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沙魚丸軍記  作者: 藤城みゆき
序章
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第5話 光る球

「うーむ、おかしいのぉ。ピクリともせん・・・。仕方がない、起きるまで茶でも飲むか。」


〈うるさいなぁ・・・〉

どこからともなく聞こえる声に反応し、結衣は寝惚け眼をこすりながら半身を起こした。


「痛い・・・」


ポツリと言った結衣は寝ていた場所をさする。

〈板の上で寝ている? あれ、私、神社にいたよね・・・〉


柏手かしわでを打った後、どうしたっけ? と首を傾げた結衣は、真っ暗闇の中で淡く黄色に発光する球がフワフワと浮かんでいるのを見つけた。


〈なに、あれ。でっかい蛍・・・〉


いやいや、そんな馬鹿な、と結衣は首を振る。

〈光る部分があの大きさだとすると、体長はゴールデンレトリバーぐらいになるよ。そんな蛍いたらヤバいでしょ。成虫の蛍は水しか飲まないけど、あの大きさなら私の血を吸うかも・・・。電球。うん、電球に違いないわ。〉


巨大な蛍にチューチューと血を吸われて干からびていく姿を想像した結衣はブルブルと震える。

そして、両手で頭をがっしりとつかんだ結衣は、うわぁぁぁと心の中で叫びながら、上下に激しく頭を振る。

〈馬鹿、馬鹿なの、私。電球が飛ぶわけないでしょ。あれの正体は、やっぱり、あれよ・・・〉


フワフワ浮かぶ光りと言えば、結衣が出す答えはただ一つ。

〈お化けね。ああやってフワフワ浮かんで、私にりつくチャンスを狙っているんだわ。〉

寝ている間に憑りつける、と考える余裕はない。

元々、妄想力が豊かな結衣である。

通常は理性が歯止めとなっているのだが、今は理性が吹っ飛んだ極めて残念な状態なのだ。


〈ここは板の間であって、墓場ではない。つまり・・・〉

「なるほどね。」

と、呟いた結衣はニヤリと笑う。


〈結衣様にはすべてお見通しよ。部屋の中に人魂が出るなんてあり得ないわ。ずばり、これは手品ね。誰かが私を驚かせようとしているのね。〉

迷推理を働かせた結衣はキョロキョロと手品師を探す。

だが、人っ子一人見つけることができない。


〈そうか、闇に溶け込めるように全身黒タイツにしたのね。やるわね、マジシャン。〉

ふっ、と笑った結衣は光る球に向かって話しかける。


「私の負けよ。あなたの手品は素晴らしかったわ。」


肩をすくめた結衣の前に光る球が飛んで来た。


「おぉ、ようやく目を覚ましたか。よしよし。それで、気分はどうじゃ。」


光る球から聞こえて来る声は、ご機嫌な女性の声なのだが、そんなことは結衣にはどうでもよかった。

〈今、光る球から声が聞こえたような。もしかして、しゃべった・・・〉


「発光系スライムかしら。」

漏れ出てしまった自分の声に眉根を寄せて悩む結衣は、

〈ラノベの読み過ぎね。〉と肩をすくめる。


「分かったわ。」

名探偵さながらに結衣はパチンと指を鳴らした。

〈ドローンだわ。光るドローン、しかもスピーカー付きね。〉


光る球の正体をあばき胸をなでおろす結衣だが、それも束の間のこと、ガックリと肩を落とした。

〈お化けでもなく手品でもなかった。と言うことは、拉致かぁ。実家は住宅ローン真っ最中の一般家庭だから、身代金目的じゃぁない。とすると、人身売買ですか。〉

最悪な答えにたどり着いた結衣の耳に、再び声が届く。


「おい、聞こえておるか。どうしたのじゃ。」


声の主を探すが、やはりどこにもいない。

〈声はすれども姿は見えず。今は大人しくしておいて、脱出のチャンスを待つのがセオリーね。〉

結衣はよっこらしょっと立ち上がった。


「ご覧の通り、元気です。」


すると、光る球はふよふよと結衣の目の高さまで降りて来ると、結衣の周りを回り出す。

〈視線を感じる。もしかして、3サイズを図ってる・・・〉


「本当にこやつで大丈夫かのう・・・」


〈やっぱりね。でも、大丈夫って何よ。顔は普通だし胸も控え目だけど、私だって立派な女なのよ。多分。〉

むかっとした結衣だが、双方にナイスな考えを閃いた。


「あのぉ、私だと売れないようでしたら、帰ってもいいですか。もちろん、警察には言いません。」


「何を言っておるのじゃ。」


「えーとですね。私を拉致したけど売り物にならないのかなぁ、と・・・」


「妾が拉致じゃと!」


声量が一気に跳ね上がり、結衣の耳をつんざく。

〈耳が、耳がキーンって、キーンってなってる。〉

結衣は耳を押さえた。

次の大音量攻撃には耐えられない、と思った結衣はおずおずと光る球に話しかける。


「あのぉ、できれば、音量を下げていただけないかなぁ、なんて言っちゃったりして。あははは・・・」


「妾は拉致などしておらん。いや、そうか。拉致なのか・・・」


光る球は結衣を無視して、ぶつぶつ言っている。

結衣は大人しく待つことにした。

ぶつぶつ言って作業に熱中しているイラストレーターに話しかけると、多くの場合、ろくなことがない。

〈うちの会社では、カッターやハサミなどの投擲とうてき危険物を作業机に置くのは禁止。コンパスは絶対にダメ。〉

考える置物にてっしている結衣に光る球が声をかけてきた。


「其の方の言う通り、拉致であった。声を荒げてすまんかった。」


「気にしないで下さい。あのぉ、これからもずっとドローンを通してお話するんでしょうか。」


「ドローン? 何を言うておるのじゃ?」


「その光る球はドローンなんですよね。」


「妾をドローンじゃと・・・」

そう言って、光る球は押し黙る。

しばらくの沈黙の後、「妾の問いに答えよ。」と、光る球が話し始めた。


「其の方の世界では、神が顕現けんげんする際は光の球で現れるはずじゃ。」


はて? と結衣は首を捻った。

20数年間の記憶をどんなに掘り起こしても、そんな話を聞いたことが無い。


「えー、大変申し訳ありませんが、初耳です。光る球を神とあがめる宗教があるならそうかもしれませんが。」


私は知らないですねぇ、あははと笑う結衣の前で光る球がプルプル震え始めた。

〈操作技術がすごいわね。この震え方は怒ってるのを表現しているのかしら。〉

興味深げに光る球を結衣が眺めていると、悔しそうな声が光る球から漏れ出す。


「なんてことじゃ。妾は神力を使ってまで、わざわざ光の球になってやったと言うのに。ドローン扱いじゃと・・・」


さらに、ギリギリと歯ぎしりのような音まで聞こえだす。

音にあわせて光る球の動きも微妙に変わる。

次は何を見せてくれるのとワクワクしている結衣の目の前で、何と光る球はめらめらと炎を上げて燃え始めた。


「おのれ、あの猿神、妾をからかいおったな。捕まえて猿鍋にしてくれる。」


〈猿鍋って美味しいのかな・・・。いいえ、今はそれどころじゃないわ。〉

燃えている光る球に結衣は大声を張り上げた。


「お怒りのところ、すいません。」


「何じゃ。」


ぶわっと一気に燃え広がった炎が結衣の前髪をこがす。

うひゃぁ、と悲鳴を上げた結衣はおでこを押さえてうずくまる。

それでも、結衣は負けじと涙目で叫ぶ。


「サルガミさんが間違えたんですよね。それなら、私を解放して下さい。」


光る球は燃えるのをやめ、落ち着いた声で結衣に話しかけて来た。


「猿神は後じゃ。まずは、其の方じゃった。」


〈やれやれ、無事に帰れそうね。〉

立ち上がった結衣は明るい声で答える。

「よろしくお願いします。」


「ちょっと待て。この姿だとらちが明かん。」


光る球が言い終わるや否や、女武者が結衣の前に現れた。

〈光る球が消えて、女武者が現れるとか、これこそ手品だよね。〉

最初、結衣は興味本位で女武者を見た。

次に、くわっと刮目かつもくして見た。


言葉が出なかった。

結衣は雷に打たれたような衝撃を受けたのだ。

〈美しすぎる・・・〉


ごく普通の女性である結衣だが、美への感性は人一倍あった。

さらに、イラストレーターとして日々その感性を磨いてきた。

ゆえに、この出会いに結衣の体は歓喜し、全身の血が沸き立つ。

〈あぁぁぁ、体が熱い、燃える・・・〉


このままでは危険だと、結衣の本能は緊急停止を決断する。


結衣は立ったまま気絶した。

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