5 騎士団長令息の憂鬱
「お前に婚約の話が来た」
父から呼び出され内容を聞いた時ブライアンは驚いた。婚約者が出来るなんて考えてもいなかったからだ。
大きくなって好きな子が出来て一緒になる、まだ子供だったブライアンはそう思っていた。貴族だから政略結婚が当たり前だと言うのに、自分だけは違うと考えていたのかもしれない。
後日顔を合わせた侯爵令嬢のパトリシアは美少女だけれど、とても冷たい表情の女の子だった。話しかけても笑顔にならず、言葉も少なく楽しいのか疑問に思う。
「私は将来騎士になります。父親と同じ騎士団長になるのが夢です」
話の流れで伝えた時には、そうですかの一言で終わった。その後も特に盛り上がることもなく淡々と顔合わせは終わった。
父親に聞くと、パトリシアが望んだ婚約だと言う。絶対嘘だ。あんな冷たい笑顔と会話で望まれてるなんて思えるはずがない。いくら綺麗でもあんな子と将来結婚してずっと一緒にいるなんて嫌だと思った。
「俺、あんな子と結婚したくない」
何度か両親に伝えたが、大きくなったら気持ちも変わるだろうと聞き入れてくれなかった。
年に数回パトリシアと会うけれど、パトリシアはほぼ話さない。じっとこちらを見てブライアンや母親たちの話を聞くだけだ。
「ブライアン、何かパトリシアに聞きたいことがある?」
ある日パトリシアの母親にそう尋ねられたが、特に聞きたいことは何もなかった。でもそれをそのまま伝えられない。頑張って考えて出てきた質問は、ケーキは好きですか?だった。
別に本当は聞きたい訳じゃないけど無難な質問が出来て安心していた。パトリシアは、チーズケーキが好きですと小さな声で答えた。
次にパトリシアと会う時に、母親がチーズケーキを用意していた。最近評判のお店のやつで美味しいらしい。
「パトリシア、チーズケーキ好きなんだろ? 美味しいやつ用意してあるから食べようよ」
母親抜きで会うのは初めてなので、会話のきっかけになるだろうと用意されたのだ。ぶっきらぼうに言って自分もケーキを食べ始める。
「うまいな」
さすが評判の店なだけあって美味しかった。
パトリシアを見ると、チーズケーキをじっと見つめている。
「食べないの?」
なかなか手を動かさないので問いかけると、パトリシアはようやくケーキを食べ始めた。ひとくち口に運ぶ。少ししてから、美味しいと呟いた。表情は全然変わらないけど、気に入ったんだろうなと思った。
「また買ってくる」
気に入ったんなら次も用意しておくかと思っていると
「ブライアン様、美味しいチーズケーキをありがとうございます。また一緒にいただきたいです」
パトリシアが淡々と言った。
長い言葉話せるんだなと驚いた。
パトリシアのことはあまり知らない。
黄色い花が好きですと言っていたので、花をプレゼントする時は黄色の花にしている。チーズケーキは色々な店で買ってきたが、最初のやつが一番気に入っているようだった。
たまに会った時ブライアンは庭を走り回ったり剣の稽古をしたり自由に過ごしている。あまり話すこともないので好き勝手に動いているのだが、パトリシアはじっとブライアンのすることを見ているだけだ。
そして汗だくになって戻ると、パトリシアがタオルを渡してくれる。最初はハンカチだったけれど途中からタオルにかわった。
「お疲れ様です」
相変わらず一言だけ。
この先結婚してもこんな感じが続くんだろうか。ブライアンは、よくわからない婚約者とよくわからない時間を過ごしているなといつも思っている。




