表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/24

第10話 祈りの形をした呪い

 金色の転移の光が弾け、空気が揺らぐ。

 光が収まると同時に、石造りの静かな室内が姿を現した。レイ・アルシェの私邸だった。


 レイだけが姿勢を崩さず着地し、腕の中にイシルを抱えたまま動きを止める。

 他の三人は容赦なく床へ叩きつけられた。


「いっ……だ……」


 ウィルは両手をついた姿勢のまま、焦点の合わない瞳で呟く。干渉の残滓がまだ濃く、反応は緩慢だ。


「何なんだ、ここ……」


 アゼルは衝撃に息を吐き、肩を押さえる。


「イシル……!」


 ナギは痛みを忘れ、血の気が引いた顔で駆け寄ろうとした。


 レイは三人の声をまるで耳に入れず、イシルの体勢を整えながら急速に悪化する状態を読み取っていた。


 胸元まで血が滲み、肩口の深い剣傷――急所を外すため、間際で身体を捻った痕跡。

 レイの眉が痛みに似た色を帯びる。


「無茶ばかりするんだから」


 その時、イシルが浅い呼吸を押し殺すように震え、血に濡れた手でレイの外套を掴んだ。


「……ウィル」


 喉が裂けるような声。それでも、イシルはレイの腕から身を起こし、震える指先でウィルへ手を伸ばす。


「イシル! 今は動いちゃだめだって――!」


 ナギが止めようとするが、イシルはそれでも動く。


「本当のウィルじゃ、ない」


 掠れた声は弱いが、確かな意志を宿していた。

 指先に、白銀の光が灯る。光がゆるやかに揺れ、ウィルの胸へ吸い込まれていった。

 ウィルの身体が小さく跳ねる。歪められていた"理由"が、本来あるべき場所へ戻っていく。

 軋むように心が形を取り戻し――。


「……イシ……ル……? ぼく……なにを……」


 呟きが溶けるように落ち、ウィルはその場に沈むように崩れた。


 白銀の光が消える。イシルの膝が折れ、倒れかけた瞬間、レイが抱きとめた。

 レイはその蒼白な顔を一瞥し、低く嘆息する。


「限界まで銀の理を使って、そんな身体で無茶をするなんて。ほんと、君は……」


 彼はベッドにイシルを横たえ、肩口の裂け目に指をかけた。

 丁寧な指の動きのまま、わざと傷へ触れるように押し、反応を確かめる。イシルの表情が痛みに歪む。レイはその反応に、細く息を漏らした。


「意識は、まだ残ってるんだね」


 淡い光がイシルの身体の芯から滲み、空気が金属のように軋み出す。


「あぁ……最悪だ。もう始まった」


 言葉とは裏腹に、レイは落ち着いていた。

 イシルの胸が浅く、不自然な速度で上下している。

 皮膚の下で脈動するのは生命力ではなく――強制された延命の光。

 

 アゼルが険しい声をあげる。


「治癒じゃないな、これ」


 レイは答える代わりにイシルの頬へ触れ、指先を微かに震わせた。


「在るべき状態へ"留まる"力が働いてる。本人の意思も、痛みも、限界も無視して命を繋ぎ止めようとする……残酷な力」


 ナギの顔から血の気が引く。


「このままだと、イシル……どうなる?」


 レイの声は淡々としているのに、壊れたような優しさを孕んでいた。


「削れる。――代償として、記憶と心が」


 アゼルの顔が一瞬で険しくなる。


(こいつ……イシルの何を、どこまで知っている?)


 どのような存在か、理解しすぎている違和感。

 稀代のルーナ、始祖の影。誉れ高い呼び名の通り、全てにおいて他を凌駕する男。それは、治癒魔法も例外ではない、という事実。

 

「止められるのか?」


 淡い金色の瞳は、イシルから目を逸らさない。


「僕だけが、ね」


 レイはイシルの顔を覗き込む。薄く開いた赤い瞳が、揺れる影を捉える。


「……や…………」


 掠れた声。拒絶の言葉。

 しかしレイは、優しい声で返した。


「駄目だよ。君が壊れるよりは、僕が嫌われる方がいい」


 イシルは震える手を伸ばす。触れれば拒絶の意思を伝えられる――だが、力が入らない。レイはそっと、その手首を押し戻す。


「拒むなら、もっと強く拒んでみせてよ」


 光がレイから広がり、室内の空気が震える。

 その異質さに、アゼルが思わず踏み込む。


「待て、何を――」


 言葉は届かなかった。

 レイの指先がイシルの頬から顎へ流れ、そっと上向かせた。

 そのまま――唇が触れた。


 淡金色の光が、二人を抱擁する。


 その瞬間、イシルの瞳が震え、呼吸が止まる。


「――っ」


 声にならない拒絶が喉を掠めた。

 その腕には、レイを押し退ける力が残っていなかった。

 命の粒子が注ぎ込まれる。荒れた呼吸が静かに、そして傷口が癒えていく。


 アゼルは歯を食いしばりながら、腹の奥で嫌な冷気を感じる。


(……救命なのは、分かる。けど……こいつ、絶対"まとも"じゃない)


 執着が、あまりにも自然すぎた。

 味方とも敵とも違う、危うい何か。


(伝承の力に対する執着か? ……いや、在るかないかの存在に縋るような柄には見えない。だったら、何だ)


 やがてレイは唇を離し、短い息をついた。

 イシルの胸は正常な鼓動を取り戻していた。

 

「よかった。間に合った」


 言いながら、指先で自身の唇に触れる。

 そこに残った温度を確かめるように。


 薄く目を開いたイシルは、レイを見つめる。

 警戒、困惑、拒絶。それらが弱々しく滲んでいた。

 レイは柔らかく微笑み、イシルにだけ聞こえる声で囁く。


「そんな顔するなら……もっと早く選んでほしかったよ」


 イシルの眉が寄る。


「……何……を」


 レイは目を細めた。その瞳はどこか寂しく――。


「僕か、あいつか。君が愛していた世界の話だよ。今は、まだいい」


 イシルはその意味を理解できないまま、瞼を閉じた。


 レイは三人へ視線を向ける。

 淡金の瞳がゆっくり揺れ――冷たく、遠い。


「さて。君たちは"選ばれていない"のに、どうしてイシルの傍にいる?」


 アゼルが噛みしめるように答える。


「拾っただけだ。放っておけなかった。それだけだ」


 レイは、その言葉の奥まで読み取ったように、ゆっくり笑った。


「そう。人を放っておけないところは、やっぱり似てるね。"英雄の子"らしい」


 アゼルの眉が不愉快を物語る。


「……それを、どこで」

「知ってるよ。君の母は、北を守るために自分の命を燃やして大陸を包む結界を張った――稀代のルーナ、"英雄"ティエラ・テラノア」


 レイは、わざと優しく言った。


「皆がその名を使って君を呼びたがるけど……君は"英雄の子"と呼ばれるのを嫌う」


 まるで古傷を撫でるように。

 アゼルは顔をそむけ、唇を固く結ぶ。


「関係ないだろうが。俺がどう呼ばれようと、イシルを拾ったこととは関係がない」

「関係、大ありだよ」


 レイは眠るイシルの銀髪をそっと梳いた。

 その指先はやけに丁寧で、優しい。


「君は"救われなかった誰か"を前にすると、放っておけない。英雄の子は結局、英雄と同じところで立ち止まるんだよ」


 アゼルの胸が軋む。触れられたくない場所を、何故かこの男は正確に突いてくる。

 レイは淡金の瞳を伏せ、イシルの額に触れながら静かに息をついた。


「イシルが目覚めたら……彼が君達をどう扱うかは、彼が決めること。ただ僕は――」


 淡金の瞳が、眠るイシルに縋るように細められる。


「彼が幸せになる未来しか、許す気はないから」


 その指先が――銀髪を掴んだ。

 離さない意志が制御を失ったのは、一瞬。

 すぐに何事もなかったかのように、指が緩められた。


 祈りの形をした、ほとんど呪いのような宣言だった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ