6 子爵令息の憂鬱
兄が婚約した。
優しく可愛らしい人で、兄には勿体無いくらいの女性だ。
兄に、いつかデヴィッドの姉になる人だから丁寧に接してくれと言われた。今まで女性に丁寧に接しなかったことなどないと思ったデヴィッドは、少しムッとしてしまった。
兄には、あんなに可愛い人が俺の嫁になるから羨ましいんだろ、次男で大変だろうけどお前も良い人と婚約出来るといいなとか好き勝手言われた。どうしてこんな兄とあんな穏やかな人が婚約したのか疑問に思った。
デヴィッドは子爵家の次男でこれと言った取り柄はない。どこにでもいる感じの平均的な身長体重に、茶色の髪と瞳で目立つところもない。頭も運動神経もまぁ普通。
将来はどこかで文官になれたらいいなと思っている。可もなく不可もなくそんな人生を歩んでいくんだろうと思っていた。
そんな地味な人生が変化したのは15歳になった時だ。
兄が平民の女性と駆け落ちした。氷のような美しさで有名な侯爵令嬢が好きなチーズケーキがあるとの噂を仕入れた兄は、評判の店にケーキを買いに行った。その帰り道に困っていた女性を助けたのだけれど、それが後の駆け落ち相手だった。
――貴族様なのに平民の自分に優しくしてくださって嬉しいです
――とても優しい方。身の程知らずですが婚約者がいらっしゃると言うのにあなたのことが忘れられません
――あなたに惹かれているけれど身分の差はどうしようもありません。私が貴族ならあなたと一緒になれたのに
――愛しています。私は身を引きますがそれだけは覚えておいてください
そんな言葉にあっさり引っかかった兄は、こんなに自分のことを愛してくれている人はいないと熱く語っていた。少し冷静になって考えて欲しいと兄を宥めていたけれど、ある日置き手紙を残して兄は消えていた。
――人生で一番大切な人が見つかった。この愛を捨ててしまったら、私には生きていく理由がない。愛しい人と一生を共に過ごしたい。婚約者には悪いが私のことは忘れて欲しい。さようなら、私のことは探さないでいてくれ
兄の置き手紙を読んでデヴィッドは脱力した。馬鹿だとは思っていたけれど、ここまで馬鹿だったとは。
父は激怒し、兄とは縁を切る、今後何があっても助けを求められても知ったことではない。跡継ぎはデヴィッドとすると宣言した。
平凡な文官になる予定だったので、突然跡を継ぐことが決まって驚きや不安や兄への怒りや色々感情に襲われて大変だった。
その後は兄の婚約者に慰謝料を払ったり兄のやらかしの後始末に時間がかかったけれど、なんとか落ち着いた。
自分もいつか恋をして兄のように周りが見えずに暴走する日が来たらどうしようか。恋とはなんて怖いものなんだ。簡単に判断力が失われる。
デヴィッドは例え恋に落ちたとしても冷静に周りを見て判断しようと心に決めた。
そうして子爵家の跡継ぎとしての勉強をはじめ忙しくしているうちに、学園に入学する日がやってきたのだった。




