第29話 蓬莱酒
蓬莱酒はこの物語のオリジナルのお酒なんですが、とある実在するお酒があまりにその名前にハマるので、そのお酒のことを蓬莱酒って勝手に思っちゃいます。
ボブの千里眼が、ベアトリーチェの着地を見届け、ウィングスーツとパラシュートを点検し、じゃあな!と崖から飛び降りた。流石は冒険者……。それはいいんだけど、あなたそれで骨折してたんじゃないわよね?
で肝心の私のぶんだったウィングスーツはボブが使っちゃったから私は普通に下山するしかないわね。ひと目を気にしなくてよくなったから、ちょっとはしたないけど……。ポンポンポンっと……人間用でない獣道をかき分け、かなりの段差をさも当たり前のように飛び降りマリーはありえない速さで下山する。
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森の家に着いたら二人とも、鍵が閉まった家の前で途方に暮れてた。いわんこっちゃない。
「ただいま。」
声を掛けると、二人ともまるで幽霊でも見たかのような顔でわたしを見る。どうしたの?何かついてる?
「マリー、いったいどんな手段で帰ってきたんだ?」ボブが言う横からベアトリーチェは無礼者が!と困った顔してボブに肘打ちしてる。
「何かついてる?」
「いや、何も。とんでもなく早かったから。」
「適齢の男と女だけになんてしたら何が起こるか分かんないから飛んで帰ってきたわよ。」
「飛んで帰ってきた割に、歩いてきたようだけど。」
「ことばのアヤよ。大急ぎで帰ってきたって意味!」
「俺たちは文字通り本当に『飛んで』帰ったけど、それと大して変わらない時間で下山って……?」
「女にはね。男が知らない神秘があるものなのよ。さっ、そんなことは気にしてないで、コーヒーの焙煎と蓬莱酒の仕込みするよ」
「蓬莱酒?なんだそれ?」
聖女時代に儀式に使う神秘の酒としてキュケオンのレシピを復元する前まではこれを使っていたのだけど、やはり原料のベースアルコールが如何にも化楽工業製品でございって感じで評判良くなかったのよね。どうせ蒸留するんだけど、一時が万事。ちゃんとはじめからオーガニックなベースアルコールで作ろう。
「キュケオンのレシピが解明されるまで聖堂での儀式に使ってたお酒。まぁ、お酒というよりリキュールね。少し違うのはリキュールにしたあともう一回蒸留するんだけど。だからまず仕込みで薬草を浸して充分に成分を溶かし込んでおかないといけないんだけど。」
苦蓬の葉と花を中心にアニス、茴香などの実などそれぞれ適量を梅酒ボトルに入れてキュケオンをどばどばと注ぐ。あとはしばらく寝かして成分が溶け出すまで寝かす必要がある。目の前で調合してハイ出来上がりって出来たらラノベヒロインみたいでかっこいいんだけど、そうは問屋が卸さないのよね。
「なんかすごく体に良さそうな薬草酒だな」
ボブが興味津々で見ているが、この酒は蒸留による濃縮を行い、儀式での使用に供されるもので身体に優しいものではない。
一匙で緑の妖精と会話が出来、ふた匙で宇宙を観て、三匙で涅槃を観る強烈な酒だ。ふた匙以上身体に入れるときは、自分を見失わないように鏡と向き合って使わないといけない。
「リキュールはまだ中間成果物だからそれほどじゃないけど、蒸留後のは私がいないところで決して口にしないでください。」
蓬莱酒の仕込みを済ませて、コーヒーの焙煎はボブがメモして来たフローチャートに従って豆ごとに適宜処理した。
キュケオンはかつて実在したけど、現在はそのレシピが失われてどこでも手に入らない幻のお酒ですが、この物語のマリーにとってはおなじみのお酒という設定になってます。




