第1話 剣と翼
《赤瞳の剣持つ乙女》
――セレスティス王国伝承集 第三歌 より
すべてを導くは、赤き瞳。
その眼差しに魅せられし者、主の"剣"とならん。
世界の重きをひとり抱き、孤影に立ちてなお揺らがず。
人、これを呼ぶ──赤瞳の君と。
《銀月の詩》
――ルーナ古謡集 「シルヴェルの章」 より
星を牽くごとき、銀の髪。
その煌めきに心奪われし者、主の"翼"とならん。
祝福にも呪いにも似た、理の光を纏いて。
人、これを讃う──銀月姫と。
◆
そこなる者はひとり、灰色の空を背に立っていた。
銀の髪が、積雪の白よりも淡く、触れれば溶けてしまいそうな光をこぼす。
その視線が湖へ落ちる。
"天鏡"──天空を映すはずの湖面は、風に曳かれ、波に乱れ、呼吸を忘れていた。
細い指先を持ち上げる。
触れぬまま、ただ意志だけを湖へ投じる。
その瞬間、波は止まり、世界は沈黙した。
空が、湖に落ちる。雲は裂け、青は深まり、天と地がゆっくりと重なっていく。鏡となった湖面に、空が、雲が、古い理が呼び覚まされる。
その瞳の赤は、光を溶かしたように淡く、銀の煌めきを底に宿した赤。温度のない焔の色。静かに燃える、透明な赤い宝石のような瞳。
人の赤ではなく、理の赤だった。
そして──その赤が、音もなくほどけていく。
銀の理が目覚め、赤に混じり、やがて瞳は白銀の光へと変わった。
湖の底から、声なき声が響く。
言葉ではない。祈りそのものの震え。
――終わりなき光持て。さもなくば、お前を受け入れない。
声なき応えに、瞳を僅かに伏せ、小さく息を吐いた。
その身に宿る銀の理は、その光を迎え入れる備えを、まだ持たない。
鏡は崩れ、波が再び風もないのに立ち上がった。
湖が息を吹き返すとともに、その瞳は音もなく赤へ戻る。光を宿した、静謐な赤へ。
それは、決意の色に近かった。
赤瞳が、静かに細まる。
まるで、最後に戻って来る場所を、先に確かめておくかのように。




