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沙魚丸軍記  作者: 藤城みゆき
本章
26/34

第26話 オルレアンの乙女

「父上、それは違います。」


父を深く敬慕する小次郎が否定の声を上げたことに沙魚丸は驚いた。

〈ちょっと、小次郎さん、どうしちゃったのよ。源之進さんに反抗したことなんて一度も無かったでしょ。〉

アワアワしている沙魚丸を尻目に小次郎は意見を述べ始めた。


「沙魚丸様が天下統一を秋夜叉姫様から託された以上、沙魚丸様に仕える我らも一挙手一投足から天下統一を目指すべきです。遠い将来などと言っていては、天下統一など夢のまた夢です。いえ、それどころか、領地すら手に入りません。」


最初、小次郎が長広舌を振るったことに驚いていた源之進だが、小次郎の意見を聞く内にきりっと表情を引き締めた。


「確かに。小次郎の言う通りだ。椎名本家から冷遇を受ける沙魚丸様と全ての領地を失った私たちに低い目標設定など無意味だな。」


凄みのある笑みを浮かべた源之進に膝を進めた小次郎は声を低くする。


「父上、沙魚丸様は仇を討つだけでなく、天下統一を女神様に託される御方なのです。私たち親子は、神託成就のため全身全霊で取り組むことを誓いましょう。」


「よく言った。」


ガシッと小次郎の肩をつかんだ源之進の顔はほころんでいた。

源之進の眼差しの中に、たくましく育った小次郎を愛おしむ光を沙魚丸は見た。

〈いい親子ね。〉

沙魚丸が目頭を熱くしている横で、小次郎が胸を熱くたぎらせていた。

〈天下統一か・・・。亡き沙魚丸様に素晴らしい土産話になる。仇討ちもしなければいけないし、忙しくなるな。このままでは駄目だ。もっと鍛えねば。亡き沙魚丸様からも今の沙魚丸様を徹底的に鍛えるように申し付かっているし、頑張るぞ!〉


そして、二人は同時に沙魚丸の前に跪いた。


「私たち親子が沙魚丸様と共に天下統一を目指すことをお許しください。」


二人から燃えるような瞳で見つめられた沙魚丸は、

「あれは言い間違いでした。」

と言うタイミングを完全に逃していた。


〈冗談でしたぁって明るく言っても、生き埋めにされるわね。〉

こぼれ落ちそうな涙をこらえようと沙魚丸は天を仰いだ。

その時、星空の中を駆け去る光を見つけた沙魚丸は、

「天下統一、天下統一、天下統一」

と3回唱えた。

だが、2回目を唱え終わった時に流星は消え去っていた。


二人に顔を戻した沙魚丸は笑顔を浮かべ、

「私たち3人が力を合わせれば、向かうところ敵はありません。頑張りましょう。」

と半ばやけくそで言うと、目を輝かせた二人は沙魚丸のために座を整え始めた。

そこへ座った沙魚丸へ源之進が沈鬱ちんうつな表情で話し出す。


「秋夜叉姫様から神託を授かったことは当面の間、口を閉ざし、我らだけの秘密とした方がよいでしょう。」


〈言う訳ないです。言っても誰も信じないし、言えば、もれなく、奇人変人頭のおかしな人の仲間入りですからね。〉

絶対に言うもんか、と独り言ちた沙魚丸は源之進に答えた。


「もちろんです。秋夜叉姫様のことは私たちだけの秘密としましょう。」


「申し訳ありません。本来であれば、神託を授かった武将と言うことを大々的に広めれば、椎名家当主となることも夢ではありません。ですが、今はご自重ください。」


そう言った源之進は、悲痛な表情で頭を下げた。

沙魚丸は聞き間違いかしら、と首を捻った。

源之進が何を言っているのか全く分からなかったのだ。

〈当主? うーん、どうも私が勘違いしてるっぽいわね。〉


腕を組んだ沙魚丸は考え込む。

その間、わずかコンマ1秒

なるほど、と沙魚丸は手を打った。


〈この時代は、科学が発達していないから、分からないことは神仏頼みなのね。ということは、神託を授かった私は選ばれし人ってこと。やりたい放題できるんじゃないの!〉


うふふ、と漏れそうになる声を必死で押さえた沙魚丸は、待ってと額を押さえた。

〈神の声と言えば、オルレアンの乙女ジャンヌダルク。これは慎重にいかないと・・・。火あぶりがオイデ、オイデしているのが見える。〉


焚火の中に悲鳴を上げて燃える自分を見た沙魚丸はゴクリと生唾を飲み込み、冷静な声で源之進に話しかける。


「何ごとも急いではいけません。私はまだまだ実力不足なので、実力を養いながら活躍の機会を待ちましょう。」


「素晴らしいお考えです。今は雌伏の時として、沙魚丸様の修行のお手伝いを致します。」


ボキボキィッ!と両手を鳴らす源之進にビビった沙魚丸は、お手柔らかにお願いします、とそっと呟くのだった。

その横でじっと話を聞いていた小次郎が悔しそうに呟く。


「秋夜叉姫様と言う女神様を知らないのですが、素晴らしい戦女神と沙魚丸様は仰いました。その女神様から沙魚丸様は天下統一を託されたのです。これを発表すれば、沙魚丸様に馳せ参じる者も数多あまたいるかと思うと残念でなりません。」


小次郎の言葉に沙魚丸は、うーん、と唇を尖らす。

〈小次郎さんはまだ若いなぁ。私の家臣は、源之進さんと小次郎さんだけなんでしょ。今も昔もそうだけど、金も実力もない人間に味方する人間なんかいないわ。まぁ、そう言う意味では、この二人はとんでもない忠義者よね。ありがとうございます。〉


源之進と小次郎に感謝する沙魚丸だが、根っこはそこまでお気楽な人間ではない。

実は、沙魚丸は冷徹なリアリストである。

前世の経験から、リアリストに育ったと言った方がいいかもしれない。


零細企業の経理を任されていた沙魚丸は社長の横でじっと見て来たのだ。

儲かってる時は満面の笑みですり寄ってきた人たちが落ち目と分かった瞬間、波が引くように誰もいなくなったことを。

いなくなるだけならまだしも、嫌がらせをしたり、悪口を言いまわったり、残り少ないお金を騙して持って行こうとする者までいたことを。


そんな苦難を乗り越えて来た社長ほどではないが、沙魚丸も知っているのだ。


『ほとんどの人間は利己的であると。』

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