第53話 聖女領君主の戴冠式
前のエピソードで、「独占しようとする者を戒める必要はある。 そこで」の「そこで」が不自然に感じた方もいらっしゃると思いますが、これでわかりますね。完全にわざとです。
まさかのレインフォードがネスタとホレスを連れて搬入の手伝いに来てくれた。あと見慣れないオズボーンという男もきたが来た時点で荷物いっぱいで、いったい何しに来たの?
「こいつとは腐れ縁でな、表向き睨み合ってることにしてるから打ち合わせてるのは内緒にしておいてほしい。セレモニーには楽士も必要じゃろ?」
レインフォードの紹介でオズボーンはネスタたちと同じく楽士だということがわかった。
ベアトリーチェとも直前の打ち合わせをするが、ベアトリーチェのオイランダ王国と聖女がつるんでいるというのは非常に調子が悪いので本番始まったらそう言うことにしておいてほしいと言われる。バビロンシステムにはこういう取り繕うための建前が本質よりも重要というのはよくあることだ。
神奈備山の立体模型とハーブ冠が置かれ、調印式典は水源を共有する各国の代表者がそれを囲む形で行われた。すべての国が調印を終えると、聖女マリーの戴冠式へと進む。
哀愁漂うホレスのメロディカによるイントロから始まり、オズボーンの持ち込んだ移動式サウンドシステムで式典音楽らしからぬ重低音とド派手なディレイとエコーの掛かったBGMのもと、巫女装束を纏ったマリーがハーブ冠を手に取り、自らの手で戴冠する。
BGMの演奏が終わると、水源が永遠に誰かに独占されることはなく神のものとしてマリーもまた独占せず遍くすべての人々が利用できるよう維持することを宣誓する。
「水は生命の根源、いいえ生命そのものです。それは特定の個人および団体による排他的な利用は神の御心に反することで、そのようなことを試みても必ず徒労に終わります。水はそのような在り方を良しとしません。独占しようとすれば死を招き、他者を排除しようとすれば恨みを買うでしょう。われわれ人間は水源を擁する神奈備の山に生かされている小さな野生生物に過ぎません。水の循環において清浄なる甘美な水をもたらす大地の因果に感謝をしつつ、分かち合いその場所を末永く維持していくことが大切です。全てを飲み込もうとする独占欲という人類にかけられた呪詛から水源の中立性を守るため、形式的にわたくしが維持することに同意します。」
止まっていたBGMは再度盛大にエコーが掛かりパンが左右に振られ、チルな音空間を紡ぎ出す。
これで晴れて、戴冠の仕事は終わり。次はパティシエとしての役目。着替えたり仕切り直したりしないでこのまま続けていいのかしら?
「それでは、御足労いただいた皆様のために御用意した神奈備山のパフェを、等しくシェアして食べましょう。」
そう、この装飾かのような精密な神奈備の山の立体模型はパフェで、みんなでシェアして食べるために用意した。
きっちり分けられることを前提に一人一人充分にリラックス出来るだけの有効成分が行き渡るように出来ている。しかし、それは同時に、仮に全部を独占したら成分が致死量に達することと、多めに食べた者はオーバードーズになることを意味していた。
宮廷楽師の管弦楽でなくて移動式サウンドシステムの国際セレモニーってなんなんでしょうね。




