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メンタルドクターNの奇妙な症例集

個別カスタマイズド・イズム

作者: anonymous writer

 「私は本当は、お義母さまへの仕送りなんか、やめたいんです。子供も大きくなってきていて、これから養育費もかかるし、それに、私はこんな風に病気で働くこともできない状況ですし。でも、それをしたら確かに経済的には楽になるけれども、夫はとてもいやな気持ちになるようでして・・・。結局のところ、旦那が稼いだお金ではありますし、私としても強く言えないのです。」


 僕は今、診察室で、双極性障害を抱える中年女性の相談に乗っている。こういう相談は、僕が一番手を焼いているものだ。最初から、「こうすれば万事が丸く収まる」という解がない問題だからである。


 この事例で言うと、このままズルズルと義母への仕送りを続けていれば、家計は苦しくなる一方である。合理的に考えれば、例えば世帯分離してしまって、義母には生活保護でも受けてもらった方がよいに決まっている。しかし、世帯の稼ぎ主である旦那からすれば、実の母親を切り捨てるようなことは、極力避けたいだろう。このように、合理的な判断が、色々な条件によって妨げられてしまう状況というのは、生活の中で往々にして生じうる。我々はときに、不条理な「答えのない問題」に直面することを強いられるのだ。


 このことに関連して、「カルネアデスの板」という有名な思考実験をご存じだろうか?あなたは船に乗っていて、海の真ん中でその船が沈んでしまう。あなたは浮いていた木の板に必死でつかまることでどうにか難を逃れたのだが、ふと隣を見ると、別の男も、あなたがつかんでいる板につかまろうと、こちらに近づいてきている。木の板は二人の体重を支えることはできそうにない。その別の男を突き放せば、あなたは助かるかもしれない。逆に、その男を助けるためには、あなたが犠牲になるしかない。さあ、この状況でどうしますか?というものである。


 当然、この問題には正解はない。結局は、自分の生存本能を優先するか、他人への思いやりを優先するか、という個人の価値観の問題に帰結するだろう。精神科の患者は結構、こういう問題に関する相談を、診察室で口にする。正直に言うと、「自分で考えろ」と言いたいところなのだが、さすがにそこまで突っぱねた回答はできない。でも、そもそも答えがない問題なのだから、議論が堂々巡りになることがしばしばで、とくに一日の診察が終わりかけの時間帯にこういう相談をしてくる患者がいると、医師側としては、とても疲弊してしまう。YouTubeにもっとエネルギーを割くためにも、この問題を何とかしなければならないと、前々から思っていたところだった。


 それで先日、YouTubeで野田というITエンジニアと対談する機会があったのだが、彼の発言の一つが、僕の中で大きなブレイクスルーを起こすきっかけになった。なんと彼は、chatGPTに相談することで自分の心の問題を整理することができ、行動指針が明確になったというのである。海外経験もある野田は、


 「人生には、その人なりのイズム(主義)を個別にカスタマイズすることが必要だと思います。そうしてできた軸がないと、簡単に道に迷うことになってしまう。」


 と英単語も交えて説明した。この発言を聞いて僕は、マリーノから”Let it be”の話を聞いたときと同じ、稲妻に打たれたかのような、強烈な知的アハ体験に見舞われていた。「ビビビときた」というやつである。


 「その人なりのイズムを個別にカスタマイズすること」は、「個別カスタマイズド・イズム」と用語化できるだろう。これは治療の新しい道具として、かなり有効に活用できそうだ。


 大体なぜ、最初から思いつかなかったのだろう。患者の堂々巡りのような相談の相手は、はじめからAIにさせておけばよかったのだ。もちろん、問題に直面するたびにAIに相談し、自分の考えていることを俯瞰してもらって、自分なりの行動原理を提示してもらうことも可能だろうし、日頃からAIと対話し、その対話のログの内容を分析してもらって、「個別カスタマイズド・イズム」として提示してもらうことも可能かもしれない。


 この先、人類はAIと共存することなしには生きていけないだろう。そしてAIは、有効活用すれば、労働をはじめとした人間の生活上の負担を、大きく減ずることができるポテンシャルを秘めている。古代ギリシアの知的エリートたちが奴隷に労働をさせて自らは深い思索にふける余裕があったように、現代に生きる我々もAIに汚れ仕事をやらせれば、より人間らしい活動にリソースを割り振ることが可能になるだろう。


 臨床現場において、患者の「カルネアデスの板」のような相談に乗ることは、精神科医がやらなければならない「汚れ仕事」の一つである。すでに述べたように、こうした問題に対する明快な解は存在しえないが、「個別カスタマイズド・イズム」こそが、臨床現場の負担を減らすための、僕なりの解である。


 今後は、患者たちがそういう話題を持ち掛けてきたら、「AIとよく相談して、個別カスタマイズド・イズムを確立させてください。」の一言で済む。これにより、僕はYouTubeをはじめ、クリエーティブかつイノベーティブな活動に、より専念することができるのだ。


 実は、最近は僕自身がすでに、AIに行動の指針を示してもらうようになってきている。AIに整理してもらった夏田宗助の個別カスタマイズド・イズムも、Xに公開した。夏田宗助という人間を理解してもらう助けになるだろうし、僕なりの、患者への手本としての意図もある。


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