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沙魚丸軍記  作者: 藤城みゆき
序章
4/15

第4話 神社

どこかで道を間違えたかと思った結衣だが、今来た道は一本道。

地図によると、ここは左に曲がる道しかない。

〈おかしいわね。右に曲がる道なんて地図に無いわよ。〉


地図から顔を上げた結衣は、コーナーに道標みちしるべが立っているのを見つけ、はやる気持ちを抑えて道標に近づいた。

〈右を行けば、駐車場に出る道に行けるのね。左に行くと隣の山に行っちゃうのか。〉

地図を信じるべきか、道標を信じるべきか悩んだ結衣は道標を選んだ。


バックパックを背負い直した結衣は、右の道を進んでいく。

〈んー・・・。さっきまで道にはほとんど草が生えてなかったのに。〉


結衣は草を踏み分けて進んで行く内に、不安が増していく。

〈もしかして、左だったのかな。どうしようかな。〉


結衣には、道の先が明るくなっているように見えた。

〈うん、もう少し。もう少しだけ行ってみよう。〉


しかし、伸びた草が道を覆い隠した時、結衣は怖くなった。

〈駄目だ。もう引き返そう。〉


結衣が振り返ろうとすると、さっと霧が漂い、結衣の周りを覆った。

〈道が消えちゃった・・・〉


さっきから心臓の鼓動がうるさい。

不安な気持ちを静めようと、目を閉じ数度大きく深呼吸をする。

〈迷子じゃないよね。帰れるよね。うん、大丈夫。〉


ゆっくりと目を開けると、ますます霧が深くなっている。

〈どうしよう。ちょっと目を閉じただけなのに。〉


何かないかな、と結衣はキョロキョロと周囲を見渡す。

すると、霧の中に朱塗の鳥居が立っているのを見つけた。


「鳥居ってことは、神社があるんだよね。」


呟いた結衣は、さっき見た地図を思い浮かべた。

〈山中に神社は無かったよね。〉

ぞくぞくっと結衣の背筋に恐怖が走った。


霧の中に浮かぶひっそりとたたずむ鳥居。


鳥居の奥に建物らしき黒い影を見つけ、結衣は誰かいるかもしれないとホッとする。

安堵する結衣の間隙を突くように、結衣の背後で

ギャー

と、動物の悲鳴が響き渡る。


ヒィ、っと結衣はその場で飛び上がった。

ここ数年で、一番高く飛び上がったかもしれない。


〈今のって断末魔の叫び声っぽくない。〉


結衣は着た道を引き返すと言う選択肢を完全に捨てた。

さっきの絶叫が耳について離れない。

〈戻ったら、もしかして、チェーンソーを持った殺人鬼がいるかも・・・〉

恐怖に支配された結衣の本能は、『戻れば死ぬ、前に進め。』と命じるのだ。


〈神社だけど、お墓とかあったらどうしよう。〉

死を穢れとする神社の境内にお墓はありえない。

だが、歴女として当然の知識すら思い出せないほど、結衣は謎の悲鳴に怯えていた。


〈でも、いつまでもここにいる訳にもいかないよね。〉

目をこらし神社を必死で眺めていた結衣は、悩みに悩んで覚悟を決めた。


〈悪いことばっかり考えてちゃダメ。ここに立っていても、どうしようもないし・・・〉

そして、結衣は自らを励ますように呟いた。


「神社だもの・・・。絶対に誰かいるはず。」


結衣は恐る恐る神社に近づいていく。

苔むした石造りの鳥居までどうにか近づいた結衣は、柱に隠れるように立ち止まる。


鳥居の向こう側を見た結衣はぞわぞわっと震える。

霧の中に大きな影が見えて、結衣はビビりまくったのだ。

〈お化けじゃないよね。〉

じりじりと進んだ結衣は、陰の正体を確かめて胸をなでおろす。


「なんだ、狛犬かぁ。」


気の抜けた声を出して狛犬に近づいた結衣は、あれぇ、と首を捻った。


「犬じゃないんだ、蛙なのね。」


結衣の前には、のっそりと鎮座する蛙の石像があった。

狛蛙は結衣を吞み込むように大口を開けて、ぎょろりと見ていた。


狛蛙と目が合った結衣は、愛嬌のある顔にふふっと笑った。

〈こいつめぇ。私をビビらせた罰よ。〉

結衣は狛蛙の頭に、てい、と叫びながら手刀を食らわせた。


その瞬間、狛蛙の目が吊り上がり、全身から怒りのオーラを噴出したように結衣には見えた。

〈えっ、何。熱気がぐわって・・・。気のせい、なのかな。〉

もしかしたら、神罰を受けるかもしれないとビビリ散らかした結衣は、狛蛙の頭を優しく撫で始める。


「ごめんねぇ。お姉さん、ちょっとイラっとしちゃったの。」


叩いたことをごまかす様な笑顔を浮かべた結衣は、はっと気づいた。


「これは・・・。狛蛙だけに、家に無事帰るってことだったかしら。」


呟いた結衣は、慌てて柏手を打って拝礼した。

そして、まじまじと狛蛙を見つめた。


〈この狛蛙、鳥居に比べてすごく綺麗だよね。誰か掃除にして来てるのかしら。と言うことは、本殿には誰かいるってことね。〉


じゃぁねと狛蛙に手を振った結衣は拝殿へと一歩を踏み出した。

すると、今まで立ち込めていた霧がさぁっと一掃したのだ。


現実にあり得ない光景を目にした結衣は、もはや、考える気力が失われていた。

〈これは、もしかして、雲散霧消うんさんむしょう。神様が私を助けに来てくれたのかしら。〉

霧が消え去り、先ほどまで暗かった風景が俄かに明るく輝き出す。


こぼれ落ちる木漏れ日が水面の様に揺らめき、鳥居からまっすぐに伸びる石畳を優しく照らし出す。

霧によって緑色に濡れた石畳は、光を受けてキラキラと輝く。


その場に無言で立ち尽くしていた結衣は、招き寄せられるかのように石畳の上を歩き始めた。

踏みしめるようにゆっくりと歩く結衣。

一歩進めるごとに光がざわめく。

夢心地で歩いていた結衣は石畳の終わりで歩みを止めた。


結衣の前には拝殿が静かに優しく立っている。

流造ながれづくり茅葺かやぶき屋根を抱く拝殿は霧に光沢を得て黒く輝いているが、屋根の下の正面には光が届いていない。

拝殿の扉が陰で黒く塗りつぶされ、神秘的で荘厳な雰囲気を漂わせている。


結衣はフラフラと拝殿へ近づく。

引き寄せられるように・・・

拝殿の階段を上った結衣は、格子扉の中を見た。

〈何にも見えないわね。周りが明るいせいかしら。〉

これ以上、見続けてはダメと感じた結衣は、目の前に垂れ下がっている鈴緒をしっかりと握った。

そして、無事に帰れますようにと鈴緒を大きく振ってガランガランと鈴を鳴らした。


清々しい表情となった結衣は、鈴緒から手を離した。

帰路の自動販売機で使おうと決めていた100円をポケットから取り出しグッと握りしめた。

そのまま握った拳を額に押し当てて結衣は念じまくる。

〈いつも五円しか入れない私が100円も入れたんです。分かってますよね。絶対に家に帰らせてくださいね。〉

願いを100円玉に注入した結衣は、くわっと目を見開き、勢いよく賽銭箱に100円玉を投げた。


綺麗な放物線を描いた100円玉は、吸い込まれるように賽銭箱を目掛け飛んで行く。

カツーン!

賽銭箱の格子に当たった100円は賽銭箱を大きく飛び越える。

まるで、『断る』と言わんばかりに・・・

そして、100円は拝殿の中に飛び込んで行った。


この予想外の出来事に、おぉーっと声を上げて結衣は感心する。

〈賽銭箱を越えて拝殿に飛び込むなんて、私の願いが通じたのね。神様、よろしくお願いします。〉

心の中で親しげに神様に話しかけた結衣は、どこまでも楽天的だった。


勢いよくブンブンと二礼し、拍手を二つ高らかに響かせた結衣は、ピシッと直立姿勢をとり静かに一礼する。

〈さぁ、神様へのお願いは終わったわ。いよいよ誰かいないか調べるわよ。〉

気合を入れた結衣だが、目の前が急に真っ暗になる。

遠のく意識の中で本殿の中に吸い込まれていくのを結衣は感じていた。

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