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沙魚丸軍記  作者: 藤城みゆき
本章
27/34

第27話 徹夜

前世のことを思い出し、憂鬱になった沙魚丸は二人を見た。

すると、源之進が小次郎にお代わりのお茶を淹れようとしているところだった。

〈ほほう。父と子の会話が始まるみたいね。お邪魔しないでおきましょう。〉

そう考えた沙魚丸は小さく身を縮めることにした。


「ありがとうございます。」


小次郎がお礼を言うと、お茶を淹れ終わった源之進がゆっくりとした口調で話しかける。


「お前の目標は、沙魚丸様の片腕となることだったな。」


なぜ今、そんな話を・・・、と戸惑いつつもコクリと頷いた小次郎に、そうか、と源之進は呟いた。

そして、真剣な顔を小次郎に向けた。


「人として最低だが、片腕になるなら誰かが救いの手を差し伸べようとする時、まずは下心を疑え。この世に純粋な好意などありえないからな。」


はっ?と疑問の声を漏らした小次郎は源之進の真意を問いただす。


「それは、沙魚丸様を神の使徒として純粋にあがうやまう者はいないという意味でしょうか。」


「そうだ。人は利がある時にしか動かない。沙魚丸様がご神託を得たと寄って来る者たちは、沙魚丸様を利用することしか頭にない者だ。もっとも、その手合いは沙魚丸様が神託を得たと世間をたばかっていると考えているから、沙魚丸様のことを同じ穴のむじなと思っているのだがな。」


そう言って、肩をすくめた源之進から顔を背けた小次郎は固く拳を握りしめた。

以前の小次郎なら、源之進と同じように考えただろう。

だが、神界で小次郎は亡き沙魚丸から命じられているのだ。

神託を得た沙魚丸を補佐するように、と。

〈神託は嘘ではない。しかし、父上の言うことも道理。だが、それでは・・・〉

そして、言おうか、言うまいか、悩んだ小次郎は重そうに口を開く。


「では、私たちはどうなのです。沙魚丸様に従う私たちも利で動く者なのでしょうか。」


わずかに震えている小次郎を見た源之進は、ほんの少し口角を上げた。


「糀寺騒動で改易同然の我が家を沙魚丸様のお力でもって再興させよう、という意味では、その者たちとは変わらないな。」


自嘲するように呟いた源之進の言葉を聞いた小次郎は俯き、悔しそうに唇を噛みしめた。

そんな小次郎の頭にそっと手を置いた源之進は優しく微笑む。


「だがな、そのような小賢しい者たちと違って、私たちは沙魚丸様をお慕いし、沙魚丸様への激しい忠義がある。私とお前には沙魚丸様のために水火すいかも辞さない覚悟があるではないか。沙魚丸様が一大事の際に笑って命を捨てる決意をしている私たちをそのような小者と一緒にするのが間違いだ。」


ぱっと顔を上げた小次郎は明るい表情でまっすぐに源之進を見た。

小次郎の視線にしっかりと頷いた源之進は話を続ける。


「いつか、私たちと同じように沙魚丸様をお慕いする者が現れる。その日のために、お前は人の真贋しんがんを見極める力を育てるのだ。その力こそが、沙魚丸様の片腕に必要な力となる。」


「お任せください。必ず身につけます。」


笑顔となって胸を叩く小次郎の頭を源之進は激しくわしゃわしゃと撫でた。

二人の微笑ましい光景を眺めていた沙魚丸は湧き上がる喜びを感じて・・・

いなかった。

激しい胃の痛みにのたうち回りそうになっていたのだ。


〈この世は世紀末状態。騙し騙され、いつ寝首を掻かれるかもしれない時代。私の誤った命令で家臣を殺すことだってある。そう、この二人を殺すことだって。〉

楽しそうに語らう親子が血だらけで倒れているのを想像した時、沙魚丸は震えた。


赤の他人を殺す覚悟はできたが、身近な人を殺す覚悟をしていないことに沙魚丸は気づいてしまった。

〈領国の中で生きる人たちを守るためには、時として、身近な人を殺す覚悟を持たなければいけない。そう。徳川家康に仕えた鳥居元忠は別れ盃をして伏見城で討死したわ。私も家康のように源之進さんや小次郎さんに討死を前提とした命令を言えるかしら・・・〉


その光景を思い浮かべた沙魚丸は、無理、と呟いた。

そんな命令を出さなくてもいいように頑張るしかない、と拳を握りしめる。

だが、ここで社長の言葉が沙魚丸の脳を蹴とばした。


『すべてが丸く収まる解決策は無い。そんな阿呆な提案を持ってくる営業マンが来たら、すぐに追い返せ。』


〈うん。社長も騙され直後だったわね。八方美人を続けていると、最後は自分をダメにするんだった。非情な命令を言えるよう身も心も鍛えよう。今、私は自分の意志で武将、椎名沙魚丸として生きることを決めたのだから。〉


やるぞ、と顔を上げた沙魚丸の目の前に源之進がいた。

ヒィッ、と叫びそうになった沙魚丸は、そのまま頑張って笑顔を浮かべることに成功した。


「沙魚丸様は甘言をもって近づく者に特にご注意ください。」


「大丈夫です。」


慣れてますから、と沙魚丸は言いそうになった。

甘い言葉に懲りた社長は、沙魚丸を間に置くことにした。

ねずみ講から牧場への投資、金、新ビジネスなどの怪しいお誘いが来たら、沙魚丸は社長に報告することなく笑顔でお断りしていたのだ。


〈詐欺師は、台所にわいたコバエと同じ。油断したら酷いことになるわ。1匹いれば、すぐに発生源を見つけ、殲滅あるのみ!〉

断固とした表情の沙魚丸を頼もしいと感じた源之進は話を変えることにした。


「沙魚丸様が女神様の使徒ということを公表すれば、妬む者が現れます。しかも、一般的な女神様ではなく、戦女神様です。沙魚丸様のお命を狙い、その立場を奪い取ろうとする者が必ず現れます。」


源之進の話に沙魚丸はわずかに首を傾げた。

〈秋夜叉姫様は信徒がいなくなった女神様って告白するべきかしら。一般的な女神よりも下のような気がするし・・・。でも、UR(ウルトレレア)級の月詠様が気に掛けるぐらいだから、秋夜叉姫様はSSR級の女神よね。〉

源之進の言葉を反芻はんすうした沙魚丸は、命を狙うってどういうこと、と呟き、源之進に尋ねた。


「使徒の立場って奪えるんですか。」


「できます。沙魚丸様を倒し、使徒の役目を引き継いだと吹聴するのです。神は強き者に微笑む、と言うのが世間一般の考えですので、倒された者に神の御加護は無かったことになるのです。」


源之進の言葉に沙魚丸は唖然とした。

〈うわぁ、骨の髄から弱肉強食なのね。使徒の立場を欲しがる戦国大名がいたら、何個かの部隊で私たち3人を取り囲んで、遠くから矢で射殺せば終わりじゃない。で、生首を晒して、使徒の名を騙った者たちを討ち取ったって宣言するのね。〉

そんなの絶対にご免だわ、と首を横に振った沙魚丸はきっぱりと答えた。


「公表は控えましょう。」


「お聞き届けいただき、ありがとうございます。沙魚丸様のお人柄をもってすれば、すぐに秋夜叉姫様の信者も増えるに違いありません。」


「はい、頑張りましょう。」


にっこりと笑顔で答えた沙魚丸は心の中で盛大に頭を捻った。

〈人柄で信者って増えるもんなのかしら。壺を配った方がサクサク信者は増やせるって、誰かに聞いた気がするんだけど・・・〉


誰だったかなぁ、と沙魚丸が口を尖らせていると、横にいた源之進が立ち上がった。


「夜風が冷たくなって来ましたので、火のそばに参りましょうか。」


源之進の言うがままに沙魚丸は焚火のそばに座った。

〈あったかいわぁ。〉

パチパチと薪が爆ぜる。

ゆらぐ焚火の炎をぼんやりと眺めていた沙魚丸は眠気を覚える。


急速に・・・

深く・・・

沙魚丸は夢の世界へ引きずり込まれる。


前世で山城を楽しみ、秋夜叉姫の話を聞き、そして、沙魚丸となり、さらに八上姫、月詠に会うというハードスケジュール。

その間、一睡たりともしていない。

意識を失ったのは確かだが、脳が寝た覚えは無いと言っている。


暖かな炎にあぶられた沙魚丸はぐらりと態勢を崩しそうになるが、必死で持ちこたえた。

〈寝たらダメよ。絶対にダメ。二人を幻滅させちゃうわ。〉

ここまで何とかいい感じで来ているのだ。


徹夜でイラスト描いてるでしょ、と言い聞かせる沙魚丸だが、悲しいかな、この体は12歳の体。

ガクン、と頭が落ちた。

そして、源之進の声が遠くから聞こえて来た。


「沙魚丸様、起きてください。」


いけない、と頭を上げれば、なんだか先ほどと様子が違う。

目の前にいる源之進の服が違うのだ。

なぜか、甲冑を着ているではないか。

凛々しい甲冑姿の源之進が優しい声で言う。


「さぁ、朝です。お起きください。」

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