21 公爵令嬢と王太子
ソフィーが聖女だと認められて、エドワードとの婚約も解消されるだろう。ヴァイオレットはそう覚悟していたというのに、あの事件から数日たっても特に何も言われない。
聖女と王族の結婚は決定だと思っていたし、今聖女に相応しい年齢の王子はエドワードしかいない。エドワードはヴァイオレットをとても好きでいてくれるけれど、大人の事情もあるかもしれないと思っていた。
ソフィーとエドワードの結婚は無理矢理になるだろうし、そんなことになったら認められない!とソフィーたちを守る気でいっぱいだったヴァイオレットは拍子抜けしている。
これはもしかして婚約破棄はないのかしら?
エドワードと離れなくてすむと考えると嬉しく思う。しかし何も知らされていないので、どのような話し合いが行われているかわからずモヤモヤする。
そんなある日エドワードから王宮でお茶でもしようと誘われた。
悲しい話だったらどうしようと不安になったが、行かないという選択肢はない。別れ話かもと思いつつも乙女心は複雑で、会えるのは嬉しいし少しでも綺麗だと思ってもらえるように準備をして王宮に向かった。
エドワードと庭園を歩きながら話す。ソフィーは聖女認定されなかったし、誰からもソフィーとエドワードとの結婚話は持ち上がらなかったと言う。ソフィーとデヴィッドの二人をそっと見守ることにしたみたいだ。
「そうですわよね。無理に二人を引き離すことにならなくて良かったですわ」
「あぁ、癒しの力についてもほとんど何もわかっていないからね」
あの日デヴィッドを治した後、小さな怪我などを治す実験を無理のない範囲でしたらしい。覚醒はあの時だけだったのか、その後は聖女の力が出なかったようだ。大怪我した人の前に連れて行くのは、ソフィーにも相手にも心の負担が大きいのでされなかった。
あの日あの場にいた人たちには箝口令が敷かれたので、ソフィーが聖女だとは広まっていない。
特に問題なくソフィーはデヴィッドと婚約できそうだ。
コリンはあの後捕まり罰を受けることとなった。どうなったのか詳しくは聞いていないが、貴族として生きていくことはないだろうし、今後関わることもないと思う。
「ところで、聞きたいことがあるんだ」
「はい。なんでしょう殿下」
何気ない口調でエドワードが話し始めたので、ヴァイオレットも警戒せずに返事をする。
「ヒナノちゃん、セリ姉、アズ姉と言うのは、なんだったのかな? 私に隠していることがあるよね」
息が止まった気がした。まさか聞かれていたなんて! 普段は気をつけていたのに、あの時は我を忘れていた。しかも今まで何も聞かれなかったので、そんなこと口にしたことすらすっかり忘れていた。
「ヴァイオレットのことが全て知りたい。君の全てが私のものだと思っているのに、私の知らないことがあるなんて気が狂いそうになるよ」
穏やかに話すエドワードだが目が笑っていない。これは隠し通す訳にはいかない。ヴァイオレットは覚悟を決めて前世の話と妹たちのことをエドワードに伝えたのだった。
◆◆◆
ソフィーが襲われた時にヴァイオレットは、ヒナノちゃん!と叫んでソフィーに駆け寄っていた。ソフィーもヴァイオレットとパトリシアのことを「セリ姉、アズ姉」と呼んでいて、三人とも口調も普段とは違っていた。
エドワードの知らない三人がいる。ヴァイオレットには自分に知らせていない重大な秘密がある。そう思うとエドワードは気が気ではなかった。
ヴァイオレットにとってエドワードは慕っているけれど単なる婚約者。しかしあの二人とはとても深い絆で結ばれているように思えた。
そしてヴァイオレットに確認したところ、彼女は前世の記憶と妹たちのことを話してくれた。前世で三人はとても仲の良い姉妹で、生まれ変わっても記憶が残り、ここで再び出会ったのだという。
嫉妬でどうにかなりそうだった。ヴァイオレットと前世からの絆のある二人が妬ましい。
「ヴァイオレットは妹たちのことが好きなんだね」
「はい! 自慢の妹たちですわ。こちらで出会えた時には奇跡かと思いましたもの」
心の内を隠して聞くと、ヴァイオレットは嬉しそうに答える
そして。
「わたくし、来世がありましたら、また妹たちと出会いたいですわ。それに」
少し言い淀んで続ける。
「エ、エドワード様とも来世で出会いたいですわね。その時もわたくしを婚約者にしてくださると嬉しいですわ」
初めて名前で呼ばれて気持ちが高ぶる。
「名前で呼んでくれて嬉しいよ。私の可愛いヴィー。もちろん来世でも一緒になろう」
「あ、ありがとうございますわ」
今世でも来世でもヴァイオレットは私のものだ。誰にも渡さない。妹たちよりも誰よりも一番近くにいられるのはエドワードだ。
ヴァイオレットを引き寄せ目を見つめる。
お互いの顔が自然と近付いて目が閉じられた。




