11 子爵令息の一年目
天使がいるのかと思った。
デヴィッドは壇上で新入生代表の挨拶をするソフィーに見惚れていた。目が離せない、胸が高鳴る。
可愛い外見に似合わず、ソフィーはハキハキと話している。そんなところにもときめく。
この気持ちが恋じゃないといいなと思った。
その夜、婚約者も恋人もいないデヴィッドは一人でパーティ会場へ行き知り合いを探していた。誰かと適当に話して美味しいものでも食べて帰るかーと思いながら歩いていると、うっかり肩が誰かにぶつかった。
「あっ!」
バランスを崩しそうになった相手を支える。腕で抱きしめるような形になってしまったので、慌てて離れた。相手が女性だと気付いたからだ。
「すみませんでした。怪我はありませんか?」
そう言いながら相手の顔見ると、そこにはソフィーがいた。驚いて声が出ないデヴィッドにソフィーは話しかける。
「こちらこそ前を見ていなくてごめんなさい」
「いえ、俺が気をつけなかったのが悪かったんです。えっと、新入生代表の挨拶をされていましたよね」
名前は覚えているけど、わざと知らないふりをしてしまった。
「ソフィー・ウィルソンと申します。どうか気軽にソフィーとお呼びくださいね」
柔らかく微笑まれると、本気で天使に思えてきた。
「俺はデヴィッド・クロスです」
名乗る以外に何か言えばいいのに、緊張して何も言葉が出てこない。これでお別れかな、寂しいなと思っているとソフィーから信じられない言葉が出てきた。
「ここで知り合ったのも何かの縁ですし、せっかくのパーティ一緒に過ごしませんか?」
「は、はい!」
思ったより大きな声で返事してしまって恥ずかしかった。
「まぁ、それではデヴィッド様は子爵家の跡継ぎなんですか?」
「そうなんですよ」
兄のことは貴族の間では有名な話だ。
「急なことで大変でしたよね。たくさん覚えることがあるでしょうし、無理しないでくださいね」
優しく言うソフィーにデヴィッドは胸の高鳴りが止まらない。ソフィーと話しているせいで周りからの視線が気になるが、せっかくのチャンスを逃したくないと思った。
しばらくしてデヴィッドは知り合いに声をかけられてソフィーと別れた。夢のような時間だった。
あんな奇跡は二度とないと思っていたデヴィッドだったが、何故かその後もソフィーが話しかけてくる。今日も何故か一緒にランチを食べることになった。周りからの視線が痛い。そのうち刺されるかもしれないと不安に思った。
「デヴィッド様、今度の休日は予定がありますか?」
食堂で日替わりランチを食べながらソフィーが質問する。
「いや、特にないよ」
「良かったら二人で植物園に行きませんか?」
好きな花が見頃なんです、とソフィーが嬉しそうに言った。
もしかしてデート? えっ? 二人で出かけるならデートだよね? 内心の動揺を隠して、行きたいと返事をする。
「良かったー! じゃあ当日10時に植物園前で待ち合わせましょうね」
ちょっと運を使いすぎてるかもしれない。
デヴィッドの平凡な人生はどこにいってしまったのか謎だった。




