナギが、フィオリーシェから学んでいたなど。

 影の系譜の言霊だけが、鍵だと。 


 扉の奥の空間には、色があった。

 淡く、温度のある光。

 ナギは思わず、声を漏らした。


「あったかい……」


 白い大樹があった。

 それは、枝の一つひとつが光を帯び、太陽は届かないのに、木漏れ日のように柔らかく輝いていた。


「これが、"祈りの場"なのか」


 思わず、アゼルが呟く。

 魔力でもなく、理でもない、もっと別の存在。


「綺麗だ……」


 ウィルが見上げながら、目を見張った。

 地下にあって、あり得ないその光景に。


 イシルの内側から呼応するように、白銀の光が溢れる。瞳に白銀が混じり出す。


「――祈りの欠片。なんで……」


 記憶の遺跡。それが構築される前。


(人が、守っていた……根拠の薄い推論の方が)


 ――願わくば、違っていてほしかった。


 白き神が分かたれた、三つの祈り。

 世界を終わらせないために用意された、 終わらぬ光。


「これが……まさか、イシル」


 ――開けてしまった。言霊で。


(使命が進んでしまったら……イシルは)



 眩い光は、まるで全ての色を携えているように瞬く。


 イシルだけが、足を止めない。この光が、 自分にとって救いではないことを知っている。


 ――終わらぬ光を持て。

 滅びの祈りへ至るための条件。


 終わらせたい者に、 終わらないものを背負わせるための、皮肉。


 イシルは指先を持ち上げる。

 銀の理が、瞳を染める。

 触れぬまま、意志を投じる。


 その光は、拒まない。 選ばせもしない。

 ただ、在るべき場所へと重なっていく。


 魂の輪郭に、別の層が重なる感覚。


「…………っ……!」 



 体の奥に、魂の奥に、温かい波動が届く。


 ――終わらぬ光が、魂を抱く。


 息が詰まる。胸の奥が痛い。

 温かいはずの光が、魂の底を焼く。

 

「イシル……!」


 崩折れそうなイシルを、ナギが支える。


 アゼルはその様子を、少し離れて見ていた。近すぎれば、気づかずに見過ごす気がした。

 白光に、別の明度が奔るのを見た。


「反発……なんで、こんな……」


 嫌な予感に、奥歯を噛みしめる。

 治癒魔法への反発と同じ、陰性治癒反応。

 生ではなく、死の本能。


「お前、いなくなるなよ――」


 邪魔はしないと決めたから。アゼルの口から漏れ出た言葉は、イシルに届かない囁きだった。


 イシルは、固く閉ざしていた瞼を持ち上げた。

 白銀の光粒が、強く瞬く。


 ――留まれ。


 無彩の光を繋いで結ぶように、収束していく。

 

 イシルの中で一つになる。



 その瞳の白銀は、これまでになく鮮烈だった。

 まだ、奥底が焼けているような。


「イシル、大丈夫?」


 そう言い終える前に、イシルはナギから離れた。


「大丈夫。もう、終わった」


 顔色は悪くない。ふらつきもない。

 ただ、瞳の奥に、何かを隠しているような気がした。


『三つの祈りを集める時、 祈りを“宿した器”は限界を迎える。神が離れれば……人の器は、死ぬ』


『滅びよ、そして再び祈れ。 再び祈れ、そして留まれ。 留まるとき、汝はわたしを離れるであろう』


 ルーベルが残した使命。ソラリアが語る運命。

 神話原文が示す、別の可能性。


 アゼルは腕組みを崩さずに見守っていた。


 ウィルは一番離れた位置で、双剣の柄を無意識に握りしめていた。


 光輝いていた大樹は、ようやく眠りについたかのように、暗闇に沈んだ。



 ――否。ナギだけには、遺された光が見えた。

 それは、銀鎖に通された指輪に触れた。


 誰かの残滓のようなそれは、白銀を背負う者を見ているように感じた。


『あなたが、生きることを選びますように』


 それは、誰かの祈り。

 届かなかった、光。


 

(ああ――届けたい言葉、だったのか)


 根拠もなく。ただ何となく、ナギはそう思った。



『愛する者へ。光が、届かんことを』



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