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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

ひそかな犠牲

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 今の世の中、禁じられていることはたくさんあるよね。

 犯罪をはじめとしたこれらは、社会の秩序をおおいに乱す可能性を秘めていて、のさばらせるのはよくないと、多くの人が分かる。いや、厳密にはそう分かるように教育されている、といえばいいかな。

 そして、その中でもとりわけいい顔をされないものがある。犠牲だ。

 自己犠牲、何かのための犠牲。たとえ全のためであっても、個がそのために潰えるのは、よしとされない風潮だ。

 哲学が深まり、社会も進んで、この身ひとつでいくつものコミュニティに籍を置くことも珍しくなくなってきた。離脱の自由もある。個を尊重できる土壌が整ってきたがゆえの、問題といえるかもしれない。

 大っぴらに犠牲にすることは難しい。ならば手を変え、品を変えて、犠牲と悟られないよう集めていくことが求められるだろう。

 少し前に僕が聞いた、犠牲のあり方について耳に入れてみないかい?


 通学路。

 学校に通った者なら、おそらくなじみの深い言葉のひとつだろう。ここを通って帰ることは幾度となく指導され、集団による登下校などはこれにのっとったものとなるはずだ。

 しかし、自由登下校ともなれば、これを守らない者が出てくるのも、また世の常。実際、通学路に従うよりも短くて済む道もあれば、寄り道にうってつけの遠回りな道もある。許される範囲で、それらの道を通った子もまた多いだろう。

 その中にあっても、ときおり行われるのが下校指導。学校の先生方が通学路のあちらこちらに立ち、外れようとする生徒たちがいないかを監視する。普段から問題あることをしていなければ、あいさつして通り過ぎればいいものの緊張を伴うものだ。


 話をしてくれた友達も、下校指導のお知らせが事前にあったらしい。とはいっても、突発的なものだ。

 変質者が近辺で出るからそのために……という、よくある話にそれらの旨を書いたプリントを渡されるも、少し妙だった。

 普通、変質者が出るともなれば大人数で下校することを、促されるのがスジだろう。多数を相手に凶行へ及ぼうとしても、誰かを取り逃がしたり、反撃されたりしたらと考えればリスクもでかい。

 自然界のハンターたちも同じはずだ。自分が痛手を負うことなく、楽に仕留められる相手や機会を待って瞬殺するのが常套手段。となれば一人歩きなどは推奨されないところだろう。

 しかし、今回は別段それらの注意はなかった。いつもなら、口をすっぱくして先生たちが話すにもかかわらずだ。

 このときに、友達はかすかながら違和感を覚えたのだとか。別段、個人も集団も強制されるわけでもなかったのだけど。


 が、その違和感をより強く後押しするものがあった。

 先生の配置が、いつもよりずっと多い。おそらく学校が今はもぬけの殻か、せいぜい電話や来客対応が可能な数名程度しかいないのではないか、と思われる出張りかた。

 なにせ、ひとりの先生が視認できるところに、もう次の先生が立っているという徹底ぶり。とてもじゃないけれど寄り道どころか、道をそれることすら咎められそうだ。実際、ちょっと外れそうになったら、手近な先生がこちらへ寄ってくる気配を見せたそうな。


「さようなら」

「さようなら」

「さようなら」

「はい、さようなら」


 道すがら、先生たちとあいさつしていく。

 幾度となくつむがれる、お別れの言葉。それは、いつも気軽に交わしてそれっきり、「また明日も会いましょう」のニュアンスも多分に含まれているようなもの。

 けれども、今回はそれがない。いずれの先生も、普段なら見せるにこやかな表情はなく、どこかかたい心地でこちらを見送ってくる。

 幾度もあいさつするうちに、友達もその顔を見るのがどことなくおっくうになり、ついうつむきがちになってきた。確かに見張りの意味合いもあるのだろうが、これでは窮屈そのものだ。

 変質者から守るといっても、これだけ先生たちが短いスパンでいたら、それだけでフクロにするなり、警察に引き渡せたりしてしまいそうだ。それがどうしてこのような……。


 そう思いつつも、足を進める友達。

 うつむいて、あたりをあまり確認せずとも歩きなれた道だ。感覚でおおよそ分かる。もうそろそろつくはずだ……と顔をあげたのだけど。

 あれ? と思った。自分の想像していたところより、思ったほど進んでいなかったんだ。

 家まで残り3分の1というところにある、長い直線。車も入り込んでこないここは、道のど真ん中を闊歩して歩ける貴重な場所だ。ここには先生は配されていないものの、入り口と出口にはちらちらと先生の姿が、角から見え隠れする。

 またあいさつするのかあ、とうつむき気味になりながら歩いていく友達だったけれど、そこでようやく気付いた。

 着かない。道の出口に。

 うつむいたまま、自分の体感では道の長さの数倍は歩いたはずだ。なのに、いざ顔をあげてみると、自分は先ほどの場所から一歩も動いてはいなかった。


 ――あ、これはちゃんと見なきゃダメだ。


 友達の直感だった。

 しっかり顔を上げれば、景色は動く。前にも進める。そして待ち構える先生とも別れを告げることができた。


 翌日。学校でひとりの生徒が行方不明になったことを、友達は知ったらしい。

 先生たちがなぜに、あそこまで大勢で抜かりなく立っていたのか。自分はあのとき、どのような状態だったか……いまだ謎のままだ。

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