第25話 神託
「どうぞ。」
源之進に渡された木椀からはふんわりと湯気が立っている。
季節は秋。
色々あって忘れていたが、夜ともなれば、やはり寒い。
ズズズッとお茶を啜った沙魚丸は、
〈あぁ、あったまるわぁ。〉
と一息ついた。
沙魚丸からフワッとした雰囲気を感じ取った源之進は口を開く。
「沙魚丸様、お尋ねしてもよろしいでしょうか。」
ビクッとした沙魚丸がコクコクと頷く。
すると、源之進がスッと距離を詰め小声で尋ね出す。
「先ほど、女神様から諭されたことをお聞きしましたが、詳しいお話をお聞きしてもよろしいでしょうか。」
「もちろんです。女神様に託されたことをお二人に手伝って欲しいですから。」
「分かりました。では、神託をお聞きする前に、女神様のお名前を教えていただけますか。」
「あっ、いけない。名前を言ってなかった。」
そう呟いた沙魚丸は姿勢を正す。
「秋夜叉姫様と申されます。戦女神の一柱で、それはもう大変美しい女神様です。初めてお姿を拝見した時にはよだ・・・ゴホン。えっと、お顔も立ち姿も所作も、すべてが絵に描きたくなるような美しい女神様でした。」
秋夜叉姫を思い出し、惚けた顔になった沙魚丸を見た源之進は自分の目を疑った。
沙魚丸が女性に興味を持ったなどと妻のお琴や小次郎から聞いたことが無かったからだ。
〈もう、そんなお年になったのか。〉
感慨深げに沙魚丸を見れば、だらしなく口を半開きにしているではないか。
眉をしかめた源之進は、傅役として注意するべきか悩むが、とりあえず
ゴホン
と咳払いをすることにした。
その音で、ようやく沙魚丸は我に返った。
〈いけない。すっかり自分の世界に入ってたわ。ごめんなさい、二人とも。〉
反省しつつも、んー、と目が泳ぐ。
「えっと、何を話してましたっけ?」
エヘヘと愛想笑いをする沙魚丸に源之進は微笑んだ。
「秋夜叉姫様が大変美しい女神様ということをお聞きいたしましたので、神託の内容をお教えください。」
〈オッケー、神託の内容ね。〉
いざ、話そうと前のめりになった沙魚丸だが、このまま話していいのかな、と首を傾げる。
〈月詠様からは、信者を増やせって言われたけど、二人に言うと、『なぜ、私たちが?』ってなるよね。だって、秋夜叉姫様の信者が増えたところで、二人にメリット無いもの。いえ、それどころか、主君である私、沙魚丸様にタダ働きをさせる気かって怒るんじゃない。うん、そのまま言ったら駄目ね。どうしよう・・・〉
悩んだ末、ここはいっちょ大風呂敷を広げるしかない、と覚悟を決めた。
どうせ広げるなら、凄いのにしてやる、と沙魚丸はほくそ笑む。
〈よし、目指すは織田信長よ!大魔王から女体化、人外などなど、アニメからゲームまで戦国時代ナンバーワンの人気者の考えを参考にすれば、きっと二人も納得するわ。さらに、私の社会人経験をミックスすれば完璧に説得できるわ。〉
方針は決まった。
〈女は度胸。〉
と胸を叩いた沙魚丸は静かに立ち上がる。
二人の視線を感じ取った沙魚丸はサッと両腕を広げた。
「天下統一をし、泰平の世を実現するよう秋夜叉姫様に託されたのです。その節目、節目で私は秋夜叉姫様にお礼をしようと考えています。そのお礼とは、ズバリ、立派な社を建て、女神様への感謝を捧げる楽しいお祭りを開くことです。」
言い終えた沙魚丸は、よぉし、決まった!と小さなガッツポーズを取る。
〈なかなか良かったよね!これなら、信者も増やせるし。〉
少し興奮気味に自らの演説を褒める沙魚丸だったが、二人からの反応が全くないことに気づいた。
見れば、二人ともポカーンとしているではないか。
〈なんで? 戦国時代っぽいこと言ったよね。この時代の武将は、『この戦に勝てたら、社を建ててやる』って、偉そうに戦勝祈願してたはず。そうよ、神様が願いをかなえてくれたら、こっちもお礼をしてやるって言う合理的な考えを参考にしたのよ。〉
なのに、なぜ、無反応? と悩む沙魚丸の前で、ようやく我に返った源之進が大きく息をした。
どうやら驚きのあまり、呼吸をするのを忘れていたらしい。
〈そんなに変なこと、言ったかしら・・・〉
ますますショックを受ける沙魚丸に立ち直った源之進が重い口を開く。
「あの、本当に、天下統一をせよ、と言うご神託を賜ったのですか。」
「えっ、はい。」
とりあえず、頷いてみたものの、困惑気味の表情を浮かべる源之進に沙魚丸はとてつもなく不安になる。
「天下統一ですか・・・」
腕組みまでして、首を傾げる源之進が漏らした声を聞いた沙魚丸は目を激しくパチクリさせる。
〈あぁ、そっか。そうだった。私のお馬鹿。この時代の武将は自身の領地を守ることが第一。日本を統一するなんて考えは無いのよ。しかも、天下とは五畿内を差す言葉。沙魚丸君の記憶によれば、椎名家の本拠地は五畿内ではなく関東。源之進さんのあの表情は、天下統一を連呼する私の頭を心配しているのね。〉
うぁー、やらかしたぁ、と心の中でのたうち回る沙魚丸を気遣ったのか、それとも、これ以上、変なことを言わないように願ったのかは分からないが、源之進が優しい口調で話す。
「沙魚丸様、現実的なお話をいたしますと、今の沙魚丸様は元服前で領地もありません。遠い将来、天下統一をするにしても、まずは、身近なところに目標を置く方がよろしいかと思います。」
「そっ、そうですね。」
しどろもどろに答えた沙魚丸は心の中で源之進に手を合わせていた。
〈あぁ、源之進さんが優しい、優しすぎる。こんなイタイ子の戯言に真っ直ぐ向き合ってくれるなんて、本当にいい人過ぎる。〉
源之進への感謝と共に沙魚丸は掲げた自説をサクッと取り下げ、全力で源之進の提案に乗っかることを誓った。
だが、沙魚丸の舌の根の乾かぬ内に思わぬ援軍?が現れた。
なんと、小次郎が声を上げたのだ。




