22 侯爵令嬢と騎士団長令息
あの事件は箝口令が敷かれ話題にもならす、パトリシアは以前と同じように毎日を過ごしている。
ソフィーの聖女認定もなかったようだし何も変わらない。いつも通りが一番だとパトリシアは今日もブライアンとデートをしていた。
「手、大丈夫?」
「もう大丈夫ですよ。元々あの時も痛めておりませんもの」
パトリシアの手をブライアンが撫でる。
植木鉢でコリンを殴った後、ブライアンはパトリシアの手を撫でながら心配していた。何日もたつというのに、毎回手を心配される。大丈夫だと言っても心配なのだろう。
「こんなに小さな可愛い手であんな危ないことしちゃダメだ」
あの時は咄嗟に体が動いてしまったんだから仕方ないと思いながらも、パトリシアは反省する。ブライアンに心配かけたのは申し訳ないと思うからだ。
「俺もそばで守れなくてごめん」
「そんな! 私が狙われた訳ではありませんし、あんなこと起こるとは思いませんでしたもの。気を落とさないでください」
「それでも万が一君が怪我してたかもと思うと自分に腹が立つ」
「ブライアン様」
騎士を目指しているブライアンはパトリシアを守れなかったことを後悔しているらしい。仕方ないことなのに。デヴィッドが刺されたのを見た瞬間にパトリシアに向かって走ったのだが、その前にパトリシアが動いたのでコリンに近付くのを止められなかったと悔しそうに言っていた。
本気で申し訳ない。
ブライアンはあの時のパトリシアの言動についてあまり聞かない。大声を出したり植木鉢で殴ったり、とても令嬢とは思えない行動を手の心配ついでに、もうしちゃだめだよの一言で済ませてくれている。正直色々聞かれても困るだけなので、そっとしておいてくれて嬉しい。
その分ブライアンは自分を責めているようだ。あれからブライアンは気付くとパトリシアのそばにいる。近くにいないと心配だと言っていた。これからは心配かけないように気をつけないと、と考えて手を撫でられるままにした。
◆◆◆
大声で怒鳴りながら植木鉢で人を殴るパトリシアを見た時、見間違いかと思った。本当にパトリシアなのか?と二度見してしまったくらいだ。
あんなに小さな体で武器を持った男に向かって行くなんて信じられない。放っておくといつかブライアンの見てないところでパトリシアは大怪我をするかも、命を落とすかもと心配になった。
パトリシアから目が離せない。パトリシアのそばにいないと不安でたまらないので、用事がなかろうが会いに行く。もう大丈夫だという手を触ると落ち着く。
ヴァイオレットとソフィーと三人で話しているところに、何かと理由をつけて寄って行く。三人は仕方ないなという表情でブライアンを見てくる。パトリシア様のことが心配なんですねとソフィーが言っていた。
あの時パトリシアはソフィーのことを、ヒナちゃんと呼んでいた。セリ姉、アズ姉と呼ばれたり、三人とも口調が違ったり、何かあるのだと思う。でもそんなことよりパトリシアが心配だという気持ちが大きい。余計なことを聞いて警戒されたらと思うと聞きたくない。
今日もデート帰りに手を繋いで歩く。手を繋いでいるとパトリシアが近くにいるので安心する。
「ブライアン様」
「ん? なに?」
「今日のチーズケーキも美味しかったですわね」
少しだけ目尻が下がったのできっと楽しかったのだろうと思う。パトリシアが幸せで楽しく過ごしてくれていると嬉しい。
「パトリシア」
立ち止まって向かい合って名前を呼ぶ。真剣な表情のブライアンにパトリシアは相変わらずの冷たい顔で見つめ返す。表情と内面があっていないことはわかっている。
「ずっと俺のそばにいて。今はまだ自立も出来ていない未熟者だけど、いつかはパトリシアと結婚して幸せに暮らしたい」
「ブライアン様!」
「パトリシアがそばにいないと嫌だ。パトリシアに触れていないと心配になる。パトリシアが喜んでくれるならなんでもする。これからは絶対に危険な目にあわせないし、俺はもっと強くなる。パトリシア、ずっとそばにいて俺から離れないで」
パトリシアがいなくなったらと思うとブライアンは不安で仕方ない。目が潤んできてどうしようかと思っていると、パトリシアがハンカチでそっと涙を拭ってくれた。
「ブライアン様、私をずっと手放さないでくださいね。嫌だと言ってもそばにいますわ。ブライアン様は私の騎士様でしょう? ずっとそばで守ってくださいね」
「約束する! 絶対にパトリシアを大事にする。ずっと俺の目の届くところにいて」
お互いの家に帰って離れている間も不安だ。四六時中ずっとそばにいて離れないで欲しい。例え家の中でもどこに行くのも一緒にいたい。パトリシアが目の届くところにいてくれることがブライアンの幸せだと気付く。
パトリシアを抱きしめる。このまま体がくっついてしまえばいいのに。離れられなくなって、どこに行くのも一緒になればいいと思う。
どうしたらパトリシアは自分の視界にいてくれるのか。ブライアンはパトリシアを抱きしめながらずっと考えていた。




