4 王太子の憂鬱
エドワードは10歳の時に公爵令嬢のヴァイオレットと婚約した。
お茶会で初めて出会い少し話をする。その後王宮の庭園を一緒に見て周り、見頃だった薔薇の説明をしたように思う。
その時ヴァイオレットは、綺麗ですわねと微笑んだ。
その笑顔が子供の笑顔ではなく、大人びた少し色気のある微笑みでエドワードは内心驚いた。後日、先日の公爵令嬢が婚約者になると聞かされてエドワードは少し憂鬱な気持ちになったのだった。
エドワードは自分のお嫁さんになる人は可愛らしい人だろうと思っていた。母親である王妃も穏やかでいつも優しく微笑んで陛下を支えている。母のような人と結婚して国を一緒に守っていくのだと考えていた。
それなのに婚約者となったヴァイオレットは子供だというのに周りを惑わせるような魅力がある。このまま成長していけばどれだけ妖艶な美女になるのかと周りの大人が噂していた。
潔癖のきらいがあるエドワードは噂を聞いて眉を顰める。政略結婚なので仕方がないが、もっと良い相手が他にいなかったのかと何度か思った。
14歳になった頃のある日、エドワードが王宮の図書館に行くとヴァイオレットが勉強していた。外見は華やかで魅力ある彼女だが、王太子妃教育を真面目にこなしコツコツと努力するタイプだったようで、最近のエドワードは最初に見た目で判断したことを申し訳なく思っていた。
男性を誘うような艶めかしい目つきは気になるが、どうも自然にそうなってしまうようだ。本人は何も気付いていない。外見と性格が合っていない。勝手に熱をあげられることも多く苦労しているようだった。
「ヴァイオレット、疲れていないか?」
話しかけて近付くとヴァイオレットが顔を上げる。立ち上がりかけた彼女を制して目の前に座ると、ヴァイオレットは魅力的な笑顔を見せた。
「わたくしは疲れておりませんわ。それよりも殿下の方がお忙しくされていますでしょう? 体調はお変わりありませんか?」
「私は大丈夫だよ。ヴァイオレットが最近遅くまで勉強していると聞いて心配しているんだ」
近頃の彼女は苦手なところが理解不十分なのがどうも気になるらしく、毎日遅くまで自習しているらしい。侍女に聞いてエドワードは少し様子を見に来ることにしたのだ。
「ありがとうございます、殿下。わたくし気になるところをそのままにしておくことが出来ませんの。どうしても、理解しておかないと今後の勉強についていけなくなる気がするのです」
「どこがわからない? 私が教えるので久しぶりに一緒に勉強しようか」
ヴァイオレットが憂いを含んだ悲しそうな顔で言うので、エドワードは安心させるように笑みを浮かべる。眉目秀麗と噂されるエドワードが微笑むと、ヴァイオレットは頬を染めて下を向いた。
「殿下の笑顔を見ると緊張しますわね」
片手で頬を隠して言うヴァイオレットが愛らしい。彼女が婚約者で良かったと思えるようになってきた。
勉強を終えて馬車まで見送る途中に、すれ違った男性がヴァイオレットに見惚れていた。今までもたくさんの男性がヴァイオレットを見つめているのを見てきた。
誘われているのではと勘違いした男もいるらしく、酷い場合は密かにつけている護衛に排除されている。報告を受ける度にエドワードの心がざわつく。
私の婚約者に近づこうする人間がいるのが許せないと苛立つ。
その感情が恋だと気付いていないエドワードは、ヴァイオレットに見惚れている男を横目で見ながらその場を離れるのだった。




